Track.19
(……ってことは、じゃあ研究生の収入はどうなるんだ?)
思わず口をついて出た。
「け、研究生の給料ってどれくらいなんですか?」
美央さんは少しも迷わず答える。
「そうね……給料は歩合制なの。基本的に事務所として収益のある事業じゃないとお金は出ないわ。
コンサートや舞台なら——1日5,000円からね。知名度が上がれば出演料も上がっていく」
俺はごくりと唾を飲んだ。
「そ、それじゃあ……雑誌とかテレビは……?」
「ノーギャラよ。雑誌は顔を売るため。テレビも主演クラスのドラマでもなければ、ほとんど出ない。
バラエティなんて、むしろ出してもらっている立場ね」
頭の中で電卓を叩く。ゼロ、ゼロ、ゼロ……。
「じ、じゃあ……コンサートや舞台に呼ばれるまでは……」
「——ノーギャラ」
がーん、と打ちのめされる俺。夢の世界に飛び込んだはずなのに、財布事情はますます厳しくなるばかりだ。
そして、美央さんが淡々とトドメを刺す。
「それで——。もうひとつ大事なこと。うちに所属したらアルバイトは禁止よ」
「な、なんだってーーーー!!?」
ガタッと立ち上がってしまった。
耳を疑い、目の前が真っ暗になる。
「……座って」
「ア、ハイ」
ショックが大きすぎて、もはやオートモードで腰を落とす俺。
「チナミニ……ロジョウライブ…トカハ?」
「禁止ね」
「……デスヨネー」
(これでバイト禁止!? 路上も禁止!? 俺、どうやって生きれば……)
机に突っ伏さんばかりに打ちのめされる俺を見て、美央さんが静かに問いかけてきた。
「一ノ瀬くん、一人暮らし……?」
「ハイ。大学の近くに」
「なるほどね。それは困るわよね」
美央さんは少し考えてから、事情を教えてくれる。
「以前は地方組のために寮があったんだけど、ファンの子にバレて騒ぎになってしまってね。今は廃止されているの」
「え……」
「今では、ほとんどの研究生は都心近郊の親御さんや親戚の家から通っているわ。中には親御さんと地方から都内に越してきた子もいるのよ」
(そんな……! 地元の北斗町から都心まで三時間はかかるぞ!?
第一、大学が始まったらどうすんだ! 一人暮らしは必須じゃないか! でもバイト禁止でどうやって……)
再び「チーーン」と魂が抜ける俺。
見かねた美央さんが、優しく言う。
「……一度、親御さんと相談してみる?」
「ハイ……」
「じゃあ、これ。契約書類ね。一度目を通しておいて。決心がついたら、また連絡ちょうだい?」
「ハイ……」
そのとき、美央さんがふっと笑みを浮かべて言った。
「いつでも待ってるから」
「…………クッ!!」
——やばい。今、何かが撃ち抜かれた。
ドクドクと心臓が跳ね、鼻の奥がツンと熱くなる。
慌てて顔をそむけ、片手で鼻を押さえた。
「一ノ瀬くん? 本当に大丈夫?」
「ア、だいじょうぶ、でふ!」
鼻を押さえたままフガフガ言いつつ、
妙に爽やかな笑顔をつくって頭を下げる。
「ま、またご連絡しまふ! ありがとうございましたっ!」
やたらキビキビとお辞儀をして、勢いよく部屋を飛び出す俺なのであった。
* * * * * *
美央は思わず見送ろうと廊下へ出るが……視界に映ったのは、トイレへ駆け込む奏の背中だった。
(……なんだ。ただトイレを我慢してただけ?)
肩の力が抜け、思わず小さく苦笑してしまう。
実際のところは、鼻血が出ただけなのだったが。
——第一印象は、正直最悪だった。
待合室で寝るなんて非常識だし、起きたと思ったら私の胸を大福とか言って触ろうとしてなかった?
サイテー。
社長が「百年に一度の逸材」なんて持ち上げていたから期待していたけど、そんな片鱗はまったくなし。
……ただの、いや、変態の少年にしか見えなかった。
それなのに。
子供じみたリアクションを取ったかと思えば、妙に大人びた所作もする。
そのアンバランスさが気になって、つい目を追ってしまうのも事実だった。
(……入所してくれるのかな)
ハッと我に返り、慌てて首を振る。
(ダメダメ。私はみんなのマネージャー。誰かに肩入れしちゃいけないんだから!)
……なのに、なんであの変態少年のことばかり考えてるのよ、私。




