Track.14
昼過ぎ、セントリバー駅前広場に着いた。
今日は気合を入れて早めに来たつもりだったが——もう前の順番のバンドが演奏していた。
観客の熱気がすでに渦を巻き、拍手や歓声が絶え間なく飛ぶ。
その声に応えるように、ギターとハーモニカ、そこに透き通るような歌声が駅前いっぱいに響き渡っていた。
……耳に入った瞬間、心臓が跳ねた。
(やば……“青空スケッチ”。
今じゃ国民的グループだけど、この頃はまだ路上で歌ってたんだ。
しかも、ここセントリバー出身だったなんて……!)
耳馴染みのあるフレーズ。自然と口ずさみたくなるメロディに、観客は40人近く集まっていた。
ただ立っているだけで、手拍子のリズムが腹に響いてくる。
「ブラボー!」
「やばい、鳥肌……!」
女子たちは肩を寄せ合って笑顔を見せ、男たちは腕を組んで頷いている。
通りすがりの子どもまでもが、親の手を引っ張って一緒に前へ進み、無邪気に手を叩いていた。
手拍子、歓声、口ずさむ声。
広場がひとつのステージになり、熱気が立ち上る。
俺は完全に気圧されていた。
曲が終わると、大きな拍手とともに投げ銭が次々と箱に放り込まれていく。
メンバーは深々と頭を下げ、笑顔でフライヤーを配り始めた。
「今度の土曜もここでやります!」
「ぜひ遊びにきてください!」
そんな声が飛び交い、観客はしばらくその場から離れようとしない。
(……やばい、あんな伝説みたいな盛り上がりの後に俺……?)
青空スケッチのメンバーがフライヤーを配り、観客と談笑している様子を、俺は少し離れた場所から見ていた。
盛り上がりの余韻がまだ広場に残っている。
胸の奥がざわつく。次は俺の番だ。
やがて、彼らは手を振りながらステージを後にした。
観客もちらほらと散り始め、ざわめきが落ち着いていく。
予約していた時間が巡ってきた。
意を決してステージへ向かい、セッティングを始める。
鞄からポータブルMDプレイヤーを取り出し、小型アンプにコードを繋ぐ。
さらにマイクをスタンドに立て、ケーブルを挿す。
カチリとスイッチを入れると、赤いランプが点灯した。
(……よし。準備は整った)
そうは思っても、指先はまだ小刻みに震えていた。
最初の一音を歌うまでが、こんなにも長い時間に感じられるなんて。
少し震えた手でマイクを握る。
まずは、深呼吸ひとつ。
「こんにちは。一ノ瀬 奏です」
ざわついていた広場が、ほんの少しだけ静まる。
視線がこちらに集まった気がして、心臓が跳ねた。
「先週から、この場所で歌わせてもらっています。
今日は、誰もが耳にしたことのあるカバー曲を——5曲、歌わせてください」
マイクを持つ手はまだわずかに震えていた。
けれど、言葉を口にすることで、不思議と少し落ち着く。
「一曲目……『チョウノマイ』」
ポータブルMDプレイヤーの再生ボタンに指をかける。
……手が汗ばんで、小刻みに震えていた。
深呼吸ひとつ。
カチ、とボタンを押す。
誰もが耳にしたことのあるナンバー。
イントロが広場に広がり、マイクを握りしめて声を放つ。
——震えは嘘みたいに消えていた。
さっき散っていった数人が足を止め、振り返る。
顔を見合わせ、驚いたように口を開いた。
「待って……今日レベル高くね!?」
広場に戻ってきた彼らが、再び輪の中へ加わる。
足を止める人もちらほら出始め、最初はまばらだった観客が、少しずつ増えていった。
曲を歌い切ったとき、視界の端にはベンチに腰掛けるおばあちゃんの姿があった。
穏やかな表情でこちらを見つめている。
気づけば、俺の歌声に耳を傾けているのは——十数人ほどになっていた。
最後のフレーズを歌い切り、音源がふっとフェードアウトする。
一瞬の静寂のあと、ぱちぱちと小さな拍手が起こった。
それは控えめだけど、確かに俺の胸に届く。
(……ちゃんと聴いてもらえた。届いたんだ)
胸の奥がじんわり熱くなる。
前回も感じた“声が誰かに届く”喜びが、またここにある。
「ありがとうございます!
それじゃあ次は、夏にぴったりの曲を」
再生ボタンを押すと、爽やかなイントロが広場を駆け抜けた。
軽快なリズムに合わせて、手拍子を始める人が出てくる。
笑い合うカップル、肩を組んで揺れる若者グループ。
輪がじわじわと広がり、気づけば二十人近くが俺の歌に耳を傾けていた。
最後のフレーズを歌い切ると、広場に拍手が広がった。
西日が差し込み、照らされた笑顔がどこまでも眩しい。
(……よしっ! 場が温まってきたぞ!)
「ありがとうございます! 次は——気合い入れていきます!」
再生ボタンを押す。
イントロが広場に響いた瞬間——空気が一変した。
ギターリフに合わせて、誰もが体を揺らしたくなる、あの夏の定番ロックナンバー。
その音に惹かれるように、人が次々と足を止めていく。
学生らしきグループが「うわ、これ知ってる!」と叫びながら駆け寄り、
通りすがりの若い男女も笑顔で輪に加わる。
さらに、買い物袋をぶら下げた女性やカップルまでもが立ち止まり、耳を傾けた。
気づけば観客は三十人を超え、曲が進むごとにさらに膨れ上がっていく。
サビに差しかかる頃には、広場に集まった人々は四十人近くになっていた。
サビに差しかかり、俺はマイクを握りしめ、声を限界まで突き上げた。
全身の力を振り絞って——最後の一節を熱唱する。
そして——ラスト。
「ハイッ!!」
一斉に拳が突き上がり、広場全体が揺れた。
若い女性グループも、男性グループも、おじさんも、カップルも。
その場にいた全員の熱量が、ひとつのコールとなって炸裂する。
突き抜ける一体感。
声と拳が同時に空へ放たれ、広場全体が震える。
誰もが自然に声を合わせずにはいられない。
この曲を象徴する“あの掛け声”。
2025年の今でも、仕掛けてみた動画やカラオケで盛り上がる鉄板ネタだ。
時代を飛び越えても、誰もが思わず叫んでしまう魔法の合いの手。
ラストの一音が弾け、指先から余韻が広がっていく。
下を向き、肩で大きく息を吸った。
胸の鼓動が暴れて、喉が焼けつくように熱い。
——そして、どうしても抑えきれなかった。
「みんな……サイッコーー……!!!」
絞り出すような声が、マイクを通して広場に響いた。
おおおおおおおお!!!!
歓声と拍手が爆発し、広場全体が揺れる。
その中で、指笛の音がピーッ、ピーッと響いた。
熱狂がうねりとなって広場を包み込む。
老若男女が一緒になって声を張り上げる光景は、もはや路上ライブの枠を越えていた。
(……最高だ。本当に、最高だ!!)




