Track.0
——東京ドーム。満員御礼、5万人の観客の熱気が、ひとつに溶け合う。
ペンライトの光が、静かに揺れる。
熱気で霞む視界のなか、いくつもの声が重なっていた。
「アライヴ!」「アライヴ!!」「アライヴ!!!」
ALIVEコールが、会場を包み込む。
会場には、俺たちの楽曲をアレンジしたBGMが流れている。
それは、まるでこれから始まる“物語”を告げる、静かな序章だった。
そして——開演予定の18時を、ほんの少しだけ過ぎた頃。
その音が、ぴたりと止まった。
観客の声も止まった。
5万人の息づかいすら、今は聴こえない。
——張りつめた静寂。
誰かの心臓の鼓動まで届きそうなほど、深くて、重い静けさだった。
その次の瞬間——
スクリーンに、白い文字が浮かび上がる。
「ALIVE 1st LIVE TOUR - Re:birth」
——This is where we began.
静かなSEとともに、5人の姿が次々と映し出される。
A —— 朝倉レン
L —— 立花レオ
I —— 一ノ瀬 奏
V —— ヴァル桐ヶ谷
E —— 江藤 慧
最後、光に照らされた5人の背中が並ぶ。
スクリーン中央に、白いロゴが浮かび上がる。
A・L・I・V・E
「キャアアアアアアアアアアアアア!!!」
会場が爆発した。
イントロが鳴り響き、ドームの空間を切り裂くようにレーザーが走る。
幕が、上がる。
その瞬間——
轟音とともに火柱が噴き上がった。
ステージ前方のフロアから、左右に向かって連鎖するように炎が走る。
ドンッ! ドンッ! ドンッ!!
空気が一気に熱を帯びて、火薬の匂いが鼻をついた。
鼓膜の奥がビリビリと震える。
リハで聴いていた音より、何倍も重く、響く音だった。
(うわ、熱ッ……!)
そのあまりの衝撃に、本能がほんの一瞬、怯えた。
足がすくみかける。
ステージに立ったはずなのに、体が言うことを聞かない——
だが。
その一瞬を超えた先に、
想像を超える光景が、俺を迎えていた。
ペンライトの海。
赤、オレンジ、青、紫、緑——
メンバーカラーの光が、波のように揺れていた。
それを見た瞬間、
全身に駆け巡ったのは——恐怖じゃない。
高揚だった。
胸の奥が燃え上がる。
今、確かに俺はこの場所に“生きている”と叫んでいる気がした。
気づけば、口が動いていた。
「——東京ドーム!! 最後まで、ついてこいよおおおおお!!」
会場が、爆発するような歓声で応えた。
その中で、ステージ上の“あいつ”が、
一瞬だけ、俺と視線を交わす。
——朝倉 レン。
ステップひとつで、空気が変わった。
たった一歩、前に出ただけで、
5万人の視線が、すべてあいつに吸い寄せられていく。
ステージに立つ朝倉 レンは、
天才的な美少年だった。
整いすぎた顔に、華のあるオーラ。
何もしていないのに、ただそこにいるだけで視線を奪う。
ファンが「生きる活力」と言うのも、わかる。
ああ、今日も完璧だ。
あいつは、生まれながらのアイドル。
——国民的アイドルグループ《ALIVE》。
そのデビュー記念の東京ドーム公演は、
後に“伝説の幕開け”と呼ばれることになる。
そして、そのステージの上にいた俺は——
一ノ瀬 奏。42歳。
いや……45歳か? どっちだっけ。
3年前までは、
町内会の七夕祭りでマイクを握ってた、
夢を諦めかけた“元・売れないバンドマン”。
それが今、
アイドルグループの一員として、
東京ドームのセンターに立っているなんて。
——これは、かつて夢を諦めかけた男が、
もう一度、人生のステージに立つまでの話。
そう。国民的アイドル《ALIVE》になるまでの物語だ——。




