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ALIVE!42歳のおっさんが、国民的アイドルになった件。  作者: 舞見ぽこ
Chapter 3:Step Up Stage

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40/43

Track.39

 地獄は、そこからさらに三十分ほど続いた。


 他の研究生たちは、とっくに別のステップに進んでいる。

 にもかかわらず、俺だけがレッスンスタジオの隅で、延々と基本のボックスステップを踏み続けていた。

 右、前、左、後ろ。順番は分かっているのに、回数を重ねるほど足が絡まり、集中が切れる。

 最高で、十六回。そこを越えると、必ずどこかでリズムが崩れた。


 時計を見るたび、心が折れそうになる。三十分もやったのに、まだこれか。


 ——そう思いかけて、ふと気づく。


 ……いや、違う。


 ここまでは、ウォーミングアップだ。

 その事実に気づいた瞬間、背筋が冷えた。


 そして、いよいよ課題曲の振りつけに入る。


 そう。

 ここからがダンスレッスンの本番だった。


 課題曲は、2000年代のルクスプロダクションの顔とも言える国民的アイドルグループ〈PRISM(プリズム)〉の『LastTime』。

 ドラマ主題歌として大ヒットした曲だ。ミドルテンポで、切ないメロディ。

 サビの振りなら、ぼんやりとは覚えている。……ただし、手だけ。足は一切ついてこない。


 コンポから音が流れる。


「今日は、Bメロの振り付けね」

「その前に、復習でサビからいこっか」


 Bメロに入る前のサビ。

 AYA先生と研究生たちが、一斉に踊り出す。完璧に揃っているわけじゃない。それでも、全員が踊っている人間の動きだった。

 流れがあり、余裕があり、何より音に乗っている。


 俺は、足を固定したまま、手の動きだけを必死でなぞった。


 そして、Bメロ。


 空気が変わる。

 AYA先生の動きは、しなやかで、それでいてキレがある。ひとつひとつの動作が音と噛み合っていて、見ているだけで引き込まれる。

 曲が一度止まり、振り付けが分解されていく。


 足だけなら、なんとか。

 手だけでも、遅れながらついていける。


 ……両方?


 無理だった。


 足と手を同時にやろうとした瞬間、思考が追いつかなくなる。どっちを優先するか迷った時点で、身体が止まる。


「一ノ瀬君、まずは足だけやってみよっか」


 先生はさりげなく、逃げ道を作ってくれる。

 ありがたい。


 「タタターン、タンターン」


 リズムに合わせて、ステップだけを踏む。何度も聴いたことのある曲だ。

 さっきまでの、ひたすら繰り返すボックスステップより、明らかに身体が動いている感覚があった。


 息が上がる。

 もちろん、他の研究生と比べれば固いし、ぎこちない。


 それでも。


 曲に合わせて踊る。

 その感覚が、少しだけ楽しいと思えた。


 ——こんなふうに感じたのは、たぶん初めてだった。


 振り付けの練習時間は、驚くほどあっという間に過ぎた。


「OK! 今日の振り付け、覚えておいてね。じゃあ最後、クールダウン!」


 ストレッチが始まり、研究生たちが一斉に身体をほぐす。


「はい、お疲れ様! 今日はここまで!」


「ありがとうございました!」


 ——終わった。


 そう思った瞬間、膝が震えた。次の一歩が出ず、その場に座り込む。


 気づけば、帽子少年——コーマと、ソラをはじめとした小学生たちが集まってきていた。


「ブー太郎!」

「だじょっぷ、だいじょーぶ?」

「なんで身体、曲がらないのー?」

「汗すごい!」

「最初のダンス、もう一回踊って!」

「ぜーぜーいってる!」


 そして、少し首をかしげたまま、素朴な疑問が飛んでくる。


「ねえ、なんで大人なのに踊れないの?」


 ——やめろ。

 正論を、そんな無邪気な顔で投げてくるな。


 質問というより、もう実況だ。

 四方八方から声を浴びせられ、俺は完全に包囲される。


 立ち上がろうとしても膝が言うことを聞かず、そのまま床に座り込んだ。


 さらに一人、マイクを持つ真似をして、俺の前に手を突き出してくる子がいた。

 

「感想は?」


「……疲れた。もう、無理」

 それだけ答えて、仰向けにひっくり返る。

 ゼーゼーと息をする間も、小学生たちは「やっぱり!」「死んでる!」だの、好き勝手に言っていた。

 

「お疲れさま〜」


 ふいに、頭上から大人の声。

 驚いて身体を起こすと、小学生たちに混じってAYA先生が覗き込んでいた。


「わっ……お疲れ様です!」


「あはは。そのままでいいよ。

 一ノ瀬君、ダンス経験ないんだっけ?」


「はい。全然、ついていけなくて……」


「でも、あの自己紹介ダンス、様になってたよ。相当練習したんじゃない?」


「まあ……それなりに」


「うん。あの場面で固まっちゃう子も多いからね。度胸あるし、リズム感もいい」


「え? 俺、ボロボロでしたけど」


「はは。柔軟とかストレッチとかステップはね」


 ——全部じゃないか、と心の中で突っ込む。


「でもね、曲がかかったら自然と身体が音を拾ってた。ダンスって、体幹とか柔軟性も大事だけど、同じくらいリズム感とか表現力も必要なの」

「君は、先に音を拾うタイプ。身体が固くてついていけないだけ」


 静かに、でもはっきり言ってくれる。


「努力は必要だけど、踊れるようになるよ。頑張ろ。

 自主練したいなら、十七時までスタジオ空いてるから。残って練習してもいいよ」

 そう言ってから、AYA先生は少し考えるように首を傾げた。

「君は……曲をかけながらのほうが良さそうだね。MDプレイヤーとか、持ってきてもいいし」


 今日の俺を、ちゃんと見てくれた上での言葉だった。


「じゃあ、また明日ね」

 AYA先生は手を振って、去っていく。


「AYA先生、ばいばーい!」


 小学生たちの声が響く。


 囲まれたまま、俺は息を整えながら立ち上がった。

「……よし。ちょっと、練習するわ」

 気づいたら、そう口に出ていた。


 一瞬、空気が止まる。

 先に動いたのは、コーマだった。


 ちらっと時計を見て、ほんの一拍だけ考えるような間があって——

「……じゃあ、俺も」


 それだけ言って、何事もなかったみたいに隣へ来る。

「さっきのとこな。ここはこう踏む」

 自分が踊るついで、みたいな顔で、ゆっくり足運びを見せてくれた。

 教える、というより、横で一緒に動いてくれる感じだ。


 その様子を見て、ソラも小さく頷く。

「じゃあ、ぼくも」


 自然に輪に加わって、

「ぼくも最初は全然できなかったよ」と、さらっと言った。


 その流れで、ソラがポケットから小さなMDプレイヤーを取り出す。

「ぶーさん、今日持ってきてないんでしょ? これ、使っていいよ」


「……いいの?」


「うん。AYA先生、曲かけながらのほうがいいって言ってたし」


 なんてことないみたいに言うけど、鼻血ブーのときにピ〇チュウ柄のティッシュをくれたのといい、

 なんだこの子。優しさの塊か。


(……いい子たちだな)


 年下で、しかも小学生だけど先輩で。

 なのに、誰も偉ぶらず、置いていかず、当たり前みたいに隣にいる。


 気づかないうちに、呼吸が少し楽になっていた。

 

 そのとき、ふと引っかかる。


(……あれ?)


 コーマとソラ。

 この二人、どこかで見たことがある。


 帽子を斜めに被って、悪ガキみたいに笑うコーマ。

 その横で、柔らかく微笑っているソラ。


 ——ハッとした。


(……黎明RUSHの)


 2025年の未来で、ルクスプロを牽引する兄貴分のグループ。

 テレビで何度も見た、あの二人だった。


 桐生 光磨(きりゅう こうま)

 今はただの生意気な小学生にしか見えないけど、10年後には驚くほど垢抜けて、

 ダンスもラップもキレッキレで、バラエティでも引っ張りだこになる男。


 南雲 空(なぐも そら)

 小さいころから変わらない。

 穏やかで、人の痛みに自然と気づける子だ。

 歌声には芯があり、聴く者を包み込む温かさを持つ黎明RUSHのメインボーカル。

 将来は俳優業やナレーションでも活躍し、「声で物語を作る男」として称される。


(……俺、今)


(未来のスター二人に、ダンス教わってるのか)


 レッスン初日。

 ボロボロで、情けなくて、身体は全然言うことを聞かない。


 でも。


(……悪くない)


 MDプレイヤーから流れる音に合わせて、もう一度、足を出す。


 今はまだ、ついていけなくても。

 ここから、だ。

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