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Track.15

(……最高だ。本当に、最高だ!!)


 全身が熱で満たされて、足の先まで痺れるようだ。

 歓声の渦の真ん中に立っている——その事実だけで胸がいっぱいになる。

 もっとこの余韻に浸っていたい。いつまでもここに立っていたい。


 けれど、音楽は止まらない。

 次の曲を選ぶのは自分だ。


 熱狂のまま突っ走るのもいい。けれど——ここで一度、空気を変える。


 「ありがとうございます! 次は少し、静かな曲を」


 再生ボタンを押すと、切なげなピアノのイントロが流れ出した。

 さっきまで拳を振り上げていた観客が、息を呑むように静まり返る。

 女性たちの視線がより前へと集まり、広場の空気がしっとりとした色に変わっていった。


 その静けさの中で声を放つ。

 ——夕暮れの光が差し込み、音と重なるように広場を染めていく。

 西日に照らされた歌声は、熱気とは違う熱を帯び、聴く人の胸をやさしく震わせていた。


 最前列にいた女子のひとりが、そっと目元を拭う。

 隣の友人も口元を押さえながら、潤んだ瞳でこちらを見つめていた。

 カップルは互いに寄り添い、肩を重ねながらじっと聴き入っている。

 そして視界の端。ベンチに座るおばあちゃんが、静かに頷きながら目を細めていた。


 曲が終わると、広場は一瞬の静寂に包まれ——やがて大きな拍手が波のように押し寄せた。


(……よし。ここだ。ラスト、いくぞ)


「ありがとうございます! 最後に——この夏をもっと熱くする曲を!

 みなさんも一緒に歌ってください! 『NICE SUMMER』!」


 再生ボタンを押す。

 軽快でキャッチーなイントロが広場に弾けた。


 この曲を歌うのは、ルクスプロダクションのアイドルグループ・DUEL(デュエル)

 歌唱力を武器にした二人組で、バラードを歌えば聴く者の胸を震わせ、

 アップテンポを歌えばステージ全体を華やかに染める。

 しなやかで品のあるダンス、どこか天然めいた掛け合い。

 天城 湊(あまぎ みなと)東雲 真宙(しののめ まひろ)——絶妙なコンビ感で人気を集めるユニットだ。

 

 彼らの最新曲『NICE SUMMER』は、のちに夏を象徴するヒットナンバーとして語られることになる。

 いま、そのメロディが駅前広場に響き渡り、観客の心をつかんでいた。


 サビ直前、俺はマイクを観客に突き出した。

 

 「Nice!」

  最初に反応したのは、DUELファンらしき女子たち。

  彼女たちはいつのまにか最前列に陣取っていた。

  鋭い声が返り、輪の前列が一気に熱を帯びる。


 「手を伸ばせば!」

 俺が全力で歌う。

 

 そして再びマイクを観客に向ける。

 「Nice!」

 今度は若者グループや女子たちも一斉に叫び、声が広場に響き渡る。

 DUELファンの女子たちがコンサートと同じノリで拳を突き上げ、「Nice!」に合わせてコールや振り付けを入れる。

 その動きに周囲が釣られるように、拳を上げて声を張り上げた。

 

 その熱を受けて俺が叫ぶ。

 「夢はそこに!」


  そしてもう一度。

 「Nice!」

  ——今度は広場全体から声が返ってきた。

  最初は反応してなかった人までが、自然と声を重ねている。

 (……やばい。みんな、歌ってくれてる……!)


 そして、ラストフレーズ。

 俺は拳を突き上げ、全力で叫んだ。


「ここから始まる——!」


 マイクを観客に向ける。


「Brand new days!!!」


 轟音のような声が広場に響き渡った。

 最前列のDUELファン、若者グループ、カップルも——

 誰もが声を張り上げ、広場全体がひとつのステージになっていた。


 拳が揺れ、手拍子が重なり、歌声の波が俺を包み込む。

 鳥肌が立ち、涙腺が熱くなる。

 

 これはEveLink時代にも味わえなかった光景。

 たったひとりで、こんなにも広場を揺らしている。

 強くてニューゲームのこの夏で、俺は初めてその中心に立っていた。


(……やばい。これが……俺のBrand new daysだ!!)


 曲が終わった瞬間、広場は大歓声に包まれた。

 熱気と拍手の渦の中で、俺はマイクを握りしめ、叫ぶ。


「みんな、今日はありがとう!! 一ノ瀬奏でしたーーッ!!」


 その言葉に応えるように、わああああああ!!と拍手と歓声が爆発する。

 指笛が響き、笑顔が揺れ、夏の駅前広場はまるでフェス会場のようになっていた。


「良かったぞー!!」と声を張り上げるおじさん。

「NICE SUMMERマジサイコー!……お兄さんヤバい!」と叫ぶDUELファンの女子たち。

「フライヤーありますか?」と聞いてくる若者。

 中には「お兄さん、プロの方ですか?」と真顔で尋ねてくる人までいた。


 財布を取り出し、投げ銭を差し出そうとする人もいる。

 俺は慌てて手を振り、深々と頭を下げた。

 ——これは受け取れない。今はただ、感謝を伝えるしかない。


 胸の奥が熱くて、もう言葉にならなかった。

 ただ、全身でこの瞬間を焼き付けるしかなかった。


 ——そのとき。

 最初からずっとベンチに座っていた“おばあちゃん”が、ゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。

 落ち着いた装いに後ろで束ねた髪。人混みの中でも、不思議と視線を集めてしまうような気配をまとっていた。


 差し出された手に、思わず俺は頭を下げた。

「すみません。今日は……金銭はNGで……」


 ふっと笑みを浮かべて、おばあちゃんは首を振る。

「ふふ。今回はお金じゃないんだよ」


 その手に握られていたのは、一枚の名刺だった。

 そこに刻まれていた文字を見た瞬間、息が止まる。


 ——ルクスプロダクション代表取締役社長 鳳来カレン。


「一ノ瀬奏くん? 君、うちの事務所に来ない?」


 その言葉が、夏の駅前広場に静かに落ちた。

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