Track.37
最初に名指しされた達也のダンスは、驚くほどあっさり終わった。
BGMに乗って、さっと前に出て、軽くステップ。
余計な動きはなく、最後にピタッと止まる。
「タツヤです! イエーイ!!」
それだけ。
なのに、拍手と歓声が自然に起きた。
……は?
俺は、その場で完全に固まっていた。
いやいやいや、無理無理無理。即興って、そんな気軽に出来るもんなのか?
BGMは止まらない。
「イエーーーィ! じゃあ次、勇吾!!」
間髪入れずに名前を呼ばれ、今度は勇吾が何の躊躇もなく前へ出た。
……踊る。普通に。ノリよく。しかも楽しそうに。
待って。
このクラス、初級だよな?
自己紹介セッション。
名前を覚えるためのもの——らしいが、正直、誰が何て名乗ったかなんて一切頭に入ってこなかった。
そんな余裕はない。
俺、完全にパニック状態。
何このノリ!!
即興で踊れるのが前提なの!?
ちらりと順番を数える。
……ラスト、俺だよな。あと……八人くらい?
その間にダンスを考えろって?
は?? 無理ゲーすぎるんだが??
俺が踊れるダンス……やばい。
中学の体育祭で踊った花がっさ音頭しか出てこない。
あのおめでたい歌詞が一瞬脳内をよぎるが——いや、全然めでたくない!!
必死に記憶を掘り返す。
流行ったダンス……誰でも踊れるやつ……。最近で言うならナル〇ダンス、少し前ならラン〇ングマン。
無論、どっちも踊れない。
でもさ。
未来で流行ったダンスを、今ここで踊ったら……めちゃくちゃカッコよくね?
問題は、簡単で、下手がバレにくくて、それっぽくダンスに見えるやつ。
パプ〇カ?マルモ〇ダンス? かわいい。確かにかわいい。でも無理だ。振り付け、欠片も覚えてない。
そうこう考えているうちに、自己紹介セッションはどんどん進み——
……やば。残り、二、三人じゃないか!?
頭の中で、時代と共に流行ったダンスをフル回転させる。
まずいまずいまずい。
——そのとき。
パチン、と。
ひとつの曲が、脳内で噛み合った。
……これだ。
比較的シンプル。動きが少なくても、それっぽく見える。なにより——今流れてるBGMと、拍子が合ってる気がする。
そう確信した瞬間。
「OK! 次はソラ!!」
呼ばれて前に出たのは、帽子少年の相棒——ピカ〇ュウ柄のティッシュをくれた少年だった。
ソラは慣れた様子でステップを踏み、少しハニカミながら笑って、「ソラです!!」と名乗り、ニコッとポーズを決める。
……かわいい。
やだ、かわいい。おじさん、ファンになりかける。
次の瞬間。
「次は、コーマ!!」
前に出たのは、帽子少年。
あ、名前、コーマって言うのか。
音に乗った瞬間、空気が変わった。
キレがいい。動きが自然で、目を引く。見とれている間にダンスは一気に締めに入り——
「コーマです!! よろしくな、ブー太郎!!」
……今、名指しされた気がする。
コーマはそう言って、帽子の角度をくいっと変えた。——それすら、振り付けの一部みたいだった。
かっこいい。
小学生とは思えない。天性のセンスを、まざまざと見せつけられる。
そして。
「OKOK! じゃあラスト——一ノ瀬君。いけるね?」
視線が、一斉に集まる。
「はいっ!!」
腹をくくって、前へ出た。
一瞬、手と足が同時に出そうになったのを必死で抑え、深呼吸して歩幅を整える。
大丈夫だ。
脳内では、あの曲が流れている。
いける……!!
十年くらい前。甥っ子と一緒に、バカみたいにハマった、あのダンスを——今、ここでやるんだ。
両腕を後ろへ突き出し、その場を駆けるように、軽く足を刻む。
——YO!YO!YO!
脳内BGMに合わせ、無駄のない動き。
視線は正面。なぜか妙にキメ顔だ。
——YO!YO!
最後に、首をゆっくりと捻る。
一拍、静止。
そして、胸に手をあて、はっきりと。
「……アイム、カナデ・イチノセ」
言い切った、その瞬間。
——シーン。
スタジオの空気が、止まった。
(……あれ?)
背中に、じわっと嫌な汗がにじむ。
(俺の……渾身のダンス……)
(もしかして、すべった?)
やっちまったか。
未来のダンス、時代を先取りしすぎたか。
いや、そもそも今の、ダンスって呼んでよかったのか?
そんな不安が一気に押し寄せた、その直後——
「おおーー!!」
声が、弾けた。
「なんか、かっけー!!」
「見たことない動き!!」
「BGMと、めっちゃ合ってた!!」
「最後、なんて言ったの!?」
次々と飛ぶ声。
ざわざわと、空気が一気に熱を帯びる。
(……え?)
俺が状況を理解する前に、
「いいねいいね! ナイスぅ~~!!」
AYA先生が、満面の笑みで親指をぐっと突き出した。
肯定。
しかも、かなり強めのやつ。
(……セーフ?)
(いや、これ……いけた、のか?)
ほっと息を吐きながら、元の位置へ戻る。足取りは、若干ふわふわしていた。
(……あっちゃん、ありがとう!!)
心の中で、全力で感謝する。
(やっぱり、あっちゃんはかっこいい……!!)
そう思いながら、俺はようやく、ダンスレッスン初日を生き延びた実感を噛みしめていた。
即興の自己紹介を乗り切って、場の空気にもどうにか馴染んで、やり切った感全開だった。
だが、それは完全な思い違いだった。
ふと、壁際の時計が目に入る。ダンスレッスン開始から、まだ十五分。
体感的には、準備運動にも届いていない時間だ。息は上がっていないし、汗もほとんどかいていない。
今のは、レッスンですらなく、ただ入口に立っただけだったのだと、遅れて理解する。
——そう。
ここからが、本当の地獄のはじまりだった。




