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ALIVE!42歳のおっさんが、国民的アイドルになった件。  作者: 舞見ぽこ
Chapter 3:Step Up Stage

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42/43

Track.41

 九月二日、朝。


 大学構内で、俺は立ち止まっていた。

 

 朝早いためか、キャンパスは思ったより静かだった。蝉の声だけが、やけに大きい。

 

 時は二〇〇二年。


 現在地を一瞬で表示してくれる地図アプリなんて、存在しない。この時代、地図はプリントして持ち歩くものだった。

 それでも大学までは来られた。近くのアパートに住んでいたから、道だけはなんとなく覚えていたからだ。


 なんせ二十年ぶりの大学だ。今日は迷う前提で、早めに家を出た。

 まだ授業開始まで四十分ある。

 

 問題は——

 

 一限目、基礎ゼミの教室がどこか分からない。


(……どこだっけ)



 

 昨夜、通学用のトートバッグをひっくり返した。

 くしゃくしゃのプリントの山から、なんとか「履修の手引き」冊子を発掘。


 ページをめくると、手書きの時間割。


 月曜一限 基礎ゼミ

 担当:山川教授

 ※教室は掲示板で確認


 教室は掲示板で。


(掲示板って……何の?)


 他の講義は「3号館B教室」まで書いてある。なのに、基礎ゼミだけ曖昧だ。


(なんでこれだけ……?)


 ページをもう一度見直す。


(……ああ、そうか)


 履修人数で教室が変わることがあった。人数が多ければ大講義室に回されることもある。


 ——そんなこと、すっかり忘れていた。


 運悪く、一発目からそのタイプに当たったらしい。

 早速、大学のHPを開いてそれらしい掲示板を探したが、見つからなかった。


 掲示板って何だ。


 まさか、物理的な掲示板?その掲示板はどこにある?


 ……。


 思い出せるのは、こんな肝心なことじゃない。


 基礎ゼミの山川教授。


 壇上に上がるとき、必ず一度、足を揃える癖があった。

 トン、と軽く踏み揃えてから教壇に立つ。


 学生の間では、勝手に「山川ステップ」と呼ばれていた。


 そんな、どうでもいいことは覚えているのに。


 肝心の——教室が分からない。


 そして今。


 大学構内で、俺は立ち尽くしている。



 

 大学に来たら、何か思い出せるのではないか。そんな淡い期待は、あっさり裏切られた。

 

 正門脇のキャンパスマップの前。大きな案内図。棟番号がずらりと並んでいる。

 文学部棟。三号館。五号館。位置関係は、なんとなく思い出すことができた。


 校舎の並びは分かった。


 ——が。


 依然として教室が分からない。掲示板って何のことだ?

 事務室に行って聞けば教えてくれるだろうか。文学部事務室は確かにあった。だが、その事務室がどこにあったかが出てこない。


 校舎も。

 教室も。

 細かい日常の位置関係が、抜け落ちている。


 案内図の前に立ったまま、しばらく動けない。視線だけが、行き交う学生を追う。

 笑い声が遠くで弾ける。

 でも、その輪の中に自分がいた記憶だけが、曖昧だった。


 学生の姿はまばらだ。


 バンダナを頭に巻いた女子。ローライズジーンズ。キャミソールにミニスカート。

 ゆるいデニムにロゴ入りTシャツの男子。カーゴパンツにシャカシャカのナイロン上着を腰に巻いているやつもいる。

 でかい財布のチェーンが、歩くたびに揺れていた。


 ああ、そうだ。

 二〇〇二年の大学生は、こういう空気だったような気がする。


 知っている顔を探す。


 ヤマジ。

 タケゾー。

 近藤。


 こいつらは間違いなく親友だ。

 一回生の頃から、アニメ研究会でくだらない話をして笑っていた。


 その中でも——ヤマジは別格だ。


 気づけば隣にいるやつ。

 俺が軽音サークルに入ろうとしたら、半ば強引にアニ研に引っ張った張本人。


 二回生の九月。


 この時間、あいつはもう来てるのか?それとも二限からか。


(ヤマジ、朝弱かったよな……?)

 

 やつらとの記憶を掘り起こしても思い出せるのは、どうでもいいことばかりだ。

 誰がどのキャラを推していたか。深夜のファミレスで、誰が一番くだらないことを言ったか。


 そんなことは覚えているのに。


 じゃあ——


 二回生の俺は、毎日誰と過ごしていた?講義のあと、誰と移動して。誰と笑って。


 昼飯は——

 

 大学時代、学食で一緒に食っていた面子を思い出すと、顔ぶれはバラバラだ。

 ヤマジたちと食べる日もあれば、ゴリや東、コージやアキラ、三上たちと騒いだ記憶もある。


 ゴリや東と出会ったのは——

(一回生? 二回生? 三回生?)


 記憶が曖昧だ。


 親友たちは別格として、俺はそれ以外の友人とは広く浅く付き合うタイプだった。

 二回生のとき、誰と一番一緒にいた?


 やばい。


 本気で思い出せない。


 見慣れていたはずの文学部棟が、知らない建物みたいに見える。


 一ノ瀬奏。


 二十年ぶりの大学生活で、早速行き場を失う。


 

 * * * * * *


 案内図を見上げたまま、首をかしげる。

(掲示板って、どこだ……)


 そのとき。

「おいっす! 一ノ瀬じゃん!」


 ふいに背後から声が飛んできた。ビクッと肩が跳ねる。


 振り返ると——


 ゴリラみたいな男が立っていた。見た目は完全に体育会系。肩幅も広い。腕も太い。

 なのに文学部。

 しかも運動はからきしダメという、意味の分からない男。


「何やってんだよ、こんなとこでハハハハ⤴」

 朝の静かなキャンパスに、笑い声が響く。


 間違いない。どう見てもゴリだ。


 後藤 理(ごとう おさむ)


 後藤の“ゴ”と、理をそのまま読んで“リ”。


 それでゴリ。


 決して見た目が理由ではない。……たぶん。


 懐かしくて喉の奥が、妙に熱くなる。

 

「おお、ゴリよ……。久しぶりだな!」


 声が、少しだけ上ずった。


「え、そんなに? 二か月ぶりな。ハハハハ⤴」


 ああ。


 この笑い方。声でかいし、語尾上がるし、朝から元気すぎる。


 でも。懐かしい。


 そうだ。


 俺、こいつと結構一緒にいたわ。

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