01悪夢
一瞬、目の前が真っ白になるほどのまばゆい雷光が部屋を照らし、その直後、轟音が耳を裂くように響き渡った。
窓の外では、激しい雨がまるで全てを洗い流そうとするかのように降り続け、風に煽られた木々が悲鳴を上げて揺れている。
私は腕の中の人形をさらに強く抱きしめ、無意識のうちにその小さな体に自分を重ねるようにして、音が遠のくのをじっと待っていた。
緑の豊かなこの国では、天候がよく変わる。
春の訪れを告げる穏やかな風から、一転して激しい嵐が巻き起こることも珍しくない。
そんな自然の気まぐれに、私はもう慣れているはずだった。
けれど、この日の雷光と轟音は、何かが違っていた。
私は胸の奥から込み上げてくる得体の知れない不安を押さえきれず、人形を握りしめたまま寝具を跳ねのけた。
外の雨音がさらに激しくなり、窓越しの木々が風に呑まれて大きくうねっていた。
長い廊下を裸足のままかけると、冷たい石が徐々に足裏の熱を奪っていく。
それにも構わず、雷の光に照らされた影の中で、私は父の寝室のドアを目指して走り続けた。
やっとの思いで父の寝室にたどり着くと、つま先立ちでドアノブに手を伸ばし、冷たい金属の感触を感じながら力を込めて回す。
ひんやりとした外気が、ドアの隙間から流れ込んできた。
こんな日に、なぜか父は窓を開けているらしい。
私は慎重に足を進め、父の寝台の方へ向かう。
その時だった――。
雷光が部屋を激しく照らし出し、すべての輪郭を焼き付けるように浮かび上がらせた。
そして、その一瞬の光の中で、私は見てしまった。
乱れた寝具の中に横たわる父の姿を。
ーーー何かがおかしいーーー
胸の奥に冷たい感覚が広がり、私は立ちすくむ。
その瞬間、雷鳴が再び耳をつんざき、大地が震えるかのような轟音が全身を貫いた。
その音に押し潰されそうになりながら、ようやく私は声を張り上げた。
叫び声を聞いて、廊下からいくつもの足音が聞こえてくる。
「姫っ!」
ーーー
兵士たちによって、勢いよくあけられたドアの音で、ジュリアは寝具から飛び起きた。
冷たい汗が背中を滑り落ち、手のひらはじっとりと湿っている。
目を閉じ、乱れる呼吸を整えようと試みるも、胸の奥底に広がる不安と恐れは、いまだ渦を巻いていた。
夢の中の自分の声が耳の奥にしつこく響き続けている。
ジュリアは素足のまま立ち上がり、震える手で分厚いカーテンを開け放った。
外の光が部屋の中を包み込み、その明るさに一瞬、目を細める。
目の前に広がったのは、夢の中で見た陰鬱な世界とは真逆の、穏やかな朝の景色だった。
ジュリアはバルコニーに足を踏み出した。
眼下には葉が風に揺れて、鳥たちが清々しい歌声を響かせている。
豊かな川の水面は朝日に照らされ、まるで無数の小さな星々が煌めくように輝いていた。
朝日の温もりが肌に心地よく触れ、深く息を吸い込むと、心に広がる不安をわずかに溶かしてくれるようだった。
その時、静寂を破るように部屋の扉がノックされ、侍女リリーの声が響いた。
「ジュリア様、おはようございます。
準備が整いました。お支度をお手伝いしますね」
ジュリアは振り返り、バルコニーに出たまま答えた。
「ありがとう、すぐに行くわ。」
ジュリアは再び朝の光景を見つめ、そっと目を閉じた。
まだ夢の影が心の奥に残るのを感じたが、それを胸に秘めて朝の支度を始めた。