Track.2
令和7年、7月7日。
「777の奇跡」なんて言われていたその日、俺は——
駅前の公園で、ボールを追いかける子どもに遭遇した。
ボールが転がってきて、俺は咄嗟に前に出た。
「少年よ、キャッチは任せろ……!」
スカッ。
指をかすめたボールは転がり、俺は派手にすっ転んだ。
顔から地面に突っ込み、後頭部までぐるんぐるん。
そして背後から、クラクション。
「ブアアアアアン!!」
そのまま、車の進路に華麗にスライディング。
——壊滅的な運動音痴、最後の最後まで足を引っ張る。
意識が遠のく中、脳裏に浮かんだのは、くだらない未練だった。
(……モテたかったな……)
(生まれ変わったら……)
(アイドルになりたい)
——ポワンッ。
頭の中で、なにかが弾けた。
うしろから誰かに思いっきり引っ張られたような感覚とともに、
地面が消える。
あれ? 俺、いま浮いた? え、落ちてる? てか、これ夢??
視界が真っ白になった——
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
カチャカチャ、カチャ……ピッ。
親指が、勝手に動いている。
気づけば、手の中にあったのは——やけに軽くて、コンパクトなケータイだった。
「……なにこれ、オモチャ?」
いや、オモチャじゃない。液晶はついてるし、文字も打ててる。
でも、画面が……やたら小さい。しかも、白黒!?
今どき、白黒液晶って……あるか??
(……いや、これ……まさか……レトロなケータイ!?)
(マジでいつの時代……?)
不意に、目の端に映り込む“背景”。
そっと視線をあげると、見覚えのある家具が並んでいた。
安っぽいローテーブル。
柄がうるさすぎるラグマット。
ブラウン管テレビと、でかすぎるデスクトップPCとモニター。
ここはどう見ても大学時代に住んでたアパートの一室じゃないか。
「……え、なにこれ、再現度高っ」
「っていうか……」
——俺、さっき……たしか、死んだよな?
思い出すのは、公園で転倒した瞬間。
あの絶望的なスローモーション。クラクション。ブレーキ音。
そっか! これが走馬灯ってやつ!!
(いや、待て待て……)
戸惑いながら、手元のケータイの液晶画面に目を戻す。
そこに表示されていたのは、なにやら謎の文章——
> 『観覧車のてっぺんで、
交わしたかったのは——唇じゃなくて、永遠。』
「うわあああああああああ!?!?」
反射的にケータイを放り投げた。
小さくて軽い端末は、布団の上をぽよんと跳ね、コロンと転がる。
液晶にはあの怪文書が残像のように映り込んだまま、裏返った。
「……な、なにこれこわい……!」
できるだけ液晶を直視しないように、
薄目でそっと、指先だけでつまむようにケータイを拾い上げる。
それでも、チラリと目に入った文面が、脳にクリティカルヒットする。
> 『唇じゃなくて、永遠。』
「もうヤダ……時空ごと消えてくれ……!」
ポエム? これ、ポエムなの?
宗教勧誘? 怪文書? どこの怪異?
……心当たりは、ある。悲しいほど、ある。
(……これ、俺が書いたやつじゃん)
……思い出した。
あれは、大学2年の夏——
7人目の彼女(※自称)ユキちゃんとの遊園地デートの日。
狙うはもちろん、観覧車のてっぺんでキッス作戦——。
その結果は——。
完・全・敗・北。
いや、準備は完璧だった。
観覧車に乗る前に、ちゃんと鼻毛チェック済み。
ポケットにはハンカチ。口元にはミントキス。
シミュレーションも万全。俺、やればできる子!
だが——
7月の観覧車を、完全になめてた。
密閉空間 × 真夏の直射日光 = 動くサウナ
興奮と緊張で、汗が止まらない。いや、流れるというか、噴き出す。
顔から、背中から、どこからともなく……滝!
持ってきたハンカチ?
搾れるレベルでびしょびしょ。
そんな俺を見かねて、ユキちゃんが自分のハンカチを差し出してくれた。
笑顔が……めっちゃ引きつってたけど。
その瞬間、俺は悟った。
(あ、これ、今日は……無理だ)
帰り道、どうやって電車乗って帰ったかも記憶がない。
ただ、家に着いた頃——
「ごめんなさい、別れてください」のメールが届いていた。
なんで!?!?
汗かきすぎただけで!?
イケメンだって汗くらいかくじゃん!
蛙化現象ってやつ!?
俺、頑張ったのに! 鼻毛も出てなかったのに!!
……そんな、心がズタボロの夜。
俺は、夜中のテンションで、あのポエムを書いた。
そして当然のように魔法のeランドに投稿した。
んで、後日反応を見たら。
「閲覧2」「感想0」。
そっとページを閉じた。
……でも、俺は諦めなかった。
この切ないポエムを、メロディに乗せてみたら、
なんか“それっぽく”聴こえる気がしてきた。
——よし、これ、歌おう。
その日からしばらく、彼女は作らず、
作詞作曲に打ち込んだ。痛みを、メロディに変えて。
路上ライブ初挑戦。
選んだ曲は、観覧車ポエムをベースにした失恋ソング。
結果? 言うまでもない。
誰も足を止めなかった。むしろ、避けて通った。
……俺の青春、まるで交通整理。
それだけでは終わらなかった。
あろうことか、俺はその失恋ソングを、CD-Rに焼いて、
ジャケットも自作して、友人たちに配布したんだよ……!!
> 「よかったら、聴いてみて……泣ける曲、作ってみた」
「いやあああああああああああああああ!!」
もうやめてっ!奏のライフはゼロよ!!
顔を覆って机に突っ伏そうとした、そのとき——
ガンッ! と右手がリモコンに当たり、テレビが突然ついた。
「うわっ!?」
ブチッ……ビー……ピッ。
古いブラウン管特有の、音の遅れてくる立ち上がり。
ざらついた画面の向こうに、懐かしいニュースキャスターが映し出された。
そして、そこに流れた日付のテロップが、視界の端に飛び込んで来る。
> 「2002年7月14日」
「……は?」
「……2002年!?」
完全に飛び起きた。
——こうして、泣きたくなるような黒歴史とともに、
2000年代の世界は、容赦なく幕を開けていた——。
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<奏の2002年回顧録>
※この回顧録は、何を隠そう俺のうろ覚えで構成されている。事実と異なる可能性? あるに決まってるだろ!(笑)※
■ ケータイ(ガラケー)
画面なんて名刺サイズより遥かに小さくて液晶は白黒も多かった(カラーは“高級機種”)
ボタンはポチポチ連打式。70文字制限メールが普通で、打つだけで指が鍛えられた。
■ ミントキス(※通称)
キス〇ントガム=青春の必需品。ポケットに1枚、これぞデートの嗜み。
ちなみに俺は、「こっそり噛んで飲み込む派」だった(効果あったかは知らん)。
■ ブラウン管テレビ
厚くて重くてデカい。画面の四隅がちょっと暗いのは仕様です。
■ でかいPCとモニター
とにかく重い。でかい。場所取る。当時は「液晶モニター」がまだ高嶺の花で、
映像編集でもしない限り、この図体デカいCRTで十分だった。LANケーブルは床を這う。