Track.3
画面右下に表示されたテロップを、俺は何度も見返した。
> 「2002年7月14日(日)」
見覚えのあるニュースキャスターの声が、ブラウン管から流れてくる。
部屋をぐるりと見渡せば、どこか色褪せた大学時代の家具たちが、まるで“あの頃のまま”息づいている。
ガタついたローテーブル。
柄がうるさすぎるラグマット。
そして、黄ばんだCRTモニターと、でかすぎるデスクトップPC。
ここは——まちがいなく、俺が大学時代の夏を過ごした部屋だ。
……でも、なんか完璧すぎない?
まるで、再現ドラマみたいな“俺の部屋”。
ふと、首もとに妙な違和感。——シャツのボタンがえらく開いてる。
そのすき間から、やけに主張の強いネックレス?が顔を出していた。
(……いやいや、待て待て……)
確認するように、鏡の前に立つ。
そして——吹いた。
「ぷふっ……な、なんだこれっ……!」
鏡に映ったのは、明らかに“気合い入りすぎな若い俺”。
目元くっきり、細くつりあがった眉に、やたらキメた前髪。
襟足だけやたら長いウルフカットは、もはや芸術的な曲線を描いている。
シャツのボタンは意味もなく開けられ、
首もとには——
フェイクレザーのコードが、5周くらいぐるぐる巻き。
その先端には、謎の銀の羽チャームが、ゆらゆら揺れていた。
「なんだよこれ……」
思わず口元を引きつらせながら、もう一度、全身を見直す。
俺のこの格好、もはや……
“伝説のメンズヌックル、先取り感”。
そのときだった。
頭の中に、誰かの声が囁いた。
> 『闇を裂いて舞い降りる、ひとひらの羽根——
それは、俺の中の煌を目覚めさせる』
> 『聞こえたか? ガイアの囁き。
”今こそ、テメェの輝きを解き放て”ってな』
……いや、俺の声だわ!!
冷静になった瞬間、自分にツッコミを入れていた。
でもちょっと待って? こうして鏡の前で決め顔してる俺、
正直、わりとキマってない!?(錯覚)
——だが、舞い上がる前に深呼吸。
現実を見ろ、俺。
テレビに映った“2002年”の文字。
大学時代に住んでいたこの部屋。
そしてこの、“メンズヌックル五年は早い先取りファッション”。
全部が、示している。
……俺、タイムリープしてる!?
運命石の導き!?
777の奇跡!?
理由はわからない。でも、これだけは言える——!
「今度こそモテる……っ!! アイドルだって夢じゃなーーーいっ!!」
世界は俺に、再チャレンジのステージをくれたんだ。
……その割には、襟足がチクチクしてるけど。
“強くてニューゲーム”。
この言葉が、頭の中で何度もリフレインする。
未来の知識を手にしたまま、
もう一度、青春をやり直せる世界線……!
これはもう、やるしかないだろ!?
「ふふ……ふはは……ふはははははは!!」
笑いが止まらない。誰もいないアパートの一室で、高笑い。
——俺は今、人生という名のステージに立っている。
そう、今度こそ、主役として!
「待ってろよ、未来!! 今の俺はひと味違うぞーー!!」
とはいえ——今日はもう、情報量が多すぎた。
2002年にタイムリープ、
大学時代のアパート、
黒歴史とポエム、
メンズヌックル先取りファッション、
そして極めつけは——
唇じゃなくて、永遠。
「……もう今日は寝させてくれ……」
俺は布団にダイブした。ちょっとゴワつく、ダサい柄のカバー。
でも、妙に落ち着く。なんだろ、この敗者の安心感……。
目を閉じると、まぶたの裏がすぐ遠くなる。
——明日は、“モテ人生”の開幕だ。
* * * * * *
チュン……チュン……
小鳥のさえずりが、妙にクリアに耳に入ってくる。
まぶたの奥がじわっと明るくなり、俺はゆっくりと目を開けた。
天井が……低い。いや、これが普通だったんだ。
ちょっと黄ばんだ照明、ほこりっぽい空気。うん、大学時代の部屋だ。
「……おはよう、2002年(※イケボ)」
言ってから、自分でちょっと笑う。
でも、胸の奥は妙に高鳴っていた。
まずは——やりたいことをやる。それがリスタートの醍醐味!!
「コンビニへ、懐かしお菓子爆買いじゃあああああ!!」
鼻息荒く財布を開く——が、しかし。
「……え、少なっ……なにこれ、リアルに千円しか入ってない……」
冷静になって部屋を見渡すと、カレンダーの7月15日には、ひとことだけメモがあった。
『バイト初日(17:00~)』
「……あ、そっか。今、俺“学生”だったわ」
財布の中身より、現実の重みの方がずっしりのしかかってくる。
でも——
ここで俺の本領発揮である。
30代を超えてから叩き上げた、プロフリーター歴10年のスキル。
飲食、接客、イベント、物販、配膳、試食販売、チラシ配り、
フリーター界の何でも屋と呼ばれたこの俺の力を……
「ここで使わず、いつ使う!?」
タイムリープしても、時給は時給。
まずは今日のバイトで、“今世”の生活費を稼ぐのだ——!
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<奏の2000年代回顧録>
※この回顧録は、何を隠そう俺のうろ覚えで構成されている。事実と異なる可能性? あるに決まってるだろ!(笑)※
■ メンズヌックル(※通称)
正式名『MEN'S K●CKLE』。men’s e●gの増刊として2004年に誕生した、“伊達ワル”系ファッション誌。
ちょいワル男子のバイブルとして、当時の10〜20代男子を黒く染めあげた。
最大の特徴は、読モ写真に添えられた激盛りキャッチコピー。
例:
「ガイアが俺にもっと輝けと囁いている」
「千の言葉より残酷な、俺という説得力」
「知ってたか? 孔雀は堕天使の象徴なんだぜ」
「オレは変身をあと2回も残している」
その中二感あふれる名言たちは、今なおネットで語り継がれている。
なお、奏は2002年当時、
メン●ク創刊より2年も早く“その道”を先取りしていたことで知られる(※自称)。