Track.5
——気まずさを引きずりながら、厨房に下がる。
店長に釘を刺されたとはいえ、「おしぼり2枚」は、俺なりの“気配り”のつもりだった。
「……いや、でも、接客は真心だから……」
と、自分に言い聞かせた。
それでも、バイト終わりには店長は褒めてくれた。
「一ノ瀬くん、驚いたよ。即戦力だね、君」
テキパキ動けるし、気も利くし、声もちゃんと出てる。——と、店長は満足そうに頷いた。
「……ただ、ちょっと出来すぎてるっていうか。そんなに完璧だと、この先もっと頼っちゃうぞ?」
——リスタート1日目、手応えは悪くない。
……けど、ちょっとやりすぎたか? そんな気もする。
そしてその流れのまま、店長は本題を切り出してきた。
「初日で悪いんだけどさ。今日、お客さん多くて。このまま次のシフトまで、入ってくれない?」
「夜勤分、給料上乗せするし。お願い——」
「……わかりました!」
食い気味の即答。
バイト初日、しかも戦場みたいな現場に追い打ちの残業。
けど、こんなときに“使えないやつ”と思われたくなくて——つい、調子よく答えてしまった。
(……まあ、いけるっしょ。気合いで)
そんな自分の返事に、店長がパッと笑って説明してくれた。
どうやら今日は、隣の駅前でアイドルグループ《DUEL》のコンサートがあったらしい。
そのMCで、ここの湯葉の天ぷらが“ご当地グルメ”として紹介されたそうで——。
3ちゃんねる特定班が動き、ファンサイトの掲示板やチェーンメールで一気に拡散。
その勢いでコンサート帰りの女性客が押し寄せ、店長がノリで始めた「コンサートのチケットの半券提示でビール半額」キャンペーンがまさかの大当たり。
会計のとき、チケットを握りしめた客がやたら多い理由は見ていてわかっていたが——まさかそんな経緯があったとは。
店内を見渡せば、キャミにミニスカ、厚底サンダル姿の女子や、
おそろいの「DUELツアーT」を羽織った女子たちが、グループでテーブルを囲んでいた。
テーブル下の荷物置きには「DUEL」ロゴ入りのトートバッグがどんと置かれ、
ラインストーンでロゴをデコったり、プリクラをラミネートしてぶら下げたり——。
ケータイのストラップも、マスコットやキラキラのビーズ細工でじゃらじゃらと揺れて、あの頃のライブ帰り感がそのままここにある。
あちこちのテーブルで、「写メ撮ろ〜!」「ねえ湯葉天あった!ほんとにあった!」と盛り上がる声が飛び交う。
中にはチェキを手に湯葉天と記念撮影して盛り上がってるグループもいた。
皿を手にひとりずつポーズを決めて撮影しながら、
「次あたし!」「顔寄せすぎ、湯葉見えん!」「湯葉天記念チェキ♡って書こ〜!」と笑い声が絶えない。
——その光景だけで、もうライブ二次会の熱気そのままだった。
彼女たちからは、甘くて涼しげな香り」がした。
たぶん、エイトフォーかシーブリーズあたり。
汗ばむはずの夏なのに、あの子たちからは夏フェスのCMみたいな匂いしかしない。
接客モードの時はスイッチを切っていたけど——店内に漂う甘い香りと熱気で、もう頭のネジが数本飛びそうだ。
ここは天国か、それとも真夏の楽園か——煩悩郷か。
つい口元がゆるむ。
……いや、別にニヤけてなどいない。たぶん。
すると店長が怪訝そうにこちらを見て、「え? ボルケーノ??」と聞き返してくる。
え? 口から漏れてた!?
(やだ恥ずかしい……///)
店長は首をかしげつつも、すぐに話を切り替えた。
「それで今日、急に人足りなくなっちゃって。応援も頼んだんだけどね。」
そう店長が言った瞬間、厨房の奥から——
「おっつかれちゃ〜ん!!」
陽キャボイスが飛んできた。
何事かと思って振り返ると、そこにいたのは——
全面ロゴプリントのシャツにウォレットチェーンをぶら下げて、
ウルフミックスの毛先だけ茶髪。片耳に小さなフープピアス。
まさに、2002年の“イケてる兄ちゃん”を絵に描いたような男だった。
店長が俺とその男の間に立って、笑顔で言う。
「紹介するね、応援に来てくれた八坂くん。潤くんね。
で、こっちが今日から入ってくれた一ノ瀬くん。奏くんです」
——じゅん兄!!?
俺の脳内で、ドラムロールと共に記憶の扉が開く——。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
<奏の2000年代回顧録>
※この回顧録は、何を隠そう俺のうろ覚えで構成されている。事実と異なる可能性? あるに決まってるだろ!(笑)※
■ 3ちゃんねる(※通称)
正式名『2ちゃ●ねる』。
匿名掲示板の元祖にして、インターネット黎明期のカオスそのもの。
誰でも、何でも書ける自由の象徴だった。
俺が入り浸ってたのは、
・【なのにモテない男性板】
・【ファッション板】
・【オカルト板】
……の三本柱。
チャットでもSNSでもない、
“スレ文化”が俺の青春だった。
■2000年代初頭のケータイ装備大全
ケータイのストラップは、当時の自己主張アイテムだった。
キャラクターのマスコットやキラキラのビーズ細工などで飾り、さりげなく個性を添えていた。
プリクラは直接ケータイに貼るのが定番で、オープンな子は表面に堂々と、ちょっと隠したい子は電池ケースの蓋裏に彼ピとのプリをこっそり忍ばせていた。
ギャル系の子はさらに、ハイビスカスの造花ストラップやフワフワのしっぽ、アンテナにつけると着信時にピカピカ光るライトなどをじゃらじゃらとぶら下げ、本体そのものもラインストーンやスワロフスキーでびっしり飾った“デコ電”仕様が人気。
首からネックストラップで胸ポケットにちょい入れ、はみ出したストラップ自体がファッションの一部だった。
ちなみに俺がつけていたストラップは、血まみれピンクのクマ「グルーミィ」。
中二病全開なあの頃の俺は、“これが俺の内なる狂気”とか言って本気で気に入っていた。
■ 写メ
当時の写真文化を語るなら、忘れちゃいけないのが「写メ」こと写メール。
これはJ-PHONE(※のちのソフトバンク)が2000年にサービス開始した、メールに写真を添付して送る機能のこと。
「写メ送って!」は今で言う「写真送って」の意味で、やがてLINEに押されるまで若者の定番フレーズだった。
※ちなみに筆者(気持ちはアラフォー)は今でもうっかり「写メ送っといて」と言ってしまう派。
■ チェキ
正式名「instax mini (インスタックス・ミニ)」。
富士フイルムから1998年に登場したインスタントカメラで、通称「チェキ」はその愛称。
ケータイのカメラ性能がまだ“おまけ”レベルだったあの頃、「その場で写真が出てくる!」というアナログ奇跡に、
ギャルからバンドマン、果てはホスト界まで夢中になった。