Track.16
ルクスプロダクション。
都心の一等地に本社を構える、日本最大級の男性芸能事務所である。
所属するのはアイドル、俳優、モデルばかり。社員数は五千を超え、トップタレントの多くがこの事務所から輩出されてきた。
その規模と影響力から「日本の男性芸能界の頂点」と称され、まさに、日本の男性芸能界を支配する巨大帝国だった。
その巨大事務所の頂点に君臨するのが、鳳来カレンである。
六十歳を迎えてなお衰えを知らず、背筋をぴんと伸ばした姿は女帝そのもの。
真紅、瑠璃、黄緑——日ごとに替わる鮮やかなスーツを、当然のように着こなし、ダイヤの指輪を煌めかせる。
ただそこに立つだけで、周囲の空気を支配してしまう圧倒的な存在感があった。
だが——この帝国を築き上げたのは、ただの経営手腕だけではない。
女帝・鳳来カレンの、常識を超えた“人を見る目”があった。
彼女には、誰にも言えない特技がある。オーラが見えるのだ。
色も、大きさも、十人十色。だが、ときに人を惹きつける鮮烈な光に出会うことがある。
そんな時は迷わず声をかける。
そして彼らは例外なくスターになった。
かつて車窓越しに目を奪われ、思わず飛び降りてスカウトした少年も、今では事務所の顔としてドラマにバラエティに引っ張りだこである。
——日曜の午後。
カレンは「普通のおばあちゃん」の顔で路上ライブを眺め、人間観察を楽しむのが密かな趣味だった。
そこで出会ったのが、一ノ瀬 奏。
慣れない機材に悪戦苦闘し、いかにも素人然とした青年。だが歌い出した瞬間、その場の空気が一変した。
——青のオーラが、ふわりと花開いた。
確かな歌唱力と表現力。拙いギターに引きずられる部分はあったが、それでも人を惹きつける華があった。
機材の扱いに手間取り、直前まで頼りなげに見えた青年。
だが、歌い出した途端、何度も場数を踏んできたかのような堂々たる場慣れ感を漂わせ、
観客を自然に巻き込むコール&レスポンスまで繰り出す。その落差が、かえって強烈な印象を残した。
「一ノ瀬奏です!! 歌うことが好きで……これまでずっと頑張ってきました。だから、ここで歌わせてください!」
真っすぐな言葉とともに、彼はまたこの場所に立つだろうとカレンは確信した。
そして——運命の偶然に、背筋が震えることになる。
数日後、ルクスプロダクションの応募書類に、その名前を見つけたのだ。
「……おや。この子は」
履歴書に並んでいたライブ歴は、高校の学園祭のみ。たった一度の経験で、あの完成度?
天性の才としか言いようがない。
さらに二度目のライブでは、ギターを外し、歌一本で勝負していた。
声の伸びは一回目とは比べものにならず、観客を一気に巻き込むパフォーマンスもプロ顔負け。
その歌声には、人を惹きつける確かな魅力があった。
ルックスも申し分ない。
そしてラストに選んだのは、うちの子の新曲。
まだ出たばかりの楽曲を、自分の持ち歌のように歌いこなすその胆力に、思わず鳥肌が立った。
——あの瞬間、青のオーラがひときわ強く輝いた。
同時に、その奥底から小さな黄色の光が浮かび上がる。
まるで二つの異なる輝きがひとりの人間に宿り、重なり合ったかのようだった。
青と黄が溶け合った瞬間、これまで見たことのない閃光となり、会場全体を照らし出した。
鳳来カレンにとって——ひとりの人間から二重の光が放たれるのを見たのは、これが初めてだった。
その異様な光景に、女帝の背筋がぶるりと震えた。
十数年、いや百年に一度現れる逸材なのではないか。
本気で彼が欲しい——鳳来カレンは、そう思っていた。
ゆっくりと歩み寄り、差し出したのは一枚の名刺。
鳳来カレンの名を冠したその紙切れが、未来を決定づける切符になるだろう。
「一ノ瀬奏くん? 君、うちの事務所に来ない?」
その言葉は、女帝の確信とともに、夏の広場に落ちた。




