Track.12
翌日。
ヤマジのリクエストに応えるべく、記憶を掘り起こす。
……そういえば、どこで着メロ配ってたんだっけ?
ポエムは魔法のeらんどに投稿してたのは覚えてる。
でも「キリ番ゲットで着メロプレゼント!」とかやってたのは……ジオシティーズの個人サイトの方だったか?
PCのデスクトップに、それらしいショートカットを発見。
恐る恐るクリックしてみた先に開いたのは——自分のHP。
……そして俺は、絶句した。
黒背景。
やたら長いタイトルに“†”とか“††”がついてる中二病全開のページ。
画面の上には、ピカピカと点滅しながら右から左にスクロールする文字。
《† Welcome to my Dark † 闇に咲く孤高の詩人、漆黒の堕天使KANADEの世界へ……†》
さらに下へスクロールすると、アクセスカウンターが誇らしげに光っていた。
《† ここを訪れし 362人目の彷徨える魂たちよ †》
そしてその下には、懐かしの一文が目に飛び込んでくる。
《† キリ番を踏みし者、我に報告せよ †
魂の旋律を授けよう……☆》
…………。
目がチカチカする。
黒背景に赤や紫の点滅文字、キラキラGIFの雪が降りしきり、さらにはカーソルにまでエフェクトがついてキラキラ尾を引いている。
視界がノイズまみれだ。
「……これは電脳空間の暴力すぎるwww」
思わず声に出して笑ってしまい、自分でツボにハマる。
当時は本気で“カッコいい”と思ってたんだから、我ながら救いようがない。
当時は「キリ番文化」なんてものがあった。
アクセスカウンターのゾロ目や切りのいい数字を踏んだ人が、掲示板に書き込んで報告するのが暗黙のルール。
俺の場合は「リクエストをしてもらえれば着メロを作ってプレゼントする」という企画を勝手にやっていた。
——着メロ。
今の若い世代はもう知らないだろう。
ガラケーの着信音を、自分で8和音や16和音に打ち込んで自作する文化があったのだ。
最初は流行りのJ-POP、ドラマ主題歌。
やがてアニメやゲーム音楽、果てはオリジナル曲まで……。
ネットの住人は、そうやって“自作の旋律”を交換し合っていた。
思わず苦笑する。
(……俺も、例外じゃなかったんだよな)
苦笑しつつ、リンクから「BBS(掲示板)」を開く。
……たぶん、この「彷徨える魂たちの集い」ってやつ、だよな?
「キリ番を踏みし者、我に報告せよ」と高らかに宣言しておきながら、
どれがBBSの入り口なのかすぐには判別できない。
その矛盾に思わず笑いがこみ上げる。
……そしてBBSを開いて絶句した。
《♡彼氏募集中♡写メ交換しよ〜》
《人妻だけど寂しい夜に…★》
《即会い希望☆今スグ連絡待ってます》
「……は?」
目の前に広がるのは、怪しい出会い系の書き込みの山。
俺の“彷徨える魂たちの集い掲示板”が、なぜかアングラな広告で埋め尽くされていた。
眺めていて、ようやく思い出す。
(……ああ、そういや放置すると、すぐこういうのが湧いたんだった……)
半分げんなりしながらスクロールしていくと、それらに混じって見覚えのある書き込みが目に入った。
《333ゲット! キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!
リクはおじゃる魔女のあいタソのキャラソン
『恋のマジカル☆ステップ』キボンヌwww
16和音で神アレンジよろw m9(^Д^)プギャー
by 山オヤヂ》
……絶対、アイツだww
(ああ、そういやHN山オヤヂだったな……w)
懐かしさと恥ずかしさが一気に押し寄せて、思わず吹き出し、涙がにじんだ。
「仕方ねぇ、リクに応えてやるか……」
……待て。
俺、この曲どうやって手に入れるんだ?
今ならYouTubeなどの動画配信サービスでサクッと聴く手段はある。
でも2002年は違った。YouTubeやニコ動なんて存在しないし、サブスクなんてほぼ皆無。
怪しいファイル共有ソフトで自己責任で探す方法もあった気がするが……素人が手を出すもんじゃなかったはず。
じゃあCD購入? でも給料日前でそんな余裕ない。
レンタルCDとかあったように思うが、キャラソンとか置いてたっけ?
頭を抱えた、そのとき。
(……あ)
思い出した。
確かヤマジから「これ神曲だからw」ってMDごと押し付けられたアニソン詰め合わせがあったはずだ。
部屋の片隅、埃をかぶったケースの中を探る。
——出てきた。
走り書きで「萌え☆神セレクション」とか書かれたラベルのMD。
MDプレイヤーで再生してみると、その中に確かに——おじゃる魔女関連のキャラソンが混ざっていた。
そしてMDプレイヤーを何度も巻き戻しながら、譜面用のノートに必死で音を拾っていく。
まずはメロディ、次にベース、コード……。
16和音に収めるために、どの音を削り、どこを重ねるか頭を悩ませながら書き込んだ。
(……よし、譜面はできた。あとは入力だ)
ん?どうやって打ち込むんだったっけ?
当時は何も考えずにやってたけど、今となっては手順がすっぽ抜けている。
慌ててネットで検索したり、昔の「着メロ打ち込み入門」みたいな本をめくったりして、ようやく思い出す。
(そうそう、数字キーで音階を入力して、和音は重ねて……って、気が遠くなる作業だなオイ!)
PCでも専用ソフトがあったけど、俺は携帯の小さな画面でポチポチ入力していくのが基本だった。
一音一音、慎重に重ねていくこの作業……今やれば悟りでも開けそうだ。
気づけば朝方。
時計の針はとっくに日付を越えていた。
最後の音符を入力し、再生ボタンを押す。
16和音で再現された『恋のマジカル☆ステップ』が、チープな電子音で流れ出す。
その瞬間、全身の力が抜けた。
「……できた……」
達成感と共に、その場に崩れ落ちる。
まるで友のために燃え尽きた戦士のように。
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<奏の2000年代回顧録>
※この回顧録は、何を隠そう俺のうろ覚えで構成されている。事実と異なる可能性? あるに決まってるだろ!(笑)※
■魔法のeらんど(※通称)
正式名『魔法のiら●ど』。
当時のケータイ小説文化を牽引した無料サイトで、ポエムや小説を投稿して公開できた。
いわゆる“深夜テンションの黒歴史ポエム”が量産され、俺も例外ではなかった。
掲示板や足あと機能もあり、誰かが読んでくれてる気配だけでテンション爆上がり。
■ジオシティーズの個人HP
HTMLタグを手打ちして作る無料ホームページサービス。
「<marquee>」で文字を流したり、アクセスカウンターや掲示板を貼り付けたり。
初めてカウンターが動いたときは、本当に誰かが来たんだと歓喜した。
■MDとMDプレイヤー
「MD(MiniDisc)」は、今でいう音楽プレーヤーの“前世代”。
カセットテープより薄く、ディスクにデジタル録音できるのが画期的だった。
録音は、スピーカー一体型 MDコンポ を使うのが定番。
レンタルショップで借りてきたCDをまとめてMDにダビングしていた。
そして外に持ち歩くのは ポータブルMDプレイヤー。
ポケットサイズの小さな本体にMDをカチッと差し込むと、スライド式のフタが閉まるあの感触——。
イヤホンから流れる音と一緒に、通学やバイト帰りの時間を過ごしていた。
お気に入りの曲をまとめて編集した“俺ベスト”を作ったり、
「このCDダビングして!」と友達に頼まれて、MDに録音して渡したり。
あの頃の青春は、間違いなくMDと一緒にあった。




