07母の面影
その数日後、ジュリアの誕生日はやってきた。
しかし、当の本人はというと、鏡台の前に頬杖をついて不貞腐れていた。
昔からパーティーの類は苦手なのだ。
豪奢なドレスに身を包み、格式張った礼儀作法を守りながら挨拶を交わすだけでも疲れるのに、加えて耳に入るのは興味のない話ばかり。
他国の王子に気に入られようと、女たちは耳元で甘く誘惑の言葉を囁き、貴族たちは不倫や隠し子の話題を楽しげに語らう。
そんな場で時間を過ごすくらいなら、学校の子どもたちと一緒にいるほうがよっぽど自分らしくいられる、とジュリアは思った。
「今日は主役なんですから、仕方ありませんよ」
リリーも少し同情めいた口調で諭す。
「それより、大事なお知らせがあります」
リリーが少し興奮した様子で続けた。
「ロナウド様から、素敵なドレスが届いていますよ。今日のパーティーに出席できないお詫びだそうです」
ジュリアは一瞬驚き、すぐに顔を上げた。
「ルーから?」
ロナウドはセレナ王国の末王子。
セレナ王国は、海を渡った向こう岸にある、女王が治めている国だ。
ジュリアの父の妹がセレナ王国に嫁いでいるので、ロナウドはジュリアとウィリアムのいとこにあたる。
リリーが差し出したドレスは、まるで雪のように真っ白で、裾が長く、後ろに流れるようなデザインが特徴的だった。
百合の花のようなそのドレスは、光を受けて、ほんのりときらめいて見える。
ジュリアはリリーに手伝ってもらいながらそのドレスを着ると、鏡の前に立った瞬間、思わず息を呑んだ。
そこにはいつもと全く違う自分がいた。
「少し大人っぽすぎない?」
不安になってリリーに尋ねると、リリーは大きく首を振った。
「いえ、ジュリア様、むしろお母様に似ていらっしゃいます。肖像画の…」
「本当に?」
ジュリアはもう一度、鏡の中の自分を見つめる。
ジュリアの母は元はベルク領主の娘で、絶世の美女だと名を馳せていたと聞く。
母はジュリアが生まれてすぐ亡くなっており、記憶はない。
肖像画で見るしか、母の面影を追うことはできないが、確かに絵の中の母は、神々しく、とても整った顔立ちをしていた。
ジュリアは、髪の色も目の色も異なる自分と、母とを重ね合わせるように鏡の中の自分をじっと見つめた。
しかし、そんな考えにふけっている時間はないと自分を奮い立たせると、決心して部屋をでた。
ジュリア ー ネフェルタリ王国の王女。この物語の主人公
レオン ー ジュリアの護衛。ネフェルタリ王国最強の男
シリウス ー ジュリアの幼馴染。アルナム卿の孫
ウィリアム ー ネフェルタリ王国の現国王。ジュリアの兄
ロナウド ー セレナ王国の末王子
リリー ー ジュリアの侍女
アルナム卿 ー 宰相。政治の中心地を治めるアルナム領領主
オーベン卿 ー 交易の拠点として栄えるオーベン領の領主
ベルク卿 ー 穀倉地帯を持つベルク領の領主
レガロ卿 ー 土木技術が優れるレガロ領の領主
トネール卿 ー 騎士たちを率いるトネール領の領主