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Track.22

 「おっと!」


 反射的に体が動いた。

 思わず駆け寄って支えようとした——が、俺の運動神経は壊滅的だった。


 足がもつれ、笠井さんに突っ込む形で激突。

 (やっば! やらかした!!)


 助けに入ったつもりが、事態を悪化させただけだった。


 湯葉の天ぷらが(みなと)くんに、ドリンクが真宙(まひろ)くんにかかりそうになる。

 反射的に両手を伸ばし、ずっこけながらも全力でかばう——。


 ガシャン! ……と鳴りかけた音が、奇跡的に止まった。


 笠井さんが咄嗟にグラスを押さえ、俺はお皿を胸で受け止める。

 割れはしなかった。……が。

 

 結果。


 俺、ドリンクまみれ。

 顔面に天ぷら直撃。


 (あっつ……! つめたっ……!)

 揚げたてと氷のダブルアタック。

 全感覚が混乱して、脳がどっちに驚けばいいのかわからない。


 しかし——優先すべきは俺じゃない。


 即座に湊くんと真宙くんのほうへ向き直り、声を張った。

 「お客様、お怪我はございませんか!? お召し物にかかっておりませんでしょうか!」


 接客業のプロ対応——条件反射だった。

 

 湊くんがポカンとして、真宙くんが肩を震わせる。

 「ぷっ……いやいやいや、怪我してんのおにーさんでしょ……!」

 「ほんとそれ。頭に天ぷら乗せながら“お怪我は”って」


 笑いを堪えきれず吹き出すふたり。


 俺は慌てて、ふたりの服や髪を確認する。

 どうやら、ドリンクも天ぷらもかかっていない。


 (よかった……! 顔面も性格も国宝級の二人にケガなんかさせたら絶対にダメだっ!!)


 安堵したのも束の間——ふと周囲の視線に気づく。

 心配そうな顔、苦笑い、なかには「何が起こった?」という表情もある。

(あ、これ完全に目立ってるやつだ……! DUELが来てるなんて、バレちゃいけない!)


 「……大変失礼いたしましたーーー!!」

 店中に響き渡る勢いで頭を下げる。

 それまでざわついていた空気が、すっと静まり返った。

 ざわめきの中に、わずかな笑いと安堵が混じる。


 「すぐに片づけて、代わりのものをお持ちしますね!」

 笠井さんに合図を送り、俺はお皿を持ち直して下がろうとした。


 「お、おう。俺らは大丈夫だからな」

 真宙くんが笑い混じりに声をかける。


 「おにーさんの方こそ、大丈夫?」

 湊くんが心配そうに覗き込んできた。


 「はい。慣れておりますので」


 思わずいつもの口調で会釈した瞬間、ふたりが顔を見合わせて吹き出す。


 「え、慣れてるの!? それはヤバいw」

 「職業病ってやつだな……!」


 店内に笑いが戻り、空気が少しだけ和らいだ。


 そのとき——。


 「か、奏くん、大丈夫!?」

 厨房から店長が駆け出してきた。


 「笠井さんは床の掃除お願いね! 奏くん、おしぼりこれ! すぐ着替えてきて!」


 「あ、はいっ!」

 俺は深々と一礼して、ドリンクまみれのまま裏へ走った。


 * * * * * *


 顔と頭を拭き、スタッフ用ロッカーで慌てて着替えを済ませる。

 バックヤードから出ると、笠井さんはすでに掃除を終えて接客に戻り、店長は厨房で湯葉天を揚げ直していた。


 「店長、……すみません! 本当にご迷惑をおかけしました!」

 「いいってことよ。それより——あの二人にぶちまけなくて本当によかった。不幸中の幸いだな」


 「はい……。無駄にした湯葉天とウーロンハイ、給料から天引きでお願いします」

 「やめろやめろ、縁起でもない。それより ほら、これ運んで」


 店長が顎でカウンターを指す。

 そこには、てんこ盛りの揚げたて湯葉天が山のように積まれていた。軽く十人前はある。


 「え、これ……DUEL(デュエル)の二人に?」

 「そうそう。お詫びにね。もちろんサービスで」


 「いや、ちょっとこれはさすがに多すぎません!?」

 アイドル二人に天ぷら十人前。どう考えてもフードファイトだ。


 「こういうのは誠意が大事。あとインパクトね。残してくれても構わないから」


 「……了解です!!」

 勢いよく返事をして、俺はてんこ盛りの湯葉天とウーロンハイを慎重に持ち上げた。


 「すみません。お待たせしました。先ほどは大変失礼いたしました。こちら、店長からのサービスです」


 どーーん、と音を立ててテーブルに置かれた湯葉天の山。


 「ちょ……多っ! サービス精神えぐっ!」

 真宙くんが笑いながら肩を揺らす。


 「すごいね、この量!!」

 湊くんの顔がぱっと輝いた。


 「なんか返って悪いなあ。でも嬉しい! ありがとうって店長さんに伝えて」

 

 「ハ、ハイっ……!」

 思わず背筋を伸ばして返事をする。

 ペコリと会釈した拍子に、胸の奥がきゅっと熱くなった。


 (ああ……まただ。アイドルスマイル、強すぎる……)


 「ねー、真宙、写メ撮るよ」

 湊くんが携帯を取り出す。

 折りたたみ式のケータイが、パチッと軽い音を立てた。


 「お、いいね。じゃあ……こう?」

 真宙くんがてんこ盛りの湯葉天を片手で持ち上げ、

 もう片方の手でピースを作る。

 「重っ!」なんて言いながらも、瞬時に切り替わる完璧な笑顔。

 その仕草一つひとつが、まるで雑誌の撮影みたいで——思わず息をのんだ。


 「よかったら、お撮りしますよ」

 気づけば自然と口が動いていた。


 「え、いいの?」

 「じゃ、頼んでいい?」


 「もちろんです」

 俺は手を受け取り、構えた。

 レンズ越しのふたりは、もう光そのものだった。

 ……いや、実際のカメラは当時のガラケー。

 画質は粗いし、照明も店の蛍光灯だけ。

 それなのに——画面の中のふたりは、何よりも輝いて見えた。


 「いきます——はい、チーズ!」


 カシャリとシャッター音が響く。

 ぼんやりしたピクセルの向こうで、ふたりの笑顔だけがやけに鮮明で。

 またしてもアイドルオーラで焼かれる俺だった。

 携帯を返すと、ふたりが並んで画面を覗き込む。


 「お、いいじゃんこれ」

 真宙くんが満足げにうなずく。

 「会報に載せる?」

 「それいいね。ファン喜びそう」

 湊くんが穏やかに笑った。


 (ま、待って!? そんな全国規模の宣伝になったら、この店……また聖地化するやつじゃん!!)


 内心ひや汗をかきながら、なんとか声を整える。

 「あ、湯葉天、多すぎますよね。もちろん残してもらっても構いませんので」


 「真宙、食べれそ?」

 「おう。お腹すいてたから食べれるかも」

 真宙くんが箸を伸ばして、豪快にひと口。

 「……うまっ!」と目を丸くし、そのままもぐもぐと幸せそうに噛みしめる。

 「ふふっ、じゃ、僕も」

 湊くんも湯葉天をひと口。ふわっと笑って、頬にほんのり色が差す。


 (なにこの人たち……普通に食べてるだけなのに、なんでこんな絵になるんだ)


 「じゃあ、ごゆっくり」

 トレイを胸に戻ろうとした、そのとき。


 「ありがとね、"奏"くん」

 湊くんがふと顔を上げ、柔らかい笑みを向けてきた。


 その隣では、真宙くんがもう頬張りながら言う。

 「やっぱウマーー!! 店長にもよろしくな!」


 (……やばい、これ、好きにならないほうが無理だろ)


 飲み物や天ぷらをかけそうになったのに。

 ただのバイトの俺にまで、こんなに自然に優しくしてくれるなんて——。


 胸の奥がじんわり熱くなる。

 俺は深く一礼して、厨房へ戻った。



 気づけば俺は、完全にアイドル《DUEL》のファンになっていた。


 ……この出会いが、俺の人生を大きく変えることになるなんて、

 このときの俺はまだ知らなかった。

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