Track.30
撮影スタジオの空気が、少し落ち着いた。
レンくんがスタッフに深々と頭を下げて退室し、スタジオは次の準備に入っていく。
「じゃあ次、社員証の写真から撮りましょうか」
美央さんに促され、俺は緊張で手のひらを汗でじっとりさせながらセットの前へ歩く。
「そこ立って。背筋伸ばして、顎ちょっと引いて」
社員証用のカメラマンは、低い声の無表情なおじさん。
(……緊張する……!)
パシャ。
数秒で終わった。
本当に、証明写真という感じだった。
「次、宣材ね。セット変えるから少し待って」
そう言われ、美央さんと端で待機していると——。
「あらぁ〜〜〜〜♡ 今日の子は新人ちゃん? 可愛いの来たじゃないのォ〜〜〜〜♡」
奇妙に伸びるハイトーンボイス。
登場したのは——さっきの無表情カメラマンとは明らかに別人。
スタジオ奥から、バサァッと風をまとわせて現れた。
金髪——。
ただの金じゃない。毛先にかけて真っ赤なグラデーションがかかったウェーブヘアを、
ざっくりと高い位置でまとめている。
濃いめのアイライン、真紅のリップ。
派手なのに妙に完成度が高いメイクで、むしろ 美形の顔立ち が際立っていた。
(うわ……なんだこの存在感……!?
顔、めっちゃ整ってない!?)
腰にはきらきら光る金のバンダナ。
派手な柄シャツを前開きぎみに羽織り、胸元には大ぶりのアクセサリーがジャラッと揺れる。
動くたびに香水の甘い香りが漂い、
スタジオの空気が一気に変わった。
「あっ、紹介するわ。一ノ瀬くん。今日の宣材撮影のカメラマンはキャシーさんよ」
「よろしくねぇ〜〜〜奏きゅんッ♡」
「か、奏……きゅん!?」
キャシーさんは、俺の肩を両手で掴んでグラグラ揺らしながら満面の笑み。
「ちょっとぉ〜〜〜いいじゃないッ! その髪も、その衣装も!
もうね、顔が完成してるのよッ♡ ほらぁ〜〜〜見せて見せて〜〜〜!!」
キャシーさんは俺の顔を覗き込むなり、両手で四角をつくった。
「やだ可愛い!!か~わ~い~い〜〜!!
はいそのまま! ちょっと笑って!! 目線ちょうだい!!
そう、それッ!!オッッッケイッ!!!」
(いやいやいや、まだ本物のカメラ出してないのに!?
何この人……キャラ濃すぎない!?)
指フレームだけでバシャバシャ撮ってる気になっているキャシーさんに、
思わず笑いそうになるのを必死でこらえる。
「――よし。じゃあ本番いくわよぉ〜〜ん♡」
ようやくキャシーさんが背中からゴツいカメラを取り出した。
(やっと……! いままでのは全部予行演習だったのか……)
カメラを構えた途端、キャシーさんのテンションはさらに跳ね上がる。
「はい奏きゅん!! そのままッ!!
光が似合いすぎる〜〜〜!! もっと見せてぇぇ!!
そぁう! その目!! その角度!!
いいわね!いい、いいわ~~~~~!!そう、それっ!!! もっともっとちょうだいッ!
フォウゥゥーーーーッ!!!」
(本番のほうがテンション上がってる……!?
なんだこの人……すご……!!
さっきの社員証の人と別世界すぎる……!!)
完全に圧倒されつつも、俺は言われるままにポーズを取る。
シャッター音はまるで機関銃。
「その初々しさ、たまらないわ〜〜!!
ちょっと顎引いて! あぁもう完璧、好きッ!」
(……ここまで褒められたら、やるしかないな)
(……よし。レンくんみたいに髪をかき上げるやつ、俺もやってみるか……!)
そっと右手を髪に伸ばし、サラッと払う、その直後——。
「……あ、普通でいいわよ」
「え」
空気がスパン、と止まった。
「奏きゅんは自然体が一番可愛いのよぉ〜〜〜。
ヘンにカッコつけるのは、あと五年くらいしてからにしましょ♡」
(五年!? そんなに!?
……はい、すみませんでした)
最後のシャッター音がスタジオに響いたあと、
キャシーさんはくるりと踵を返し、
撮ったばかりのモニターをぱん!と叩いてこちらに向けた。
「——はいこれッ!! これが今日のベストショットよぉ〜〜!!
見て奏きゅん!! すっっっごいわよアンタ!!」
「えっ……あ、はい……?」
恐る恐る覗き込むと——。
(………………誰!?
いや、俺……だよな!?)
鏡で見た“変身後の俺”よりも、
さらに柔らかく、爽やかで、
なんだかちゃんと“アイドル”に見える。
光の入り方、角度、姿勢。
全部が噛み合って、自然体なのに魅力が引き出されていた。
「す、すごい……これ、俺なんですか……!?
プロって……プロって本当にすごい……!!」
胸が熱くなる。
こんなふうに撮ってもらえるなんて、思ってもみなかった。
キャシーさんが満面の笑みでウィンクする。
「当然でしょ〜〜!?
アンタ、素材がいいんだから!!
撮るこっちもテンション上がっちゃったわよ!!」
「ほんっっとうに……ありがとうございます!!
こんな、アイドルみたいに撮ってもらえて……!!」
深く頭を下げた瞬間——
スタジオの空気が一瞬止まり、次の瞬間わっと笑いが起きた。
「ちょっと奏きゅん!? アンタそれ、
アイドルになるための宣材よ!? 」
キャシーさんが腹を抱えて笑いながら、
それはもう嬉しそうに手を叩く。
「やだぁもう〜〜礼儀正しい上に天然なの!?
好き!! ほんと好き!!!」
(うわあああ!! 俺なんてこと言ったんだ!!)
顔から火が出そうになりながらも、
不思議とイヤじゃない。
むしろ——
笑いの中に、自分を歓迎してくれている空気が少しだけ混じっている気がした。
* * * * * *
撮影セットのバラシが始まる。
スタッフがライトを下ろし、ケーブルを巻いていく。
そのひとりひとりに向かって——。
「ありがとうございました! お疲れさまでした!」
「今日は本当にお世話になりました!」
「メイク、めちゃくちゃ綺麗で……感動しました!」
「衣装もすごく気に入りました! ありがとうございました!!」
俺は丁寧に、真っ直ぐに頭を下げていく。
メイクさんは「可愛い子ねえ」と笑い、
衣装さんも「またサイズ合わせるから呼んでね」と手を振ってくれた。
その様子を横で見ていた美央さんは、
ほんの少しだけ驚いたように目を瞬かせ、
そして小さく微笑んだ。
「……一ノ瀬くん。
こういうところ、すごくいいわね」
「えっ、何がですか?」
「スタッフさんそれぞれにきちんと挨拶できる子、滅多にいないの。
現場で愛されるタイプよ、あなた」
「えっ……!?」
褒められたのがあまりに意外で、胸が跳ねた。
(……フフ。そうか。また社会人の風格が出ちまったか)
バンド時代にも、先輩たちに何度も叩きこまれた。
『スタッフさんには誠意を尽くせ。対バンの相手にも必ず敬意を払え。
現場は人で回るんだぞ』——って。
その癖が、いまの自分にも残っている。
だから今日も、気づいたら自然に頭が下がっていた。
(そうだよな……俺、やればできる子なんだよ……! ※42歳)
嬉しさがじわっと広がり、口元がどうしても緩む。
レンくんの輝きとはまったく違うけれど——
自分にできる強みが、少しだけ見えた気がした。
「さ、次は社内案内よ。
今日はまだまだ終わらないから、覚悟してね?」
「……はい!!」
アイドルとしての第一歩。宣材写真撮影、終了。
胸の奥がじんわり熱いまま、
俺は次のステップへと歩き出した。




