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ALIVE!42歳のおっさんが、国民的アイドルになった件。  作者: 舞見ぽこ
Chapter 3:Step Up Stage

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39/43

Track.38

 ダンスレッスンはウォームアップから始まった。


 午前中のヴォーカルレッスン、青木先生のところでも、容赦ない柔軟はやってきた。

 だから正直、ストレッチには多少の耐性がついたつもりでいた。つもり、でしかなかったが。


 最初は、ターン、タン、タタタン、という軽い足踏みから始まる。


(……あれ?)

(これ、いけるんじゃね?)


 そう思った数秒前の自分を、全力で殴りたい。


 やっぱり身体が固い人間にとって、ストレッチは問答無用でしんどい。筋肉というより、心が先に悲鳴を上げる。


 ただ、AYA先生は青木先生とは全然タイプが違った。

 立ち位置や、今やっている動きの意味、次に何をするのかを、流れを止めずにさりげなく教えてくれる。

 そのおかげで、俺は妙な置いていかれ感を覚えずに済んでいた。


 だが。腿の裏、股関節、背中。どこを伸ばしても、伸びない。いや、伸びてはいるはずなのに、身体がそれを拒否している。


「お腹に、グッと力入れてー」

 AYA先生の声が、すっと飛んでくる。

 言われた通りに意識すると、ほんの少しだけ可動域が増えた気がした。


(……お?)

(いつもより、伸びてる?)

(AYA先生、的確すぎない??)


 ちょっとした成功体験に、内心テンションが上がる。

 なお、客観的に見れば、他の研究生と比べて、俺の身体は相変わらずダントツで固い。できてるつもりになっているのは、俺だけだ。


 次は、アイソレーションと呼ばれる基礎練習に入った。

 首、肩、胸、腰を、順番に「そこだけ」動かしていくらしい。

 ……らしい、というのは、俺にはその「そこだけ」がさっぱり分からなかったからだ。


 ぎこちないながらも、真似はできている。たぶん、なんとか。


 問題は、そのあとだった。

 「軽い筋トレ」と言われたそれは、俺にとっては全然軽くなかった。腹筋。プランク。体幹。


 「ワン、トゥー、スリー」


 AYA先生のカウントに合わせて、周りの研究生たちは当たり前みたいに身体を上下させている。

 小学生組に至っては、余裕の顔だ。……なんで? さっきまで一緒にアイソレーションやってたよな? 身体の構造、俺と違わない?


 俺はというと、一回もできない。

 渾身の力を込めても、結果は「微動だにせず」。

 プランクに至っては、形に入った瞬間から全身がプルプル震え、三秒ももたずに崩れ落ちた。


 ざわ、と小さく空気が揺れる。

 視線が集まるのが、分かる。分かるけど、どうにもならない。やってる。俺はちゃんと、やってるんだ。


 そんな俺の横に、影が差した。


 「一ノ瀬君」


 顔を上げると、AYA先生が、しゃがんで目線を合わせてくれていた。

 声はいつも通り軽くて、責める色は一切ない。


 「膝ついて、やろっか」


 それは「できてないよ」という指摘じゃなくて、「続けよう」という提案だった。

 妥協、というより救済に近い。


 「……はい」


 膝をつくと、さっきより少しだけ身体が安定する。

 完全にできているとは言えない。でも、ゼロではない。


 「うん、そのまま。お腹、軽く締めて」


 言われた通りに力を入れると、不思議と崩れにくくなった。

 たったそれだけで? と思う反面、今まで俺は何を使って身体を支えていたんだ、とも思う。


 周りでは、また「ワン、トゥー」とカウントが進んでいく。

 俺は俺の場所で、俺なりに必死だった。


 ——軽い筋トレ、という言葉を、俺はもう二度と信じない。



 

 そして、基礎ムーブとステップに入った。


 基本のボックスステップ。

 右、前、左、後ろ。

 言葉にすればたったそれだけなのに、実際にやると脳と足が完全に別行動を始める。

 右足を出した瞬間に「次どっちだ?」と考えた時点で、もう遅い。足は止まり、リズムは外れ、俺だけワンテンポずつズレていく。


 周りを見ると、他の研究生たちは、当たり前みたいな顔で同じ動きを繰り返しながら、少しずつスピードを上げている。

 そんな中、俺はと言うと案の定、足はもつれるし、方向は迷子になるしで、完全に取り残された。


 そのときだった。


 「一ノ瀬君」


 また、AYA先生だ。

 他の研究生たちが動いている間に、先生はさっと紙を一枚取り出して、ペンで何かを書き始めた。


 「これね」


 差し出された紙には、四角い枠と矢印。

 右足、左足、番号付きで、順番が一目で分かるように描かれている。


 「この通りに、順番だけ意識してやってみよっか」


 言われた通り、紙を見ながら足を動かす。


 右。

 前。

 左。

 後ろ。


 ……あ。


 いける。

 さっきまでとは比べものにならないくらい、動きが繋がった。

 リズムも、完全じゃないけど、ちゃんと音に乗っている感覚がある。


 「そうそう! 今の感じ!」


 褒められて、調子に乗る。

 同じ動きを繰り返す。五回、六回、七回……十回目あたりで、突然、脳がバグった。

 次どっちだっけ? と考えた瞬間、足が絡まり、危うく転びそうになる。


 それでも、最初よりは明らかにできていた。


 ——いや、待て。

 これ、教え方が上手すぎるだけでは?


 頭で理解できる形にして、身体に落とし込ませる。できない前提で、ちゃんと導いてくれる。

 さっきの筋トレのときもそうだったけど、無理なところは無理だと判断して、続けられる形に変えてくれる。


 改めて思う。


 AYA先生、教えるの、うますぎる。


 ……そして同時に、

 それでもついていけていない自分の現実も、しっかり突きつけられていた。

 息が上がり、脚が笑い、時間の感覚が壊れていく。まだ始まったばかりだというのに、すでに全身が悲鳴を上げていた。


 ——ダンスレッスン初日。


 ここからが、本当の意味でのスタートだった。

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