酒場の罪と駒
サラは立ち上がりかけ、拳を震わせながら声を荒げる。彼女の革鎧が、薪の火に照らされて鈍く光る。
「仕事だと? 人の命を奪うことが仕事? ふざけるな!」
少年は無表情のまま、箸を手にカツ定食を食べ続ける。サラの怒気を、ただじっと見つめる。
「でも、貴女もこっちの軍の人間、殺してたんでしょ?」
サラは一瞬言葉に詰まり、目を伏せる。声が小さくなる。
「そ、それは…戦争だもの。仕方ないじゃない。」
少年はカツを一口食べ、淡々と返す。
「だから一緒です。僕も戦争だから仕方なかったんです。」
サラは悔しそうに唇を噛み、テーブルに拳を押し付ける。酒場の喧騒が、彼女の声をかすかに掻き消す。
「くっ…そう簡単に片付けられる問題じゃないわよ。私たちのしたことは重いのよ。」
少年は箸を動かし続け、目をサラに固定したまま言う。
「重いとはなんで?」
サラは目を閉じ、苦しげに息を吐く。彼女の声には、震えが混じる。
「人の命を奪った罪よ。毎晩悪夢にうなされるほど後悔してるわ。」
少年はカツを食べながら、平然と返す。
「それなら戦場に出なきゃいいじゃないですか。」
サラの目がカッと開き、激しい口調で叫ぶ。
「うるさい! 選択権なんて無かった。生きるために戦うしかなかったのよ!」
少年は箸を手に、淡々と続ける。
「何を言ってるんです。生きるんだったら、こういう風な酒場でもよかったんじゃないですか?」
サラは目を丸くし、驚いたように少年を見る。一瞬、言葉に詰まる。
「えっ…? でも、そんな平和な生活できる環境じゃなかったし…」
少年はカツを食べ続け、声を変えずに言う。
「それでも何かあるでしょう。医療系の仕事なんか戦争中だったら山程あるし、色んな物が破壊されて、大工もガンガン壊された物を修理しなきゃいけません。大工でもいけますでしょ。」
サラは呆然と少年を見つめ、苦笑いを浮かべる。彼女の革鎧の肩当てが、かすかに揺れる。
「そっか…そういう選択肢もあったのね。私、ずっと戦場しか知らなかったから…」
少年は箸を動かし、目をサラに固定したまま続ける。
「だから、命の奪い合いする環境に身を置いたのは貴女なんですよ? それを僕に文句言うのは筋違いなんじゃないですか?」
サラの顔が赤らみ、彼女は目を伏せる。声が小さくなる。
「うっ…言い返せないわね。確かにそうかもしれない。でも、あの時はああするしかなかったのよ。」
少年はカツを食べ続け、淡々と続ける。
「じゃあ、もうそれはそれでいいです。ただそんな責任なんか、もっと上の人間に押し付ければいいんじゃないですか?」
サラは驚いたように顔を上げ、眉をひそめる。
「え? どういう意味? 上の人間って…指揮官とかのこと?」
少年は箸を手に、目をサラに固定したまま頷く。
「まぁ、そんな感じですね。貴女に対して『人の命奪ってこい』って命令してるヤツがいたんでしょ?」
サラは考え込むように目を閉じ、ゆっくり頷く。
「なるほど…言われてみれば確かにそうね。私たちはただの駒だったのかも。」
少年はカツ定食の最後の一口を食べ終え、箸を置く。無表情な顔、平坦な声で言う。
「そうそう。僕らはただの駒です。駒が苦しんだって仕方ありません。その駒を操ってるヤツが苦しめばいい。死んでしまえばいい。地獄に落ちてしまえ。」
少年の無表情な顔と平坦な声に見合わない、その言葉に、サラの目が一瞬、恐怖で揺れる。
戦場の炎と、少年が空から火球を降らせた記憶が、彼女の胸に蘇る。あの無機質な目が、仲間を焼き尽くした瞬間が、フラッシュバックする。まるで、戦争の亡魂が、今この酒場で息を吹き返したかのようだ。
サラは思わず息を詰め、椅子の背に身を押し付ける。だが、すぐにその感情を押し隠し、少年をじっと見つめる。彼女の心に、ざわめきが残る。