15年間抱えた思いと、これから先に
あの日から15年。
時計の針は止まったままのように感じられる日もあれば、残酷なほど速く過ぎ去ったように感じる日もありました。
東日本大震災で、結婚してわずか2年だった妻を亡くした一人の僕が、喪失の日々から少しずつ前を見出すまでの歩みを綴ります。
42歳になった今の僕が鏡を見ると、白髪の混じり始めた見知らぬ男が映っている。けれど、心の中にある「あの日」の記憶だけは、27歳の青年のままだ。
結婚して2年。ようやく生活が落ち着き、新しい家族を迎えようか、それとももう少し二人で旅行に行こうかと笑い合っていた。
あの日、職場で感じた激しい揺れ。
そして、その後の静寂と絶望。
妻がいたはずの場所には、瓦礫と泥だけが残されていた。
見つかったのは、彼女が好きだった淡いピンク色の財布と、記念日に買った腕時計だけ。
それ以来、僕の時間は止まってしまった。
この15年、世の中は「復興」という言葉で前に進もうとしていた。
けれど、僕にとっての日常は、生き残ってしまったことへの罪悪感と、彼女がいない欠落感を埋めるための、ただの作業に過ぎなかった。
朝、目を覚ますと、毎日感じてしまう孤独感。
隣にあったはずのぬくもり。
二人分作ってしまいそうになる味噌汁の香りに、毎朝胸が締め付けられる。
ガラケーから、スマホに買い替えても、彼女の番号だけは、登録したまま。
消せない想いと、いつか繋がるのではないかという淡い期待。
僕の中には小さな変化が起きていた。
どんなに晴れた日でも、潮の香りがすると足がすくんで動けなくなる。
「もう15年も経ったんだから」という周囲の善意の言葉が、時に刃物のように突き刺さった。
時間が解決してくれるなんて嘘だ。
悲しみは消えるのではなく、自分の一部として「同化」していくだけだった。
転機が訪れたのは、昨年末の家の大掃除。
ずっと開けられずにいた段ボールを整理した時だった。
そこから出てきたのは、なんてことない日記だった。
日々の出来事、旅行の思い出、外食したこと、僕の作る料理についての感想。
僕への不満なんかも。
幸せだった日々がよみがえる。
そんな中、記念日の一言。
「美味しいものを食べて、笑ってこれからもすごしていこうね。美味しいものを食べている顔大好きだよ。」
その文字を見た瞬間、不思議と涙は出なかった。
代わりに、42歳になった今の自分に、27歳の彼女が語りかけているような気がしたのだ。
「彼女が愛してくれた僕は、こんなに背中を丸めて生きている僕だっただろうか?」
その問いが、重く沈んでいた僕の心を、少しだけ浮上させた。
「前を向く」ということは、彼女を忘れることではない。彼女を失った悲しみを抱えたまま、それでも新しい景色を見に行くことなのだと、ようやく気づき始めている。
15年経って、僕は初めて海へ行った。
まだ、心の底から笑える日は少ないかもしれない。
けれど、彼女が愛したこの世界を、僕の目でもう一度、丁寧に見つめ直してみようと思う。
生きていることを楽しんでもいいのだと、自分は笑っていただろうか。
止めていた趣味を再開したり、新しい場所へ足を運んでみる。
彼女との思い出を「痛み」ではなく「温もり」として持ち歩く。
僕は42歳。人生はまだ半分ある。
彼女と出会って過ごした日々は、亡くしてからの日々に比べれば短い、けれど何よりも濃密だった時間を誇りに、僕はまた、一歩を踏み出す。




