表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ALIVE!42歳のおっさんが、国民的アイドルになった件。  作者: 舞見ぽこ
Chapter 3:Step Up Stage

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/43

Track.40

 翌朝。


 起き上がろうとして、まず固まった。


 ……痛い。


 太もも、ふくらはぎ、腹。背中まで重い。昨日使った筋肉が、律儀に全部主張している。


(四十二歳の俺は二、三日後に筋肉痛(アイツ)はやってきたのに)

(若いっていいなあ……いや、痛いけど)


 階段を降りるたびに脚が笑う。

 それでも、レッスンは始まる。


 ウォームアップ。

 ストレッチ。


 昨日より、伸びない。


 ただ固いだけじゃない。筋肉痛が可動域を奪っている。

 アイソレーションで肩を回せば背中が軋み、腰を動かせば内ももが引きつる。


 そして基礎ムーブ。


 ボックスステップ。


 右、前、左、後ろ。


 昨日は最高で十六回。

 今日は——五回。


 六回目で崩れ、立て直そうとしてさらにもつれる。


 足が、重い。


 周りでは、もう次のステップに進んでいる。俺だけ、また隅で基本の繰り返し。


(なんで昨日より動かないんだよ)


 悔しさを飲み込んだまま、レッスンは先へ進む。


 課題曲。


 音が流れた瞬間、空気が変わる。


 サビの振り。


 昨日は、手だけならなんとか形になった。

 足だけでも、ぎこちないなりに踏めていた。


 今日は——


 足が、出ない。


 出しているつもりなのに、ワンテンポ遅れる。リズムが半拍ずつズレていく。


(……なんでだよ)


 昨日より、明らかに動けていない。


 Bメロに入る。


 足だけやってみる。

 

 それすら、崩れる。


 昨日はできたはずのステップが、途中で止まる。 太ももが重く、膝がわずかに震える。


(昨日は、できたんだぞ)

(手だけなら、足だけなら、なんとかなってた)


 リズムが噛み合わない。


 音は流れているのに、自分だけ取り残されている感覚。

 周りは動いている。俺だけ、止まっている。


 ……リズムが噛み合わない。


(昨日、コーマもソラも残ってくれて、一緒に練習しただろ)

(少しは前に進んでるはずだろ)

(なのに、なんでどうして……)


 身体が思うように動かない。焦れば焦るほど、固くなる。

 情けなさと悔しさで、足先が震えた。


 

 

 そのとき。


 他の研究生に指示を飛ばしながら、AYA先生がこちらへ歩いてくる。


「……一ノ瀬君」


 顔を上げると、いつの間にか目の前にAYA先生が立っていた。


「筋肉痛だね」


 一発で言い当てられる。


「え、あ……はい」


「昨日ちゃんと使った証拠。悪いことじゃないよ」


 そう言いながら、俺の足元を見て、軽くしゃがむ。


「今ね、痛いから守ろうとして、膝が外に逃げてる。だから半拍遅れる」


 言われた瞬間、自分でも分かる。


「力、抜いて。痛いときほど固めない」


 そう言って、足の向きをほんの少し直された。


「もう一回」


 音に合わせて踏む。


 さっきより、ズレない。


「……あ」


「昨日より悪く見えるのはね、身体が昨日の動きを覚えようとしてる途中だから。今は再構築してる段階」


 再構築。

 その言葉が、胸に落ちる。


「止まるより、軽く動かしたほうが回復は早いよ。今日は全力出す日じゃない。フォームを覚える日」


 他の研究生に指示を飛ばしながら、さらっと続ける。


「水分ちゃんと取ってる? あとタンパク質。筋肉は材料ないと治らない」


「……あ」


「ストレッチも、伸ばしすぎない。痛いの我慢して無理に広げると逆効果。今日は、ほぐすくらいでいい」


 立ち上がりながら、最後に一言。


「お風呂はぬるめで温めて。冷やしっぱなしは固まるよ」


 そして、視線をまっすぐ向けて。


「痛いからってフォーム崩して覚えたら、あとで直すの倍かかる。そこだけは守って」


 言い切る。

 優しいのに、甘くない。


 音がもう一度流れる。


 さっきより、ほんの少しだけ足が揃う。

 完璧じゃない。


 でも——


 止まってはいない。


 * * * * * *


 昼休憩。


 食堂で向かい合った五十嵐くんが、俺のトレイを見て吹き出した。


「ハハハっ!それで、ザ・タンパク質なレパートリーなんだ」


 鶏むね肉、ゆで卵、冷ややっこ、味噌汁。


 我ながら極端だ。


「AYA先生が、タンパク質って」


「真面目だなあ」


 笑いながら、五十嵐くんは自分の唐揚げを一つ俺の皿に置く。


「俺もさ、ダンス初日頑張りすぎて、次の日ボロボロだったわ」


「……やっぱそうなる?」


「なるなる。気合い入れすぎると逆にツケが来るって学んだ」


 箸を動かしながら続ける。


「ちゃんと寝たほうがいい。ほんと、それだけで違う」


「寝るだけ?」


「うん。回復しないと身体固いまんまだし。あと柔軟は毎日ちょっとでいい。無理に伸ばさないで」


「そっか」

 

 箸を動かしながら、さらっと続ける。


「痛いのは、昨日ちゃんとやった証拠じゃん。だから焦らなくていい」


 軽く言うのに、妙に響く。


「俺さ、ダンスは経験者だったけど」

 

「そうなんだ」


「AYA先生の初日の自己紹介セッションの時はさ、真っ白になって、身体一ミリも動かなかった」


「……マジで?」


「マジマジ。頭真っ白でさ、地獄だったわ~」

 肩をすくめて、苦笑する。


「同期の小学生は普通に踊れてんのに、俺だけ固まってんの。あれ、結構くるぞ?」


 軽く笑い飛ばしてるけど、たぶん本気で悔しかったんだろう。


「でも一ノ瀬君、踊れたんだろ?」


「まあ……なんとか」


「それ、普通にすごいって」


 さらっと言われて、箸が止まる。


「昨日のボーカルレッスンでもさ、一番声が前に出てたし」

「なんつーかさ、表現するの、怖がってないよな」


「え?」


「技術はあとからつく。でも前出られるやつは伸びる」


 軽い口調なのに、妙に真っ直ぐだった。

 俺はしばらく、ゆで卵を箸でつついたまま動けなかった。


(……前、出られるやつ)


 そんなふうに言われたこと、あったか?


 昨日からずっと、できないことばかり数えていた。

 足が動かない。身体が固い。回数が伸びない。


 でも。


 できたことも、あったのかもしれない。

 少なくとも、逃げなかった。


 箸を持ち直す。


「……ありがとな」


「なにが?」


「いや、別に」


 五十嵐くんは首を傾げてから、「フフッ」と笑った。

 それだけで、さっきまで胸に張りついていた重さが、少しだけ軽くなっていた。

 

 * * * * * *


 午後のボーカルレッスンは、五十嵐くんと同じ初級クラス。


 柔軟に入った瞬間、昨日よりいう事を聞かない身体が悲鳴を上げた。青木先生の視線が一瞬鋭くなった気がする。


 だが。


 発声練習に入ると、意外にも声が伸びる。


 腹に力を入れる感覚が、昨日より分かる。

 ダンスで使った体幹が、わずかに支えている。


(……あれ?)


 課題曲を歌い終えたとき、昨日より手応えがあった。


 土日のレッスン終了。


 

 スタジオを出ようとしたところで、小学生たちに捕まる。


「ブー太郎!」

「かなでだじょ!」

「今日も固かったね!」

「なー、今日も練習して帰るの?」


 好き勝手言われながら、なぜか笑っている自分がいる。


「……今日は帰るわ」


「えー!」

「サボり?」


「サボりじゃねえ」


 笑いながら手を振る。

 

 ルクスプロダクションの本社ビルを出た瞬間、むわっとした熱気が肌にまとわりついた。

 夕方なのに、アスファルトはまだ昼の熱を抱え込んでいる。

 風はぬるく、湿っていて。Tシャツが背中に張りつく。


 五十嵐くんと並んで帰り道を歩き、他愛ない話をしながら駅へ向かう。


 身体は痛い。

 足は重い。


 でも。


 止まってはいない。


 信号待ちの間、空がやけに広く見えた。

 入道雲の残りかすみたいな白が、夕焼けに溶けている。


 二〇〇二年九月一日、日曜日。

 夏の終わり。


 でも、俺にとっては始まりだ。


 帰宅して、バッグを置いた瞬間、その事実が、じわりと現実味を帯びる。


 明日から、大学の新学期。


 二十年ぶりに、大学に通う。


(……マジか)


 ダンスにボーカルに、大学生。


 身体は十九歳。

 中身は四十二歳。


 新しい一週間が、もう始まろうとしている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ