入学
高梨綾香。俺が通ってた中学校で名前を知らない人はいない。可愛いから?頭が良いから?お金持ちだから?全て違う。どれも彼女を構成する要素の一つでしかない。彼女が有名なのは誰よりも優しいからである。誰よりも純粋で清らかで心が優しい。
だから誰もが彼女に惹かれる。男女問わず誰もが好きになる。なのでクラス中の男子全員好きになる。
しかし、どんなイケメンでも告白を受けることはなかった。
「好きな人がいるからごめんね」
これが彼女の断る時の定型文であった。告白を断るたびにその好きな人が誰なのかが注目される。
噂がデカくなっていった結果、大企業のイケメン跡継ぎとの婚約が決まっていると噂が広まった。
そんな誰もが好きな高梨綾香と俺a.k.a一ノ瀬創は幼稚園からの幼馴染であった。綾香はいつも1人だった。令嬢である綾香に対して、誰も近づかなかった。恐らく失礼があったら困ると親から言いつけられている子が多く、誰も話しかけようとはしなかった。そんな綾香の最初の印象は誰にも興味がなさそうなおとなしそうな子。
しかし、親からなんにも言われてなかったバカな俺はそんな綾香に積極的に話しかけていた。理由は簡単。可愛かったからである。綾香に一目惚れした俺はとにかく綾香と仲良くなろうとした。そしてその行動は成功した。今思えば、誰もが近づけない綾香と仲良い自分に酔っていただけである。
小学校に上がる頃には、はーくん、あーちゃんと呼び合う仲になり、いつも一緒にいた。
そしてバカな俺は結婚の約束なんてませたこともした。
「ねー、はーくん」
「なにあーちゃん?」
「わたし、しらないおとこのことけっこんすることがきまってるんだって」
「よくわからないけど、あーちゃんはそれでいいの?」
「いやだ。しってるひとがいいー」
「だったらさ………………おれとけっこんしようぜ」
「いいの?」
「あーちゃんといっしょにいれるのなんておれくらいだしなー」
「はーくん。やくそくだよ。やぶったらはりせんぼんのますだよ」
「こわいよーそれ」
小学校に上がっても俺たちの関係は変わらなかった
毎年一緒のクラスでずっと一緒。その関係に違和感すら持たなかった。
だが、3年生でクラスが分かれたことによって俺は気づくことになる。
「おい、いちのせ。めちゃくちゃかわいい子がお前のことよんでるぞ」
クラスが別れた綾香は毎日俺のところに来ていた。
大人しい綾香はクラスに馴染めていなかった。
しかし、目を引く美少女である綾香が俺と仲良くすることで、嫌なことを言われるようになった。
「いちのせ、お前とはなしてたあの子たかなしさんだろ?」
「そうだけど?」
「なんで、お前みたいなふつうのやつがたかなしさんと
仲いいの?」
「は?どういうことだよ」
「つりあってないよお前」
その頃の俺にとっては衝撃だった。そんなこと考えもしなかったからだ。だが、それからも釣り合ってないやら勘違いするなとか様々な悪口を言われた。男女問わず嫉妬にまみれた陰口を言われた。悪口を言われる度に段々と自分が暗くなっていくのが分かった。人の顔色を伺うようになって毎日が苦しくなった。その頃から綾香と距離を置き始めた。綾香がクラスに来ても隠れて避けた。放課後もさっさと帰って遊ばないようにした。綾香も察するようになって、俺と絡むことは減っていった。綾香と仲良くしないことで、悪口を言われることは減ったし、俺が幼馴染であることも忘れ去られていった。暗くなった俺とは対照的に綾香はどんどん明るくなった。俺以外の人と関わるようになり、友達も増えた。そして6年生になる頃にはすれ違っても目も合わさず、話すことさえ無くなっていた。綾香と距離を置くことで、悪口を言われることは無くなったが、性格は変わってしまった。クラスの隅っこで1日中寝たフリをする毎日。綾香だけではなく、誰とも話さないで1日が終わる。そんな俺に綾香は眩しすぎた。いつもたくさんの人に囲まれて楽しそうに過ごしている。俺は現状を綾香のせいにすることでストレス発散していた。
お前と仲良くしなければ、悪口言われることもなかった
お前さえいなければ、暗くなることなんてなかった
そう思うことで、今の自分を否定したかった。そうやって綾香を憎むことで本当に綾香のことが嫌いになった。
好きだった気持ちなんて消えて、
世界一嫌いな人へと変わっていった。
そうして関わることが無くなっていった小学生時代。
楽しそうな綾香を見るたびにイライラした。
年に数回綾香が話しかけてくることもあったが、全て無視した。一切会話なんてしたくなかった。
いや、一回だけ話した。あれは卒業式の時だ
おぼろげに思い出す。確か綾香泣いてたよな、、、
確か、たしか、こんな会話だったような
「はーく…………いや、はじめ君。久しぶりだね」
「何?なんか用?」
「私のこと覚えてる?」
「……………………」
「いつからか私たち話さなくなったよね?何か私悪い ことしたかな?なんでも直すから言って欲しい。また仲良くしたいの」
「お前に悪いところなんて一つもねぇよ。
けど仲良くする気はない」
「なんで、、なんでなの?…………………………
私さ毎日毎日後悔するんだ。私の何が悪かったんだろうって。遊んでたあの時思い出して毎日泣いて、けど楽しかったとき思い出して毎日元気出してるの。仲良くしてとは言わない。少しでいいからまた 話せるようにくらいはなりたいの」
「俺は………………………………一切関わりたくない。
俺の前から消えてくれ」
「……………………わかった。けど……………………………
最後の思い出に2人で写真撮りたいの。
これで関わるの最後にするからお願い」
「…………………………悪い。写真とかも撮りたくないん だ。もう俺たちは終わってるんだ」
「っ…あ、っ……、ぅあ……」
「そういうわけだから」
これが、関係が変わってからした唯一の会話だ。このままこいつと関係を切れさえすればこの後あんな思いしなかったのにな、、、
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『次自己紹介する子めちゃくちゃ可愛いくない?』
『芸能人みたいな可愛さじゃない?』
クラスメイトの騒ぐ声で起きてしまった。
そうか、今は高校の新しいクラスでのホームルーム中だった。入学式は午前中で午後からクラスで自己紹介とかやるんだったな。
で、芸能人みたいな可愛い子って誰だよ。どれどれ今前に立って自己紹介してる子か?どれどれ?
その瞬間俺は目を奪われた。なぜ、なぜいるんだ。
ここに。いるはずが無いだろ。なぜなんだ。
長くストレートな黒髪。パッチリとした目。透き通った肌。見覚えのある顔だ。あいつだ。
動悸が激しくなる。あいつを見るだけで震える。
やっとやっと解放されたはずなのに。
「名前は高梨綾香です。好きなことは人と話すこと!特技は誰とでも仲良くなれることです!みんなよろしくねー」