路上の叫び
サラは酒場の扉を背に、石畳に立ち尽くす。少年の無表情な顔、平坦な声、あの言葉が、彼女の胸に刺さったまま離れない。名前も知らない少年。もう二度と会うこともないだろう。それなのに、なぜか心が軋む。後悔が、じわじわと胸を締め付ける。
「名前も…知らない…」
彼女は呟き、目を伏せる。少年に話しかけたのは、好奇心だった。かつての敵、火球を降らせた少年兵の顔を見たかった。
だが、それだけじゃない。
戦争で失った仲間、騎兵隊の笑い声、魔馬の嘶き。あの頃の自分を取り戻したかったのかもしれない。少年に怒りをぶつければ、自分の傷が癒えると思ったのかもしれない。
なのに、少年は自分より壊れていた。サラの目が、かすかに潤む。
「もう会うこともない…当然だ…なのに、なんで…」
彼女の声が、震える。少年の「物壊すマシーン」という言葉、「引き返せるかもしれないから、頑張って引き返しましょう」という別れの言葉が、頭を巡る。あの子は、戦争の駒として壊された。なのに、自分に希望をくれた。サラの胸が、締め付けられるように痛む。
突然、彼女の目が大きく見開かれる。少年のボロボロのマントが、酒場の扉に消えた瞬間が脳裏に蘇る。サラは叫ぶ。
「ねぇ!? どこ!? どこに行ったの!?」
彼女の声が、裏路地に響き渡る。石畳を歩く街人たちが、驚いたように振り返る。サラは周囲を見回し、必死に叫び続ける。
「まだ話があるの! どこに行ったの!? ねぇ、戻って来なさいよ!?」
狂ったように叫ぶサラを、街人たちが不思議な目で見つめる。彼女は革鎧を軋ませ、近くの男に詰め寄る。
「ねぇ…! 今、ここから、ボロボロのマントの少年が出て行ったでしょ…!? どっちに行ったか知らない…!?」
男は怯えたように一歩下がり、怯えながら首を振る。
サラはさらに叫ぶ。
「ねぇ…! 誰か知らないの…!? ボロボロのマントで…無表情で…ううぅ…!」
サラの目から、涙が溢れ出す。彼女は拳を握りしめ、声を震わせる。
「この店から少年が出て行ったでしょ…! 誰か見てないの…!?」
一人の老人が、ためらいがちに路地の奥を指さす。サラの目が、その方角に釘付けになる。彼女は一目散に駆け出す。革ブーツが石畳を叩き、風が彼女の髪を乱す。
「私が救わなきゃ…! あの子を…あの子を救わなきゃ…!」
サラの目に、路地の闇の先に、ボロボロのマントが一瞬映る。少年の背中だ。
戦争は、仲間を奪い、自分を蝕み、敵である少年さえも壊した。だが、あの子のあの言葉は、機械の言葉ではなく、人間の叫びだった。
あの子は、まだ壊れていない。
サラの涙が、走りながら石畳に落ちる。彼女の心に、切ない決意が燃える。
あの子を、戦争の闇から引き戻さなければならない。




