追放される悪役令嬢だったので主人公を寝取ってみた。
「わたし、しあわせです」
ベッドの中で、マリーは言った。
広い寝台に二人でいた。二人きりの世界では、どんな人間も干渉できない。
「おかしな話ですよね。わたしたち、恋敵だったはずなのに」
うつ伏せで枕を抱くマリーは、恥ずかしそうに潰れた乳房をシーツで隠した。私はそんな彼女の髪を手で梳きながら、首筋に顔を近づける。
「でも今は恋人よ。違う?」
「……違いません。わたしは、あなたのものです。ソフィさま」
私は微笑み、内心を隠しながら考える。
マジでうまくいった、と。
前提としてこの世界は恋愛ゲームである。私の知っている世界、恋愛シュミレーションゲームを元にした世界。私は悪役令嬢のソフィであり、彼女は主人公であるマリー。
予め破滅するのはわかっていた。しかしそれに気づいた時には、既にすべての攻略対象が出そろっていて、彼女とのフラグもビンビンに立ってからのことである。
え、詰んだ?
どうしよう破滅したくない、とその一心で考えに考えた私は、ふと秘策を思いついたのだ。誰とでも、誰にでもオープンである主人公のマリーは、誰とでも結ばれる。フラグさえあれば、機会さえあれば恋仲になる。
それほどまでに、恋愛ゲームの主人公は、ある意味で受動的だ。
――ならば、彼女の好意をこっちで引き取ってしまえば、他の攻略対象とのフラグは全部潰えて、まさかの悪役令嬢との百合ルートに突入するのでは、と。
幸いにも嫌がらせが陰湿になる直前に記憶を取り戻したから、好感度はほとんど素のままで、マイナスにはなっていない。そこから着実に、私はマリーとの距離を詰めた。
実家という最強の後ろ盾を用いて作った贅を尽くしたお菓子の絨毯爆撃。贈り物は攻略対象選択の重要なポイントである。あるいは、好意には好意を返さねばならないとかいう心理学的効果。
こっちの気を引いたうえで、個別ルートに突入させる。つまり偶然を装って私の境遇や置かれた立場などをそれとなく知らせていく。
突貫で作ったルートだから、もちろん本物のシナリオライターのような起伏や伏線やらは用意できなかったから、当然盛り上がりもなかったけれど、そこはゆるふわ日常系の「なんとなく好き」という作品を参考になんとか着陸させることができた。
最後に、この禁じ手である。恋愛シュミレーションじゃなくてもはやエロゲになってますよ、とソフ倫に怒られても仕方がないような、めっちゃきわどいサービスシーンを経た結果、見事にヒロインは悪役令嬢と結ばれることとなりましたとさ。
……うん、やっといてなんだけどさ。
そっちの趣味がなくても、「あ、この人好きかも」って思ってたら、その延長線上で恋ってできるんだなーってのと。
恋愛ゲームの主人公って、懐広すぎじゃね?って。
きっかけさえ用意してやれば、ペットのネコとも恋愛できるんじゃなかろうか。それが主人公の宿命というか特性なのかもしれないけれど、なんというか、まあ、助かった。
「でも、どうしましょう。女の子同士で結婚なんてできないですし……」
「あら、私たちの関係に、誰かの許しが必要なの?」
俯く彼女の顎をくい、と押し上げて、その瞳をじっと見つめる。かあ、と顔を赤らめたマリーは目を逸らしてしまう。
素肌に吸い付くようなシーツがなんとも心地よい。寄せ合っていた肩と肩の距離をさらに縮めてぎゅうと抱きしめ合えば、じんわりと芯から暖かくなる。初めは異端視する他人の温かさも、時間を経るごとに徐々に境界が消える。
溶けていく。まさしく、そんな感じだった。そしてそれは、たとえ相手が女だろうと男であろうと、久しく覚えなかった懐かしさだった。
ゲームはゲーム。
異なる世界では、異なるルールが待っている。
私はこの世界に来て、こうして誰かと抱きしめ合ったことはなかった。この世界の母親とも、実の弟とさえもだ。思えばずっと、人の温かみに飢えていた気がする。
体と体が触れ合うことで生まれる温もりは、例え錯覚であるにせよ、私のささくれた心を綺麗に均してくれていた。それがたまたまヒロインの彼女であった、否、特権をもつヒロインであるマリーだからこそ、それが叶ったというべきか。
「ソフィさま……」
潤んだ瞳、アメジストのような瞳がこちらに向けられている。私は改めて、彼女の体を抱きしめた。
ちなみに後日談。
「ソフィ! お前の数々の悪行、もはや見過ごせぬ!私はお前を追放する!」
ダメでした。
かと思えば。
「何を仰るんですか!ソフィさまは、わたしに何もしていません!王族という特権を振りかざして、冤罪を着せるのはやめてください!」
「えっ」
王子と私が固まった。
「ピー! テキストがありません!」
王子、物理的に固まった。
誰一人として動かなくなったパーティ(ファン通称・追放祭り)会場で、マリーだけが動いていた。私の下に駆け寄ってきて、手を引っ張る。
「こんなところから抜け出して、二人で幸せになりましょう! ね、ソフィさま!」
誰も動かなくなった世界で私とマリーだけが動いていた。
私たちが主役だった。文字通り、二人だけの世界だった。