表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

あのアイドルと出会った最初で最後の日 ~“うわさ”と“真実”と“嘘”~

作者: 栗野庫舞

真実って言葉が、ロシアによるウクライナ侵略で嫌いになりました。

 あのアイドルは下着をつけていない、という“うわさ”がある。これは、あなたが作り出した“うわさ”だ。


 あなたはあるイベントで、薄い茶髪を後ろで三つ編みにした美少女アイドルの写真を、何回か撮影した。そのうちの一枚の写真で、あなたは“真実”を知ってしまった。


 彼女の華やかなアイドル衣装は、(わき)の部分の白い肌を大胆に露出している。本来ならブラジャーのサイドボーン辺りが見えていないとおかしいはずなのに、それが写っていなかったのだ。


 あなたがネットにその証拠写真を上げると、すごい勢いで拡散されていった。


『えー嘘だろありえねー』


『ヌーブラつけてるんじゃない?』


『そんなとこ見ててキモいんだけど』


『つけてなくてもいいじゃん個人の自由で』


『多様性の時代』


『健康的な脇だ……』


『きもちわるい』


『この人、だれ?』


『大きくないなら、いらんだろ』


『ホーホケキョ』


『いやスルーしろよ』


『答え。あの部位に絆創膏(ばんそうこう)


『アイドル暗殺者である私が来ました』


 などなど、賛否両論も含んだ様々なコメントがあった。


 アイドル自身も誹謗中傷で叩かれていて悪い気もしたが、あなたは自分を中心に世界が動いているような気がして、快感が抑えられなかった。どうせ時間が経てば炎上は収束するだろうと、あなたは楽観的に思っていた。


 それが大きな間違いだと知らずに……。


   □


 およそ一週間後の夜の自室。あなたはこの日ほど驚いたことはないかもしれない。


 あのアイドルが、あなたの部屋にいたのだ。


 一本の三つ編みを背中に垂らすアイドルは、あの写真と同じ衣装を着ている。


 あなたが夢かと思う中、彼女は右腕を上に伸ばして、あなたに脇を見せた。


「これ、ブラチラしづらいように、ブラのカップ周り以外は、光を反射しにくい透明な素材で作られているんです。下着がはみ出て見えちゃうと、性的だって苦情が来るらしいんですよね」


 小鳥のさえずるような愛らしい声まで、本物だった。


 あなたは彼女に見せられている脇を凝視した。本当に分かりにくかったが、彼女の言っていることは“真実”だと知った。


 だとすれば、あなたが流した“うわさ”は、“嘘”になる。


 信じたくなかった。


 急激に動揺が強まるあなたに対し、アイドルは普段メディアで見せるような、(ほが)らかで印象の良い顔のままだ。


「私はアイドルとして、いちファンに誤解をさせてしまったことを謝罪します。ごめんなさい」


 彼女は丁寧に頭を下げて謝った。


 あなたの良心がさらに痛む。


 自分勝手かつ軽い気持ちで彼女を傷つけたはずなのに、どうして彼女が謝っているのだろう? 何日も経った今でさえ、彼女に対する暴言は止まっていない。


 顔を上げた彼女は……急に衣装を脱ぎ捨てる。


 上半身は下着だけになった。問題のブラジャーが、あなたの瞳にしっかりと映る。


「このブラは事務所の特注で、アイランド・ブラジャーって名前らしくて、私はアイブラって呼んでいました。(しま)ブラって呼んでいた子もいましたね。意外とかわいく作られているんですよ」


 彼女のブラジャーは、細かいレースつきカップが白で、同じく白のフロント部分には、同色の小さな装飾リボンがついている。サイドとストラップが透明のため、確かにブラ中央部が島のように浮かんでいるふうにも見えた。


「迷惑をかけたお詫びに、――ギュッとしてあげますね」


 あなたは彼女に強く抱き締められた。


 彼女の胸部はそれほど大きくはないし、カップの生地の感触があった。それなのに、あなたは最上の喜びを知った。


 全ての幸せが彼女から与えられているようで、あの時に炎上を作り出した自分の特別感よりもはるかに心地良い。二度と味わえないような、そんな素晴らしさがあった。


 あなたを今も夢中にさせている彼女は、ついに両腕をあなたから放した。


 あなたは彼女への感謝以上に、罪悪感が強かった。あの時、ノーブラだなんて“嘘”を拡散してしまったことを、彼女に謝りたい。


 あなたが謝罪の言葉を伝えようとした直前に、彼女は人差し指を立ててあなたの口の前に出し、あなたの発声を止めた。


「――あなたのせいで、私は『並行世界』へ行くことになりました。さようなら」


「え?」


 聞き間違えかと思った。


 彼女はあなたのせいだと、はっきりと断言した。それなのに、あなたを非難するような表情は全く無かった。むしろ、全能の女神様のような光り輝く最高の笑顔だった。


 この後、あなたは、どうなったのか覚えていない……。


   ■


 翌朝、目覚めたあなたは奇妙なことに気づく。


 あのアイドルの存在が、完全に消えていた。


 部屋にあった関連グッズは全てなくなっているし、ネットで検索をかけても、似たような名前の人物が引っかかるだけだった。あの炎上事件も、最初からなかったかのように、証拠が一切出て来ない。


 あなたはあのアイドルの写真を探した。アップしたものも、元のデータも、どこを調べても見つからない。


 昨日と同様、夢でも見ているかのような気分に(おちい)る。今日のほうが断然、心地が悪い。


 (わら)にもすがる思いで、あなたはテレビをつけた。


 ちょうど、アイドルがどこかのなんとか大使になるというニュースが放送されていた。


 あなたは見た。


 あのアイドルは地上波に出るほど有名ではなかったが、テロップでは彼女と同じ名前が出ていた。


 テレビに映ったこの同姓同名のアイドルは、黒髪で全然別の美少女だった。


「うそ……」


 あなたはつぶやいた。


 しかし、すぐに間違いに気づく。


 このアイドルは同姓同名ではなく、名前が一文字だけ違っていた。それでも、こんなアイドルなんて全く知らない。一文字違うだけのアイドルなんて、今まで()たのなら、きっと前から存在に気づいていたはず。


 このアイドルは、誰だろう?


 あのアイドルは、どこに消えた?


 本当に並行世界へ行ってしまったのか?


 確かに、彼女は存在していた。あの夜の胸部の感触は未だにはっきりと覚えている。これは否定の出来ない“真実”だ。絶対に“嘘”じゃない。


 そうだ、“うわさ”を流そう。すごく素敵なあのアイドルがいて、だけど並行世界に行くと告げて、忽然(こつぜん)といなくなってしまったという――“真実”を。


 あなたが(あせ)る手つきでネットに投稿しようとしても、エラー画面しか出ない。あなたは何度も繰り返したのに、無駄な時間が過ぎるだけで終わってしまう。


「ん?」


 不意に人の気配がして、あなたは振り向いた。


 テレビに出ていた黒髪のアイドルが、立っていた。


「私は怒っているぞッ!」


 殺気さえ感じられる大声で、しかも顔には恨みしか表現されていない。


「私はッ、こんな大使の仕事はッ、したくなかったんだぁ~ッ!」


 あなたはこのアイドルに両肩を強くつかまれ、前後に激しく揺らされた。


 真下に、直径一メートルのブラックホールが出来た。


 あなたはそこに落ちた。


「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」


 あなたの世界は終わった。


                    (BAD END(おわり)

嫌いになった真実という言葉をサブタイトルに入れたので、当然、嫌いなバッドエンドにしました。所々、ホラーと言うよりギャグじゃないのって部分があるのが、少し心残りです。


最後までお読み下さり、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ