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焦土の亡魂  作者: 星狼
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戦場の亡魂、街角で

ヴァレリア大陸、戦乱の時代。魔法と剣が支配するこの世界で、諸国を巻き込んだ大戦が終結したばかり。焦土と化した戦場跡には、血と灰の匂いが漂い、和平の名の下に生き残った者たちは新たな居場所を求めて彷徨う。

古びた城塞都市の裏路地、石畳の道に苔が生え、魔獣の遠吠えが響く。そこを、戦の傷を負った少年が無表情で歩く。

かつて子供兵として空を飛び、火球を連発して敵を焼き尽くした彼は、今、ただの浮浪者のように虚ろな目で彷徨う。戦闘訓練しか知らない少年の背には、使い古されたマントが揺れる。


路地の闇から、革鎧の擦れる音が響く。サラ、元騎兵隊長の傭兵だ。戦争中は魔馬を駆り、敵を薙ぎ払った猛者だったが、今は傭兵稼業で糊口を凌ぐ。彼女の鋭い目は、少年を見つけた瞬間、凍りつく。


サラは路地裏の石壁に身を寄せ、目を細めた。目の前にいる少年、ボロボロのマントに、戦場で見たような無機質な立ち振る舞い。かつての戦の記憶が、脳裏に蘇る。今では焦土平原と呼ばれる事になってしまった、炎と叫び声が響くあの戦場で、空から火球を降らせた少年兵。

あの冷酷な攻撃で、仲間が次々と灰と化した光景が、彼女の心を締め付ける。


「待て! お前…あの時の強かった敵だろう?」


少年はピタリと足を止め、石畳に影を落としながらゆっくり振り返る。無表情な顔、感情の欠片もない目。サラの鋭い視線を、ただじっと返す。


「……わかりません。」


その声は、まるで風に消える呪文の残響のように平坦だった。サラは眉をひそめ、苛立ちを隠さず、革の手袋を握りしめる。


「記憶を失ったのか……? だがその立ち振る舞い、間違いなくあの少年兵だ。」


彼女は一歩踏み出し、剣の柄に手をかけながら少年を睨みつける。焦土平原での戦闘、仲間が炎に焼かれる中、空を舞う少年の影がフラッシュバックする。サラの胸に、怒りと痛みが渦巻く。


「私のこと、思い出せないわけか?」


少年は首をかしげ、ぼんやりと呟く。


「う〜ん……」


サラは舌打ちし、不敵な笑みを浮かべる。苛立ちが募るが、少年の虚ろな目が、彼女の心を奇妙にかき乱す。かつての敵が、こんな無防備な姿でいることに、どこか調子が狂う。


「ちっ、面倒な奴だな。まあいい。」


彼女は腕を組み、少年を上から下までじろじろと見つめる。ボロボロのマント、埃まみれの顔。それでも、戦場でのあの少年兵の面影が、確かにそこにある。サラはふっと息を吐き、口元に薄い笑みを浮かべた。


「それより、腹は減ってないか? 何か食わせてやるよ。」


少年の目が、ほんの一瞬だけ光る。だが、その声は相変わらず無感情だ。


「奢ってくれるなら行きます。記憶に残ってなくてごめんなさい。」


サラは鼻で笑い、不満げに唇を尖らせる。革鎧の肩当てが、薄暗い路地の光に鈍く輝く。


「ふん、謝るくらいなら最初から素直になれ。」


彼女は少年を挑発するようににやりと笑う。戦争の敵だった少年が、こんな無防備な態度でいることに、なぜか苛立ちと好奇心が交錯する。


「さて、どこがいい? 奢ってやるんだ、感謝しろよ?」


少年は周囲を見回し、路地の向こうに煤けた木の看板が見える酒場を指さす。看板には「黒狼亭」と刻まれ、かすかにスープの香りが漂ってくる。


「そこの酒場でいいです。」


サラは呆れたように溜息をつき、肩をすくめる。


「まったく…安上がりな奴だな。まあいい。」


彼女は挑発的な目つきで少年を見やり、腰の剣を軽く叩く。


「もっと高級な宿屋の飯でもいいのに、惜しいことをしたな?」


少年はサラの言葉をまるで聞き流すように、淡々と返す。


「え? 僕、貴女に高級な宿屋に連れて行ってもらえるような関係なんですか?」


サラは目を丸くし、一瞬言葉に詰まる。顔がカッと熱くなり、慌ててマントを翻す。


「なっ…何を言ってる! そんなつもりじゃない!」


彼女は顔を赤らめ、声を荒げる。少年の無垢とも取れる言葉に、なぜか心がざわつく。かつての敵が、こんな無邪気なことを言うなんて。


「ただの…ただの知り合いだろ? 変な勘違いするなよ!」


少年は小さく頷き、黒狼亭の方へ歩き出す。石畳にマントが擦れる音が、静かに響く。


「とりあえず、ご飯食べながら話しましょう。」


サラはため息をつき、少年の後を追いながら呟く。


「はぁ…調子が狂うな。まあいい、入りましょう。」


黒狼亭の重い木の扉が、ギィと音を立てて開く。酒場の中から、薪の燃える匂いと、煮込み料理の香りが漂ってくる。戦争の亡魂を抱えた二人が、戦乱の世の片隅で、ほんの一瞬だけ過去を忘れようとする。

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