伯爵令息、「赤い令嬢と青い令嬢、正しい方と婚約破棄しないと爆弾が爆発する!」という二択を迫られる
オレット・ラムサは伯爵家の令息である。金色の髪に青い眼、きめ細やかな白い肌を持つ凛々しい貴公子で、つい先日婚約も済ませている。
そんな彼の日課は毎週日曜日、近所の教会に礼拝に行くことであった。
扉を開くとすぐ礼拝堂があるが、オレットはいつもとは様子が違うことに気づく。
「……ん?」
中には若い娘が二人いた。
容姿はそっくりで、二人ともウェーブのかかった長めの茶髪と、人形のようなぱっちりとした瞳がチャームポイント。しかし、唯一違うところは、二人はそれぞれ赤のドレスと青のドレスを着ていた。
「おはようございます、オレット様」
二人は完全に声を揃え――俗にいう“ハモリ”で挨拶をしてきた。
「おはよう」
挨拶を返しつつ、首を傾げるオレット。
赤と青の令嬢はハモリを維持したまま、会話を続行する。息ピッタリである。
「驚くのも無理はありませんわね。あなたの婚約者が二人もここに立っているのですから。しかし当然、本物は一人だけです」
オレットはブルーリア・アッカという子爵家の令嬢と婚約していた。
赤い令嬢と青い令嬢のどちらかがそのブルーリアということになる。
「さっそくですがゲームをしましょう」
「ゲーム?」
「ええ。今からあなたには赤い令嬢と青い令嬢のどちらか一人を婚約破棄してもらいます。ブルーリアではない方、つまり偽者を選ぶことができたら、あなたの勝ちです」
「なるほど……もし僕が失敗したらどうなるんだい?」
赤い令嬢が短い紐がついた黒い球体を取り出した。これを見たらおそらく誰もが“爆弾”を連想するであろう。
「この爆弾が爆発します。爆弾の威力は強力で、この教会ぐらい簡単に吹っ飛ぶでしょう」
「いいだろう、受けて立とう」
オレットはゲームに挑戦することにした。
二人の令嬢がハモりながら言う。
「ではその場所から動かず、どちらかを婚約破棄して下さい。さあ、どうぞ」
オレットは一度深く目を閉じると、青いドレスの令嬢に視線を向けて言った。
「青い令嬢、君との婚約を破棄する!」
一瞬の沈黙。
青い令嬢はニヤリと笑った。
「正解です……私はブルーリアの双子の姉の“レドア”です」
青い令嬢の正体は、ブルーリアの姉レドアだった。
「オレット様……!」
赤い令嬢、すなわちブルーリアは感動のあまり、瞳を潤め、顔を紅潮させた。
さて、なぜこんなことが起こったのかというと――
***
ブルーリア・アッカは悩んでいた。
そして、双子の姉であるレドアを呼び出し、相談を持ち掛けていた。
「どうしたの?」
「実はね、私も先日ついに婚約したでしょう」
「相手はラムサ家のオレット様よね。それがどうしたの?」
「私、オレット様に愛してもらえているか不安になってしまって……」
これを聞いたとたん、レドアは噴き出した。
「まだ婚約したばかりなんでしょ? そんなこと考えるのは気が早すぎるわよ!」
「そうかもしれないけど……」
「それに貴族の結婚なんてのは大半が政略結婚、最初は愛なんかないのが普通なのよ。そこから自分たちでどうしていくかって問題だと思うわ」
レドアは妹に先んじてすでに結婚しており、幸せといっていい生活を送っている。
言動通り、妹と比べるとさっぱりした気性で、あまり悩みを抱えたりしない。
「うん……」
しかし、ブルーリアは割り切れない部分があるようだ。
「だったら、こういうのはどう? オレット様の愛を確かめてみるのよ」
「どうやって?」
「今思いついたんだけど……」
レドアはこんな提案をする。
レドアとブルーリアは双子なので容姿は瓜二つである。二人で赤いドレス、青いドレスを着て、「偽者を婚約破棄して」「失敗したら爆弾が爆発する」と迫る。
オレットがブルーリアを見抜くことができれば、めでたくハッピーエンドとなる。
「でも、もしオレット様が見抜けなかったら……?」
「その時は『ハズレー! 爆弾が爆発しましたー! ボカーン!』って抱きついちゃえばいいのよ」
「なるほど……! それいい!」
ブルーリアも姉のアイディアが名案だと思ってしまった。このあたり、やはり似た者姉妹というべきか。
「やりましょう、お姉様!」
「決まりね。それじゃ決行は今度の日曜日にでも……」
ちなみに“爆弾”は、遊戯に使うボールを黒く塗り、その辺のロープを短く切って導火線っぽく接着しただけの代物である。
***
結果はオレットが正解し、ハッピーエンドとなった。
“赤い令嬢”ブルーリアはオレットに駆け寄る。
「オレット様、よく私のことが分かりましたね? 私とお姉様、本当にそっくりなのに……」
「そっくりかなぁ?」
「え?」
「まず、君の方がお姉さんより2ミリほど背が低いだろう?」
これはその通りだった。
以前どこかで身体測定をした時、ブルーリアは姉レドアよりほんのわずかに背が低かった。
だが、それをいちいち吹聴したりしないし、もちろんオレットに話してなどいない。つまり彼は自力で見抜いたのだ。
「それに君とお姉さんを見比べると、ずいぶん違うよ。髪質もわずかに違うし、目元の垂れ具合も異なる。鼻はほんのわずか君の方が高くて、唇はお姉さんの方がふっくらしてる。産毛の生え具合も……」
「産毛まで見てらっしゃったんですか!」
「そしてなにより、君からは僕への愛情をひしひしと感じた。間違えるはずなんかないよ」
これを聞いたブルーリアは顔が爆発したように真っ赤になった。
レドアはそんな二人を見て「お幸せに」と顔をほころばせて立ち去るのだった。
おわり
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