Track.7
風呂も入って、スウェット姿でベッドに沈み込む。
脳裏をよぎるのは、今日一日の怒涛の出来事。
(……え? なんか俺、めちゃくちゃやり切ってない?)
開店から閉店、朝3時までノンストップ勤務。
湯葉天ブームで軽くパニックになった店を、店長との連携と、じゅん兄との神タッグで切り抜けた俺。
「助かるわ〜奏くん、正社員になってくんない?」
店長のこのセリフ、冗談に聞こえなかった。
「いや〜、マジいいわ〜! かなでぃ〜んと組んだら無敵じゃん? 俺ら最強バディだわ〜〜⤴⤴」
じゅん兄とはすっかり意気投合して、閉店後には肩を組んで「おつかれーー!!」なんて言い合った。
そのまま「飲みにいくっしょ? 祝杯じゃん??」とノリノリで誘ってくれたけど——
「すみません、未成年なんで」
って言った瞬間の、じゅん兄の素の「……え、マジで!?」は今思い出しても笑える。
(社会人の風格出すの、ちょっと早すぎたか……俺)
ふふ、と笑みが漏れる。
(……ていうか、俺、やれば出来る子じゃん。(※42歳))
ニヤニヤが止まらない。
胸の奥からじんわりと満ちていく、この充足感。
俺の、俺による、俺のためのセカンドライフ。
——完。
これ、完全に優勝なんじゃね!?!?
……いや、完じゃない!
バッと身を起こす。
(俺の夢……モテること!! アイドルになること!!)
(どっちも叶ってなくない!? 全然スタート地点にも立ってないじゃん!?)
そして布団にバフッと倒れ込み、天井を見つめる。
「っっしゃあ〜〜〜明日から本気出す!!!!」
——いや、今日だわ。
* * * * * *
気づけば、時計の針は16時を回っていた。
「……寝すぎだろ俺!!?」
むわっとした空気の中、寝汗でシャツが背中に張り付く。
クーラー、つけ忘れた。
そりゃちょっと寝苦しかったけど、まあ……ギリ耐えられた。
(嘘だろ……? 2025年ならとっくに熱中症でバッドエンドなんですけど)
昼下がりの部屋には、どこかの家の風鈴の音と、ミンミンゼミの声が溶け込んでいる。
窓から入る風も、思ったより涼しい。——やっぱり、2002年ってちょっと優しい。
今日は7月16日、月曜日。大学はすでに夏休みに入っていて、俺は……何やってたっけな。
とりあえず今日はバイトは休みで、明日からは5連勤。
机の上のカレンダーを見ても、バイト以外の予定は白紙だ。
頭を抱えつつ、天井を見上げる。
——今いちばん会いたいのは、大学時代からの親友。
けど、今は夏休みでアイツはいつもド田舎に帰省中。ケータイもネットも圏外。
コミケの時期になったら、また戻って来るはずだ。
三十代後半、俺とアイツの関係は、とある出来事をきっかけにこじれてしまった。
誰のことも信じられなくなって、俺は人生のどん底に落ちた。
そのとき生まれたのが『Tetrabloom』。一週目では結局、わだかまりは解けないままだった。
……二週目の今なら、あの出来事の真相を解き明かせるのだろうか。
けれどそれはまだ十年以上先の話。今は、今できることを考えたい。
じゃあ、俺は何をしたい?
(モテたい。アイドルになりたい。……やることは、決まってる)
あの伝説のオーディション番組《ASUYAN》に応募しよう!!
「最強男子ボーカリスト」とか募集してないかな〜と、勢い任せにPCの電源を入れる。
PCの電源を入れると、まずは黒い画面に浮かぶ「Windows XP」のロゴ。
それから数秒——
トゥントゥントゥン……タラ〜〜〜ン♪
思わず笑いが漏れる。
Windows XPの起動音が静かに部屋に響いた。
続いて映ったのは、やたら青くて広い海辺の壁紙。
アイコンはなぜか画面右にギュウ詰めで、どこか懐かしい配置。
モニターに映る画面は、今見るとびっくりするくらいガビガビな解像度。
四角くて分厚いモニターに、ぼんやりとにじむ文字たち。
(……こんなんで、あの頃は普通にネットしてたんだっけ?)
でもなんだろう、荒いのに、どこか温かい。
(……この感じ、エモすぎるだろ)
懐かしさにひたりながら、IEを開いて検索バーに打ち込む。
「ASUYAN 応募方法……っと」
数秒後、目に飛び込んできたのは——
《放送終了:2002年3月24日》
うなだれる俺。今日は、2002年7月16日。
「終わっとるやんけ。」
あまりにも容赦ない現実に、しばし天を仰ぐ。
せっかくセカンドライフのスタート切ったってのに、夢の扉、初っ端からクローズ。
でも——ここで終わるわけにはいかない。
人生2週目の幕開けは、まさかの伝説のバイトデビュー。
そして今、俺の目標はただひとつ——
モテること!! アイドルになること!!
(なぜなら俺は、やればできる子(※42歳)だから!!!)
ASUYANが終わってようが関係ねぇ。
ここからが、俺のセカンドライフ本番だ!
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<奏の2000年代回顧録>
※この回顧録は、何を隠そう俺のうろ覚えで構成されている。事実と異なる可能性? あるに決まってるだろ!(笑)※
■ ASUYAN(※通称)
正式名『ASAY●N』。
元はファッション情報番組だったが、途中から“夢を追う若者たちのガチオーディション番組”へとシフトチェンジ。
1995年〜2002年にかけてテレビ東京系列で放送され、数々のスターを生み出した伝説の育成系リアリティ番組。
モーニ●グ娘。、鈴木●美、CHEMIS●RYなどを輩出。
多くの若者の青春を刺激し、“いつか自分も”と願う予備軍たちの心を燃やした。
「女性ロックボーカリストオーディション」などの名物企画は、
履歴書→書類選考→密着ロケ→合宿→デビュー争奪戦という、地獄のトーナメント方式で知られる。
——なお、奏が「応募しよう!」と意気込んだ2002年7月、番組はすでに終了していた(最終回:2002年3月24日)。
夢、出落ちで終わる。