Track.4
その後もしばらく、2002年に戻ってきたという実感がじわじわと湧いてきて。
ここから人生をやり直して、アイドルになって——
最終的にはドームツアーまでいっちゃうプランを、
ニヤニヤしながら妄想していた。
そして気がつけば、部屋の時計は16時28分を指していた。
「ヤバッ、もうバイトの時間!!」
慌てて起き上がり、クローゼットを漁る。
「でもまあ、大丈夫。プロフリーターの俺なら、余裕っしょ!!」
そう。30代から磨いてきた接客スキルと段取り力。
どんな現場だって、こなしてみせる……!
気合いを入れて靴箱を開ける。
——そこに並んでいたのは、つま先がやたらととんがった革靴(※エナメル)だった。
「……選択肢が、これしかないとは……」
ちょっとため息をつきつつも、靴を履いて出陣。
タイムリープで“新人”に戻ったとはいえ、勝手知ったる現場だ。
到着するなり、すぐにユニフォームに着替える。
「今日から入ってくれる一ノ瀬くんです、よろしくねー」
店長の紹介でホールスタッフたちに頭を下げ、
そのまま軽くフロアの流れと業務内容の説明を受けた……はずなのだが——
「え、もう覚えたの?」「あ、それ先回りしてくれてる……」
最初に立ち位置を教えてくれた指導係の先輩が、思わず目をぱちぱちさせる。
トレイの持ち方、厨房との声かけ、動線の確認……すべてが一瞬で頭に入っていて、
むしろ“ここでこう動いた方が早いですね”と逆に提案までしてしまう始末。
(……やばい。調子乗ってるつもりないけど、完全に一歩どころか五歩先いってる)
先輩が少し引いた顔をしていたのを、奏は見逃さなかった。
* * * * * *
そして18時の開店。
心の中で「よしっ」と気合いを入れ、笑顔全開で、声を張る。
「いらっしゃいませーッ!! 本日もご来店ありがとうございますゥゥ!!」
……が、声がデカすぎて他のバイトにドン引きされる。
「え、あの人、今日初日だよね……?」
「テンションすご……(小声)」
それでも、動じない。
なにせこっちは、フリーター歴10年のプロだ。
オーダーを聞く所作、皿を下げる手つき、グラスを置くタイミング——
全部が、無駄に洗練されている。
しかも、顔がいい。
若返った俺、めっちゃイケメンじゃない!?
結果、女子大生グループからは——
「あの店員さんかっこよくない?」
「え、わかる! 接客スマートだし……」
「笑顔が爽やか〜〜!」
などという黄色い声援が飛び交い、調子に乗る。
「これはもう、運命石の導き……!」
なんて、脳内BGMに壮大なストリングスが鳴りはじめ——
「バッチーーーーン☆!!」
——ウィンク、発射。
女子グループ「……(シーン)」
「いま……バッチーーーーンとか言ってた?」
「え、えっと……ごちそうさまでーす……?」
……やってしまった。
だが、空気を立て直すチャンスは、すぐにやってきた。
ふと見ると、また別の女子のお客さんがレジに向かって立ち上がった。
(よし、ここでスマートに会計対応……!)
俺は爽やかさ満点の笑顔をキープしつつ、小走りでレジへ向かう。
すると、彼女がふいにこちらを見て——ふっと笑った。
(えっ……今、笑ったよな? もしかして、俺に……?)
その瞬間、彼女の手から伝票がひらりと落ちる。
(やっぱり俺に見とれて……!?)
完全に舞い上がった俺は、颯爽と腰をかがめて伝票を拾おうとした——
……が、距離感を誤って、レジ横のカウンターに頭をガツンッ!
「いっ……!」
おでこを押さえつつ、何事もなかったかのように立ち上がり、
伝票を持って、イケボでキメる。
「お預かりします。(※イケボ)」
——が、彼女から返ってきたのは、
うっすい「……あ、はい」の一言だけだった。
(……え? 今の、響かなかった系?)
気まずさを吹き飛ばすべく、別のテーブルへ向かった俺は、
可愛い女子グループに爽やかスマイル全開でこう告げる。
「これ、サービスです!」と、おしぼりを2枚ずつ手渡し。
——直後、店長がすっとんできて、耳打ちする。
「一ノ瀬くん、勝手な“サービス”はやめてね」
……ちょっと、やりすぎたかもしれない。
そう思った矢先だった。
このあと、自分が“伝説の初日”として語られることになるとは——
このときの俺は、まだ知る由もなかった。