Track.25
「と、とにかく落ち着いて聞いてほしい!」
俺は両手を上げて制し、深呼吸をひとつ。
「俺は……ルクスプロダクションに入所したい。だけど、いきなりデビューじゃなくて研究生からのスタートになる。
研究生として軌道に乗るまでは収入がなくて……しかも、バイトも禁止なんだ」
父と母がぴたりと動きを止める。
(よし、ここからが本題だ)
「だから、お願いがある。
夢を追う間、生活費を——出してもらえないかな」
息を整え、頭の中で練習してきた“熱弁パート”をスタンバイする。
声の抑揚、間、視線の流し方、完璧。
——いざ、開幕。
「俺は、アイドルになりたい! それは決して軽い気持ちなんかじゃなくて——!」
が、目の前の二人は。
「きゃ〜〜〜〜!! 奏ちゃんがアイドルぅ!? 夢みたい〜!!」
「まさか奏がアイドルになんてなあ……お前、やるじゃないか!」
俺のセリフの途中で立ち上がり、拍手喝采。
母はケータイを取りに走り、父はすでに涙ぐんでいる。
(ちょ、待って……今からクライマックス入るとこだったのに!!)
母はその勢いのまま、姉に電話をかけようとし——
父は俺の背中をパーンと叩いてきた。
「立派になったなあ、奏!!」
(え? なんかもう、俺がアイドルになった前提で話進んでない?)
真剣に語るはずが、完全にお祭り騒ぎ。
俺の“芝居仕立ての熱弁”は、一言目から粉々に砕け散った。
「ちょ、ちょっと待って、だから夢を追う間、生活費を出してもらいたいんだけど……?」
父がうなずき、ぐっと拳を握った。
「もちろんだ。ここで夢に向かう息子の背中を押してやらんでどうする」
「そうよぉ。ママなんて、息子が生まれたらルクスに入所させようと思ってたんだから」
「……初耳なんだけど」
「あら、そうだっけ?ママも昔はアイドルのおっかけしてたし」
(そうだ……母は韓流ブームの頃、ユン様に会うために韓国まで飛んでたっけ……)
「奏ちゃん、ママに似て美形で〜」
「お、俺には似てないのか」
父・春雄が、しゅんと肩を落としてうなだれる。
「う〜〜ん、あ! 歌が上手いのはパパ似ね!」
「おおっ!」即・復活する春雄。
母は懐かしそうに笑いながら続けた。
「それでね、奏ちゃんが小学生のときにルクスプロのオーディション受けさせようとしたのよ」
「マジか……!」
「でもね、ダンスパフォーマンスを見られるって聞いて……
奏ちゃんにダンスは……ってなって断念したの」
あったな……あれは小3の頃だったか、母さんに“ターンやってみて”って言われて、足首捻挫したことが……。
あれはルクスプロに応募の為だったのか。
俺の運動神経は、幼少期から足を引っ張っていたらしい。
「でも入所できるってことは、踊れるようになったのね!」
「えっ!!」
「え?」
「いや、踊りは見てもらってない。歌だけ……」
「………。」
三人で顔を見合わせる。
そういえば——
ルクスプロのアイドルで、踊れない人なんていたっけ?
……いや、見たことがない。
「い、いやあ。スカウトしておいて、踊れないからって“じゃあなかったことに”って……ならないよな、ハハ」
「そ、そうよねえ。踊れないくらいで……」
「………。」
静寂。セミの声だけが聞こえる。
「契約書だ! 契約書にダンスができなかったらクビとか書いてないだろうな!?」
父の声で、三人の視線がテーブルの上の書類に集まった。
ルクスプロの封筒の中には、正式な契約書。
項目を一つずつ確認していくが、
「ダンスができない者は即日解雇」——そんな文言は、さすがにどこにもなかった。
「書いてないわね。奏ちゃん、もうボロが出る前に早めに契約しちゃったほうがいいんじゃない?」
(ボロって……)
「そうだな。それで俺は未成年だから、ここに保護者のサインが——」
言い終わる前に、春雄が凄い速さで署名し、ハンコを押していた。
「は、話が早くて助かる……」
「頑張れよ!奏!」
目頭を押さえながら、春雄がポンと肩を叩く。
「ママもパパも、いつでもあなたのことを応援してるからね!」
涙をぬぐいながら、雅子が笑う。
(……これ、絶対“苦労するだろうなあ”って顔だ)
でも。
こんなふうに背中を押してもらえる俺は、なんて恵まれているんだろう。
胸の奥で、じんわり熱が広がる。
俺はもう迷わない。
——必ず、夢を掴む。
こうして、俺の新しい人生が静かに動き出した。




