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退屈が人を殺す前に

事件がないなら、作ればいい。

生徒会長の口ぐせは「退屈すぎて死にそう」。


暇つぶしのつもりだったけど――退屈に抗う、生徒会の日常ライトミステ……コメディー。

「暇ね。暇ったらないわ。何で事件が起きないのかしら? ねえ、悠斗君。――ちょっと聞いてるの?」


 夕暮れがじんわりと差し込む生徒会室。

 会長は唐突に、まるで天気の話でもするような調子で、そんな物騒なことを言い放った。


「何でって、そりゃあ――でも、何も無い方が我々としてもありがたいじゃないですか」


 悠斗は手元の書類に目を落としたまま、淡々と答える。


「ありがたいわけないじゃない。見なさいよ、この静けさ。退屈にも程があるわ。しかも私という名探偵がここにいるっていうのに、全然依頼が来ないなんて、どういう了見なのかしら? ああ、もう、世も末ね!」


 机に頬杖をついた会長は、芝居がかったため息をつく。

 それはもはや、日課のようなものだった。

 ココは生徒会室で、彼女は生徒会長だから、別に探偵事務所でもなんでもない。

 無論名探偵でも有るわけ無い。

 そもそも、名探偵って自分で名乗るものなのだろうか。

 悠斗はそう思いながら、そっと視線を上げた。


「世も末って……よしんばここが探偵事務所だったとしても、事件が頻繁に起こる方が、よほど世も末だと思いますけどね」


 皮肉混じりの僕の言葉に、彼女は小さく鼻を鳴らした。


「あのね、悠斗君、よく聞いて。……暇って、人を殺すのよ?」


 それはカミュかはたまたサルトルか。

 何か意味ありげに言っているが、退屈で死にそうというのはよく伝わってきた。


「成る程――。じゃあ……殺人事件のトリック、とかどうです?」

「何よ、それ?」

「ですから、暇が人を殺すかどうかはさておき、事件がなければ作っちゃえばいいんですよ。あくまでココの世界でって話ですけど」


 僕は、自分の頭を指で軽く叩いた。


「何? 名探偵改め、名犯人って訳?」

「何ですか名犯人って」

「名探偵が事件を次々と解決するならば……う~ん、そう! 名犯人は事件を次々と……未解決にするのよ」


 得意げに言い放つ彼女。


「えーと、他人の事件に口出すって事ですか? ……斬新な犯罪ですね」


 しかも、なんだか主体性がなさそうだけど――

 そう思ったけど、口にはしなかった。

 どちらにしても、彼女の退屈を紛らわせる方法にはなりそうだ。


「そうよ! 例えば、そうね……とある雪山の洋館、人里離れた村の中で……わらべうたを模した連続密室連続殺人が起きた!」


 会長は急に前のめりになり、目を輝かせて言った。


「え? 密室が連続してるんですか? それただの大きな部屋なんじゃないですか?」

「どっちでも良いわよ。そんなの」


 とたんに不機嫌そうな顔になって、ぷいっと横を向く。

 何か気に入らないようだ。


「それに、要素盛りすぎて名犯人さん、残念ながら出番なさそうですけど。……続けてください」

「……誰もその犯行時間に殺人現場に入れるはずがない。しかも、そこにいた全員にアリバイがある」

「置かれた状況意外は案外まともなんですね。続けてください」

「突如現れる名探偵! 次第に追いつめられる犯人! このままでは密室トリックが見破られ、犯人の完璧なアリバイが崩れてしまう!

――そこで颯爽と名犯人が登場するのよ! どう、熱い展開でしょ!?」

「ほほう。――で、どうなるんです?」

「要は、その犯人の密室トリックが見破られなければいいのよ! ……なんと、入れるはずがない密室には……名犯人がいたのよ!」

「そいつが真犯人です」


 きっぱりと僕は言った。間違いない。


「……確たる証拠を掴み、皆を食堂に集める名探偵……今度こそ名犯人の腕の見せどころっ!」

「あ、僕の指摘は無視ですか。続けてください」

「なんと、名犯人は食堂の場所をすり替えたのよ。名探偵が皆を集めようとした場所には誰も行けなかったのよ。名探偵以外はね……。待ちぼうけする名探偵。その間に全員逃亡すればいいのよ」

「名探偵、皆を集めて”はて?”といい、ですか……。何か、身も心も寒そうですね……」


 犯罪が起きたと思ったら今度は雪山に一人取り残された探偵が哀れ。

 いや、滑稽……か?


「でも、この舞台って雪山山荘フォーマットですよね。誰も何処にも逃げられないと思うし、いや、そもそも名犯人さん、何処から来たんですかね」

「……ちょっと、私のワトソンを自認するなら茶化さないでよ」

「辞任、ですか」

「自・認よ!」

「ええ、ですから」

「もういいわっ。何よ――せっかく話に乗ってあげたのに!」


 どうやらまたも彼女の機嫌を損ねてしまったらしい。

 けれど、これも、いつものこと。

 どうにも僕は何というか、物事の仕掛けと言うか、こう、ツメが甘いのだ。

 まあ、それでも――


「――いい暇つぶしにはなったじゃないですか? それにね、事件なんて本当に起きないほうが良いんですよ。名探偵なんて小説の中だけで十分なんですから」


 そう言って、僕は彼女の前にそっと、一冊の本を差し出した。


「……どうです? この推理小説でも読んでいた方が、よっぽど有意義だと思いませんか?」


 彼女は、ちらりとその本に目を落とし、ふっと口元を歪めた。


「――いやよ、その推理小説。だって、表紙イラストに探偵が犯人って書いてあるんだもの」


 とある名探偵最後の物語を。

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