04寡黙な騎士
新しい護衛のレオンと侍女のリリーを引き連れ、ジュリアは自室へと戻った。
部屋に入るなり、ジュリアは振り返り、レオンに声をかけた。
「少しあなたと話がしたいわ。部屋に入って」
レオンは一瞬立ち止まり、微かに眉をひそめた。
若い王女の部屋に入ることへの抵抗を隠せない様子だ。
ジュリアは小さく微笑みながら続ける。
「問題ないわ。あなたは護衛なのだし、私が許可したと言えば済むことよ」
それでもレオンは気後れしているようだった。
「本当に心配なら、無理にとは言わないわ。でも、私の護衛をする以上、こういうことにも慣れてもらわないと」
そう言うと、彼女はレオンを半ば強引に暖炉の横のソファへ促した。
リリーがお茶の準備を始め、レオンを見ては、意味ありげな視線をジュリアに投げかける。
ジュリアはソファーに腰を下ろし、レオンと向き合った。
「さて、レオン殿。どうして私に護衛が必要なのか、いまだに分からないのだけど、これからよろしくね。あなたはトネール領の騎士ね」
「はい。父は上級騎士、ウラン・ベルモンドです」
「お父様も騎士なのね。では、小さい頃から武道を学んできたのかしら?」
「そうです」
レオンは居心地悪そうに、両手を擦った。
年は25あたりだろうか。
その目元には鋭い光があり、彼が確かに武人であることが伝わってくるが、見た目はトネール領の兵士たちにありがちな無骨さはなく、どこか冷静で知的な印象を与える。
リリーが準備を終え、カップをテーブルに並べた。
中には乾燥した花の蕾が入っている。
それにお湯を注ぐと、ゆっくりと花が開き始めた。
「綺麗でしょう?遠い東の国ではこのようにして、お茶を楽しむそうよ」
カップを持ち上げると、お湯に沈んでいた花の蕾がゆっくりと開き、一輪の花が現れた。
ジュリアはカップを手に取り、花の香りを楽しむように鼻を近づけた。
レオンは何も言わず、静かにその様子を見守りながら、お茶を口にした。
「よかったらクッキーもどうぞ。昨日、リリーと一緒に焼いたの」
レオンに目の前の皿をすすめると、勤務中なのでと、それを静かに断った。
ジュリアは笑顔で頷き、無理に勧めることはなかった。
リリーは少し残念そうな表情をしながらも、ここぞとばかりに、レオンに話しかける。
「レオン様は何がお好きですか?ジュリア様と私は食事からお菓子までいろいろ作るんですよ。もしお好きなものがあれば、次お会いする時に、レオン様にお持ちします」
レオンは困ったように微笑み、少し考えた後に答えた。
「特に思い浮かびません」
リリーはそれでもめげることなく、目を輝かせてレオンを見つめている。
ジュリアはそんなリリーを軽くなだめながら、再びレオンに向き直った。
「リリーはただ、仲良くしたいだけなの。あなたも、気を使わずに過ごしてくれればそれでいいのよ」
レオンは黒な瞳をまっすぐ向けたまま、静かに頷いた。
ジュリアはその様子を見ながら、レオンはあまり多くを語らないタイプらしいと思った。
そして武人らしく、規律を重んじる人らしいということも。
それが、ジュリアの感想だった。
その後、ジュリアは着替えのためにレオンを部屋の外で待機させ、リリーと二人きりになる。
リリーは興奮を隠せず、着替えの手を動かしながら話しかけてきた。
「噂通りの素敵な方ですね!背も高くてかっこよくて…侍女の中では既に大人気なんですよ!」
「そうなの?」
ジュリアは軽く首をひねるが、リリーの熱は収まらない。
「トネール領では、昔から負け知らずの天才と絶賛されているそうです。......それにしても、雰囲気がどこか舞台のあの俳優に似ていませんか?」
「......さあ、どうかしら.......」
リリーの熱心な話を半ば聞き流しながら、ジュリアはふとレオンの顔を思い浮かべた。
確かに他の騎士たちとは異なり、彼には独特の品格があった。
リリーの手によって髪を整えられたジュリアは、議会用のドレスを脱ぎ捨て、動きやすい服装に着替えた。
そしてレオンの噂や人気などを忘れ、次の目的地――王都に向けて準備を整えた。
ジュリア ー ネフェルタリ王国の王女。この物語の主人公
レオン ー ジュリアの護衛。ネフェルタリ王国最強の男
ウィリアム ー ネフェルタリ王国の現国王。ジュリアの兄
リリー ー ジュリアの侍女
アルナム卿 ー 宰相。政治の中心地を治めるアルナム領領主
オーベン卿 ー 交易の拠点として栄えるオーベン領の領主
ベルク卿 ー 穀倉地帯を持つベルク領の領主
レガロ卿 ー 土木技術が優れるレガロ領の領主
トネール卿 ー 騎士たちを率いるトネール領の領主