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Track.1

「改めまして。……元、“EveLink”、ボーカルの一ノ瀬 奏(いちのせかなで)です」


 2025年、7月6日、日曜日。北斗町・七夕祭のステージ。夕暮れの空に、提灯の灯りがゆれる。


 観客の中には彼を知る者はほとんどいない。

 だが、それでも一曲だけ、奏に託された。


「……この曲は、大切な人を信じられなかった自分への、祈りみたいなものでした。

 それでも、もう一度だけ——信じて、笑ってほしくて。そんな気持ちで、今も歌い続けています」


 EveLinkが解散する前、彼らが“最後に”手がけた曲。

 それが『Tetrabloom』だった。


 北斗町の七夕祭——この日、奏がステージに立てたのは、かつてバンド仲間だった先輩のツテだった。

 七夕祭の実行委員会に関わることになった先輩が、「歌えるヤツがいる」と奏を推薦したのだ。


 目立たないシークレット枠ではあったが、祭りのフィナーレ前。

 花火とともに披露されたその歌声に、観客の誰かの胸が、ほんの少しでも揺れたかもしれない。


 * * * * * *


 一ノ瀬 奏の人生は、順風満帆に見えて、じつは“惜しい”の連続だった。


 高校時代——端正なルックスと抜群の歌唱力を武器に、学園祭ではダンサーを従えてライブを開催。

 ファンクラブまでできた。


 女子からも声がかかる。……が、ことごとくフラれる。


 理由は「なんか、イメージと違う」——。


 最大の理由は、壊滅的な運動音痴である事だった。


 カッコつけて喋ろうとすれば盛大に噛み、真剣なときほど空回る“残念イケメン”。

 運動音痴ぶりは筋金入りで、女子を蜂から守ろうとして派手に転倒したこともある。

 挙句の果てに、走り方がキモいと陰で言われ、大学では文系なのに体育が必修と知り、泣いた。


 必死で先輩から「楽単」の情報を集め、講義とレポートで逃げ切ろうとした。

 だがそこでも女子にフラれた。


 「カッコつけすぎてリアクションが変」「気を遣ってくれるけど距離感がズレてる」と言われ——自信喪失。


 だからこそ、作詞作曲に打ち込んだ。

 自分の“言葉”なら、誰にもバカにされない気がしたから。


 初めての路上ライブ。誰も足を止めない。泣いた。

「まだ世の中が俺に追いついてないだけだろ……」と自分を慰めた。


 就職。適当な企業。平凡な日々。


 30歳を過ぎた頃、地元の先輩からの一本の電話。

「お前、歌うまかったよな?」


 ——それが、EveLinkの始まりだった。


 趣味でやっていたバンドのボーカルに欠員が出た。

 奏が加入し、やがて本格的に結成される。


 奏はボーカルに徹し、作詞作曲は最低限。

 先輩たちが楽器も喋りも上手く、奏は基本的に“顔と歌”担当だった。


 意外と人気が出た。インディーズデビューも決まった。

「いけるかも」と、会社を辞めた。


 アルバム2枚リリース。

 ——売れなかった。


 手応えのあった自作曲『Tetrabloom』も、話題にならず。


 そして、結成から10年。

 EveLinkは、静かに解散した。


 奏、42歳。肩書きなし。フリーター。


 それでも、歌だけはやめられなかった。

 細々と。細々と。


 ——あの日の七夕祭、

 ひとつのステージが、すべての“始まり”だったのかもしれない。



 

 ——そして、令和7年7月7日。


 街では「777の奇跡」なんて騒がれていた。

 でも、奏にとっては、ただのいつもの日。


 その日、たまたま立ち寄った駅前の公園で、子どもたちがドッジボールをしていた。


 そのボールが勢いよく転がってきたのを見て、咄嗟に拾おうと前に出た。


 「少年よ、キャッチは任せろ……!」


 カッコつけて片手でキャッチしようとしたその瞬間——

 


 スカッ。


 

 ボールは指先をかすめて転がり、身体はそのまま前方へ、盛大にすっ転んだ。


 顔面から地面に激突し、後頭部までズザザッとすべりながら回転。


 その転倒したタイミングで、背後から——


「ブアアアアアアアン!!」


 けたたましいクラクション。

 そして、ブレーキ音。


(あ……やば)


 避けきれず、横転しかけた姿勢のまま、車の進路に滑り込む形に。


 ——壊滅的な運動音痴は、最後の最後まで足を引っ張った。


 死の際、意識が遠のく中で、

 ぽつりと浮かんだのは、くだらない願いだった。


(……なんて空回りな人生だったんだ、俺)

(女子にモテたい。それだけだったのに……)

(ああ、そうだな……生まれ変わったら……)


 ——「アイドルになりたい」


 その想いが、奇跡を呼んだのかもしれない。


 次に目覚めたとき、

 奏は——大学生の自分に戻っていた。

 

 2002年。

 着信メロディを自作して、ポケベルの余韻がまだ残っていた頃。

 世界は、今ほど“速くはなかった”。

 

 あの日、まだ夢を信じていた頃。


 物語は、そこから再び始まる。



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