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泡沫の姫はアイを歌う

作者: 驟雨レン


 国が待ち望んだ世継ぎの王子が、大国に授けられた。


 その国はかつては栄えていた。しかし欲をかいた王によって立て続きに戦争が起き国民は疲弊していった。愚かな王や貴族は国民が戦争に出向き窮地に陥っているというのに、贅沢の限りを尽くし王子の誕生会を開いた。

 そんな欲深き王に偉大な妖精王の裁きが下った。


 妖精王(オベロン)は威厳のある声で言った。


「此度の戦争でたくさんの同胞(妖精)が消滅した。貴様らの国に呪いを授けよう」


 代々、御伽噺(おとぎばなし)で語られてきた妖精。彼らは国を導くとされる新たな王に祝福を授けるとされている。しかし、妖精を害そうという者は恐ろしい呪いを受けるとも言われていた。




 そして生まれて間もない王子に「20歳を迎えたその時に死に至る」という呪いがかけられた。



 やがて時が流れ



 王子が十七の年を迎えた。

 王子の十七年は絶望に染まっていた。生まれた時から長く生きられないとわかっており、すべてを諦めて生きていた王子の世界は色あせており退屈だった。



 富、名声、地位、容姿、全てを合わせ持った王子は欲まみれの国王から生まれたとは思えない無欲の王子だった。



 そんな王子の世界が変わったのは十七の誕生日を迎えて半年ほどたった時だった。


 不思議な森の奥で出会ったのだ。

 水の如く麗しい少女に。


 湖の真ん中で月光に照らされ雨水を浴びながら儚く歌うその少女に王子は初めて何かに対して美しいと思った。

 色あせていた王子の世界は少しずつ色が付き始めた。一人の少女によって。



 それから王子は頻繁に少女に合うようになった。

 少女に会うたびに少女を通して王子の世界は次第に広がっていった。



        


           ♦   ♢   ♦   ♢   ♦





 妖精は自然より産まれた精気を宿した存在。


 泡沫(うたかた)より産まれた、美しき一人の妖精は寂しさを紛らわすため湖で歌を紡いでいた。

 偉大な母より産まれた妖精の少女が歌うたび、緑が生まれ水が湧き出る。


 

 そんな彼女が待ちわびているのは一人の青年。


 初めて青年を見た時から妖精の少女は彼が王子だとわかった。

 なぜなら出会ったときに()えたからだ。


 水鏡のように少女の瞳に王子が映ったとき彼女は気づいた。


 ー--この人は、死すべき定めを持っている…つまり、偉大なる父から呪いを受けているたった一人の人間。この国の王子だ。



 関わらないほうがいいのは妖精の少女も理解していた。しかし本来、妖精は国を導くとされる新たな王に祝福を授ける存在。


 彼女は平和と自然を愛する妖精女王(ティターニア)の娘である。


 王子の魂の器は国を良い方向に導くだろうと感じた。

 父はだからこそ王子がいなければ国が滅ぶだろうと確信して王子に呪いをかけたのだろうが…。



 少女は目の前にいる王子を見過ごすことができなかった。

 たとえ偉大な父に楯突くことになろうとも。疲れ切った魂を持ちながら、揺らがない王子の強い魂の器にこの国を見限るのはまだ早いと思ったからだ。


 それから、あの王子はよく会いに来てくれた。彼と話すのが楽しみになり、そして一人でいる時間が寂しいと思うようになった。



 だが時間は平等に過ぎていく。



 王子が18歳になった。彼と会えるのはあとわずか二年。

 そう思うと途端に怖くなった。王子を通して妖精の少女は人間を知った。

 父がいうように人間は愚かだでも、愛おしくもある。少女の中では国を滅ぼすために王子が呪いで亡くなる必要はないのではと考えていた。



 だから少女は偉大なる父に勇気を出して物申した。


 「偉大なる我らが父、王子の呪いを解いてはくださいませんか!かの人間は愚かにも無意味な争いを起こしましたが人間は変わる生き物です。王子が国を導けば平和がもたらされるでしょう」


 しかし、妖精王(オベロン)の答えは否だった。


 「姫よ、人間は愚かだ。過ちと知ってもなお争いを繰り返す。それによって我の妻である妖精女王(ティターニア)自然に還った(亡くなった)のを忘れたわけではあるまい」


 「ですが、「二度は言わぬ、姫いやわが娘よ愚かな人間に肩入れするのは辞めろ」


 少女の言葉を遮り、妖精王(オベロン)はそう吐き捨てて去って行った。


 絶対的な父に否定されても少女は諦めなかった。

 自身の力で呪いを解こうと思ったのだ。それは最終手段だったが王子には時間がない。

 少女は王子の呪いを解くことを強く決心した。




 その次の日に王子は湖にやって来た。


 少女は王子と出会えて幸せだったことを語り、自分が妖精であることを明かした。

 別れの言葉に動揺している王子の口に少女は自身の口をやさしく重ねた。


 途端少女から王子に伝わるのは妖精の魂の塊である精気だ。

 自身の妖精としての魂を半分を王子に渡し、王子を半分妖精にして彼女は呪いを封印しようと考えたのだ。


 妖精に妖精の呪いは効かないからだ。


 しかし、それは禁忌である。少女はその罪を継ぐわなければならない。

 100年間徐々に泡となりながら自然の一部となり新たな命となるのだ。自身が泡沫から産まれたように。それが禁忌を犯した罰なのだ。




 消えゆく意識の中、彼女は王子に「私の使命を託したよ」というつもりだった。彼女の使命は平和を守ること。神により授かった使命だ。

 しかし少女はそれが王子に伝える最後の言葉だと思うと自然に別の言葉が出た。



 「あなたを永遠に愛してる」


 

 少女は晴れ晴れとした気持ちで湖で眠りについた。永遠の眠りに。






           ♦   ♢   ♦   ♢   ♦





 時は流れる。

 王子が国王につき、それから国は目まぐるしい発展を遂げ豊かな笑顔があふれる平和な国になった。




 誰もが新たな国王に感謝した。



 しかし、国王となった王子はかつての廃人のように無欲な人間に戻っていた。少女がいないと王子の世界は何の色も写さない。



 自分の世界のすべてだった少女が目指していた平和な国を作った王子はもう生きる理由をなくした。



 (君がいない世界は死んでるのも同然なほど苦しい)

 

 それが王子の本音だった。



 王子は少女と出会ったあの湖にまた足を運んだ。

 王子は20歳に死ぬ呪いが解け25歳を迎えていた。



 王子は湖に体を放り出し、湖の底へ向かう。そこにいるのは体が少しずつ泡になって欠けている少女。王子は少女を愛おし気に抱きしめ少女に口づけをした。


 かつて、彼女が自身にしたように。途端に彼の体から少女にあふれ出すのは彼女の魂であり同時に呪いを封印していたもの。その魂ががもとの居場所に戻り、その反動から永遠の眠りから一時、覚めた彼女の瞳が開かれる。

 彼女の瞳に映った王子は人生で一番幸せそうに笑って言った。


 「僕も君を永遠に愛してる」


 王子の呪いの封印が解けたため呪いが発動する、20歳をとうに迎えた王子は深い眠りに落ちる。少女が消えてゆく100年間、彼女を一人にしないために。


 少女は涙を流しながら歌う、彼が好きな子守唄を。そして二人は夢の世界へと深い眠りに落ちていった。






 少女の涙は思いが伝わったうれしさから出た『愛』の涙なのか、彼に生きてほしかったから出た『(アイ)』の涙なのか、はたまたその両方だったのかそれを知るのは彼女自身だけである。

 


 

ありがとうございました

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