酒場の別れ
サラは目を伏せ、複雑な表情で呟く。彼女の革鎧の肩当てが、薪の火に照らされて鈍く光る。
「でも、そう簡単に割り切れるものじゃないわ。自分の手で奪った命は重いのよ。」
少年は空になったカツ定食の皿を前に、箸を置き、目をサラに固定する。無表情な顔、平坦な声。
「じゃあ、もう戦場に出るのやめたらいいじゃないですか? 戦場にはつきものですよ。」
サラは苦しげに唇を噛み、悲しげに微笑む。声には、どこか諦めが混じる。
「やめたいわよ…でも、他に稼ぐ方法がないの。皮肉よね。」
少年は箸を手に持ったまま、淡々と返す。
「騎兵隊って言ってましたよね? 馬には乗れるんですよね?」
サラは少し驚いたように顔を上げ、胸を張る。彼女の目に、ほんの一瞬、かつての騎兵隊長の誇りが宿る。
「ええ、かなりの腕前よ。乗馬大会で何度も優勝したくらいだし。」
少年は目をサラに固定したまま、平然と言う。
「そういう乗馬大会とかの仕事は興味ないんですか?」
サラは目を丸くし、一瞬言葉に詰まる。彼女は考え込むように手を止める。
「えっ…? そんな仕事あるの? 知らなかったわ…確かに面白そうね。」
少年は箸を置き、淡々と続ける。
「運営側の仕事が何かあるでしょう? そんなこともわからないのですか?」
サラは興奮気味に身を乗り出し、笑顔がこぼれる。革鎧が小さく軋む。
「そうよね。審判とかコース設営とか、色々ありそう。ちょっと調べてみようかしら。」
少年は無表情のまま、目をサラに固定して言う。
「そうですよ。しんどいんだったら、他の仕事してる方がいいと思いますよ。貴女みたいに苦しんでるのが、ギリギリ間に合うラインだと思います。」
サラは真剣な表情で頷き、深呼吸する。彼女の声に、かすかな希望が混じる。
「そうね…考え直す必要があるかも。ありがとう。助言感謝するわ。」
少年は皿をじっと見つめ、平坦な声で続ける。
「僕見てたらわかるでしょ? 命を奪っても何とも思わない。戦場で会った人間の顔も覚えてない。もう人を物としか見てない。僕、物壊すマシーン。もう心壊れてるのわかるでしょ?」
サラの目が、悲しげに揺れる。彼女はそっと手を伸ばしかけ、声を震わせる。
「うん…分かるわ。貴方も被害者なのね。私以上に辛い思いをしてきたんだろう。」
少年は無表情のまま、立ち上がる。マントが椅子の背から滑り落ち、床に軽く触れる。
「だから、人間こうなったら終わりだと思います。貴女は引き返せるかもしれないから、頑張って引き返しましょう。ごちそう様でした。じゃあ、僕はまた物壊す仕事探してきます。」
少年は振り返らず、酒場の扉に向かって歩き出す。石畳に響く彼の足音が、静かに遠ざかる。サラは立ち尽くし、少年の背中を見つめる。
彼女の胸に、戦争の記憶が蘇る。北の焦土平原で、少年が空から火球を降らせ、仲間が灰と化した瞬間。
だが、今、少年の無表情な背中には、どこか自分と同じ傷が見える。
戦争は、仲間を奪い、自分を蝕み、敵である少年さえも壊した。
サラの目には、切ない光が宿る。彼女は拳を握りしめ、少年の去った扉を見つめる。酒場の喧騒が、遠くで響く中、彼女の心に、戦争の重い真実が刻まれる。