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公爵令嬢ソニア・バニスターの事件簿。~婚約破棄からのざまぁは定番です~

作者: 森本英路
掲載日:2023/07/07

「キャロル・アーサーズ! 今この場で、お前との婚約を破棄する」


主催者ジュ―ド・ゴードン公爵令息ののろけ話を期待していた招待客の表情はどれも戸惑っていた。キャロル・アーサーズ侯爵令嬢との婚約披露パーティーでの第一声がそれだったから。


王国全土から未婚の令息令嬢が集められていた。ジュード・ゴードンの父は執政。招待客の欠席は皆無だった。


キャロルは令息令嬢の視線を一斉に浴びていた。顔を真っ赤に染め、大きな青い瞳をパチクリさせている。


物音ひとつ立っていない。令嬢の一人がアイスクリームのスプーンを落とした。カン、カラカラとスプーンが床に転がる音。


令息令嬢たちは我に返った。皆、キャロルを取り巻くように集まっていた。それが蜘蛛の子を散らすように一斉にキャロルから遠ざかる。令息令嬢たちが作った大きな円の中央にキャロル・アーサーズは一人置き去りになっていた。


ポツンと一人になって、キャロルは令息令嬢たちに視線を巡らせる。次の瞬間、ああっと声を上げ、出口に向かった。うつむき、ハンカチで涙を拭くような仕草で、足早に会場をあとにする。


私たちは彼女を追った。私たちというのは、わたくし、ソニア・バニスターと、アレクシス・ウォルトン。


会場を出ると、キャロルとニコラス・ガザード侯爵令息が抱き合ってた。ニコラスは私たちに気付き、キャロルを自分の馬車に乗せると私たちの方へと向かって来る。


「アレクシス、ありがとう。君には一生の恩が出来た。僕は誓うよ。我がガザード家は未来永劫、ウォルトン家の旗手となり付き従うと」


アレクシスは苦笑いで私に視線を送る。私はうなずいて見せてやった。アレクシスは安心したのかニコラスと握手をし、よかったなとその肩をポンポンと叩いた。


二人は満面な笑みを交わしていた。待たせるのはいけない、という私の言葉でニコラスは馬車に飛び乗った。馬車は二人を乗せて、ゴードン邸から消えて行った。


「彼女、名演技だったわね」

「ああ。それもそうだが、幸せそうだった」


美男子のアレクシスがうらやましそうに、視線を遠くに向けている。くすりと笑ってしまった。ちょっと可笑しい。


「用も済んだし、君はもう帰るんだろ? 僕もお供しようと思うが」

「いいえ。私は最後までいるつもりなのよ」


「え? えええ! なんで! 君が? 残る?」

「そんなに驚かなくてもいいじゃない。失礼よ。それともなに? あなた一人で帰る?」


「いやだ。僕も残る」







さかのぼること1カ月。私は庭で花終わりの摘心てきしんにいそしんでいた。


貴族の令嬢がやることではなかったけど、どうしても四角四面な、いかにも手入れしましたよ的なだだっ広い庭が嫌いだった。私は屋敷の庭の一角を貰い、季節ごとに違う花が咲く、宿根草のナチュラルガーデンを作っていた。


「やっぱり君は花畑がにあうなぁ」


アレクシスの声だ。アレクシスはカレッジの帰りには必ず私の屋敷によっていく。振り向かずとも分かる。今日の彼は上機嫌。


「じゃましないでね」


早速、釘を刺す。横に居座られて、ごちゃごちゃ話しかけられては集中できない。調子に乗らせないためにも最初からギュッと頭を押さえつけとかないと今日終わる仕事も終わらなくなってしまう。


「これ、とどいたろ」


私の横にもう居座っている。しかも、目の前でゲストカードをちらつかせている。ふにゃふにゃ動くカードで花がまったく見えない。


「ちょっとぉ、じゃましないでって言ったでしょ」


振り向くとアレクシスの顔があった。ブラウンの透き通るような瞳。髪はというとベージュで、風にサラサラとなびいている。女性に大人気で、しかも王国随一の名家である。カレッジの成績も飛び抜けていて、容姿共々彼にかなう令息はいないと言っても過言ではない。


因みに私はカレッジを結構、いや、ほとんど休んでいる。理由は、まぁ、他にやることがいっぱいあるから。


「やっとこっちを向いてくれた」


満面の笑顔。そのキラキラ瞳に、はっとして、慌てて目線を花に向けた。


「私のところにも来たわよ、その招待状。ジュード・ゴードンからでしょ。婚約披露パーティー」

「招待状は王国全土の令息令嬢にてられている。どいつもこいつも浮足立ってるよ。ていのいい出会いの場さ」


「楽しそうでよろしいですわね」


「いくんだろ」


摘心てきしんの手は止めていない。これをやるかやらないかで2番花の花付きが全然違う。


「そりゃまぁねぇ」


「出るんだ。学校にはいかないのに」

「貴族にとって仕事みたいなもんでしょ」

「よし、決まりだ!」

「なによ。何が決まったの」

「ダンスだよ。社交界と言えばダンスじゃないか。お相手させて頂きます」


見ちゃいないのに紳士の礼をとっている。


「無理」


「無理って、無理ってどういうこと。もしかして」

「もしかして?」

「他に男でもいるのか」

「何言ってるの。あなた以外いる訳ないじゃないですか」


「っしゃぁ! 誓うよ。君にふさわしい男に、僕はなる!」


ばかじゃない。どんな頭をしているのかしら。もう十分よ。こっちが釣り合わないんじゃないかと心配しているのに。


「で、ソニア。今日は相談に来たんだ」

「なに。手短に」


「服装のことなんだよ。君が赤いドレスに青いサファイアのブローチをするとしよう。僕はタキシードに青いサファイアのカフスボタン。僕らが躍ると青い光がキラキラと線を引く。何て幻想的なんだ」


アレクシスは妄想に浸りながら踊りだす。


だから、ダンスはしないって。めんどくさいなぁ。


ほっとこ。


無視して作業を続ける。しばらくしてアレクシスのステップがピタリと止まった。もう帰るのかな。


「ところで聞きたいんだけど、何でお前がずっとここにいるわけ」


アレクシスの声色が怖い。私の家のバトラー、チャド・ハービィーに難癖を付けている。私がダンスの話に乗って来ないんでチャドにあたってるんだ。


チャドは全無視だった。必要な時以外しゃべらない無口な男で、出しゃばらず、気の利く、空気のような存在。私の護衛も兼ねている。


彼は歴戦の勇者だ。数々の戦場に出て、一人だけで帰って来たこともある。それもあって、気配を断つとか戦場で学んでいたのでしょう。私のそばでいつもそのように振舞っていた。


「見れば分かるでしょ。チャドは私に日傘をさしてくれてるの」


「全部聞かれてしまってるんだよぉ、僕たちの話」


僕たちって。なんであんたはそんなに寂しげな顔をするの。


「大したこと、話してないでしょうに」


納得のいかないアレクシス。どうにかチャドを追い払いたいのでしょう、ずっと考え込んでいた。


「そういえば!」


アレクシスは手を打った。何か思いついたようだ。


「そういえば、ニコラス・ガザードって知っているよな、ソニア」


「ええ。あなたと武術会の決勝で戦った人」

「そうだ。そいつだ。良く覚えていたなぁ」


そりゃぁ嫌でも覚えてるわ。見に来い、見に来いってあなたが五月蠅いから、わざわざ会場に足を運んだのに、あなたは1分もしないうちにその人をのしてしまった。


「それがどうしたの?」

「大問題なんだ。今回の婚約と関係している」


アレクシスはニヤリと笑った。そして、チャドを親指で刺した。


「こいつがいると話せないな。なんせ貴族の、込み入った話なんだ」


「でた」


あ、心の声がでてしまった。


婚約披露宴に出席するからには粗相そそうがないようにしなくてはならない。対人関係は特にだ。恥をかくのは私でなくお父様となるのだから。


しょうがない。今回は乗ってやるか。カレッジに行かずとも大体の世情を把握できるのはアレクシスのおかげなんだもんね。私は摘心てきしんする手を止めた。


「チャド、ちょっと部屋に行くわ。すぐに戻って来るからその辺で休んでいて」


部屋に入るとアレクシスの上機嫌たるや。服装の話や、ダンスの話を蒸し返し、正直むかついた。


「楽しそうね。で、ニコラス・ガザードの件だけど」

「ああ、そうだった。忘れてた」


分かってはいたけど、ため息が出る。アレクシスはというと、何もなかったようにしゃべり始める。


「今回、ジュード・ゴードンとキャロル・アーサーズが婚約したわけだが、実はそのニコラスとキャロルは許婚いいなずけだったんだ」


あらま。


「君も知っている通りゴードン家は婚姻でのし上がって来た家系だ。ジュードの母方パウェル家は干拓で農地を拡大し、財をなした家。キャロルのところのアーサーズは異民族と関係を結び、交易で財をなしている。今や飛ぶ鳥を落とす勢いだ。執政カーティス・ゴードンはそれに目を付けた」


「アーサーズ辺境伯にしても悪い話ではないし、ゴードン公からの申し出であれば断れない」


「ニコラスは死人のようになってしまった。誰が話しかけても反応がない。ふらふらとカレッジに来て、帰るだけ。前はなぜかむやみやたらに僕に突っかかって来たのに」


ライバル視されてたんだね。当の本人は全く感じてないようだけど。


「キャロルは?」


「そうなんだよ。キャロルが一番かわいそうなんだ。ジュード・ゴードンは僕の一学年上だから噂によく聞いたが、屋敷に愛人がいるんだって」


「愛人?」


「使用人だ」


「それは確かなの」


「カレッジでは有名だったさ。僕が知ってるぐらいだ。物凄く綺麗なメイドがゴードン家にいるって。ジュードの女だからゴードン家にお呼ばれしても絶対に話しかけるな、が上級生の合言葉だったらしい」


「ということは、キャロルは当然知っている」


「まぁ、そういうことだ。アーサーズ辺境伯も知っていて、キャロルに泣きつかれたんだろうな。ジュードがその女と別れて、使用人としても解雇するという条件をカーティス・ゴードンに飲ませた」


はぁ。やっぱり楽しくないんだ。一挙に行く気がうせた。パーティーは貴族の仕事とはいえ、お祝いの場だから救われていたのに。


これじゃ地獄だ。なんとかならないものか。


あ、そうか。その手があるかも。調べる価値は十分ある。


私はお父様の書斎に向かった。アレクシスは、なんだよ、どうしたんだ、と私を追いかけて来る。


お父様は確か会合で不在のはず。私は一応、ドアをノックし、反応がないんで部屋に入った。


「あれ、ここはバニスター公の書斎だろ? いいのか」


無視。


いつでも入っていいとお父様の許可をもらっている。壁の本棚にずらっと並んだ『授爵禄じゅしゃくろく』を引っ張り出し、胸に抱えた。


でかく、表紙が革製の、やたらと重い本。全24巻で、私が胸に抱えたのはそのうちの最終巻、№24。デスクの上にドンッと置いて、バタンッと開く。最初のページはウォルトン家。横からアレクシスが顔を出している。


「僕んとこだ。なにこれ」


無視。


貴族は順位を重んじる。例えば王が結婚式を教会で挙げたとしましょう。教会へ入るには順番が決まっている。また、今回のように誰かがパーティーを開いたとしましょう。退出時の混雑は大変なもの。高い順位の者から先に馬車が用意される。


つまり、貴族は自分の立ち位置を把握しておかなければならないってこと。そして、それに必要なのがこの本。


爵位は基本的に家でなく、個人に与えられる。個人が手数料を支払い、請願書を提出。それを王家が認可するという形式になっている。


授爵禄じゅしゃくろく』はその記録が記されている。王室発行で高価な本だけど、持っていない貴族はいない。ただ、ウォルトン家は別だ。持ってはいようが、見たためしはない。


万年1ページ目のウォルトン家はほぼ王家である。王家が途絶えればウォルトン家から王を出す。執政を努めるカーティス・ゴードンなんて家格から言えば目じゃない。


私はゴードン家とアーサーズ家のページに目を通した。さらにはそれぞれの母方、パウェルとギブソンのページを開く。


クレアという女性の名がアーサーズにもパウェルにもあった。『授爵禄じゅしゃくろく』には爵位を持つ者の配偶者も記載されている。彼女らも爵位を持つ者と同等な権利が与えられるからだ。


キャロル・アーサーズから見てクレアは父方の高祖母に当たる。


一方、ジュード・ゴードンとクレアの血のつながりは見てとれない。クレアはジュードの母方パウェル家第6代当主コンラッドの配偶者だけれども、子を作るいとまもなく当主で夫のコンラッド・パウェルが早世したようだ。


パウェル家はコンラッドの弟ロッドが継いだ。その後、8代ダトリー、9代アダムとロッドの血筋がつながる。


10代目のヒューゴーで私の目が止まった。彼はジュード・ゴードンの母方の曽祖父に当たる。記録には男爵の爵位を辞退し、公爵を取得している。パウェル家は代々公爵の爵位を授かる。注釈を見るとダンヒル家の当主だったと記載されていた。


「ああ、ヒューゴー・パウェルな」


私が本に穴があくほどヒューゴーの名に釘付けだったのだろう、アレクシスが横から口を挟んで来た。


「知っているの?」


「知ってるも何も有名じゃないか。干拓事業を始めたのは彼なんだ。今のパウェル家の繁栄は彼なしには語れない」

「有能なのね」


私は『授爵禄じゅしゃくろく』をめくっていった。男爵を辞退したからにはダンヒル家は男爵ということになる。最後の方に記載されているはずだった。だが、№24には無かった。


どういうことだろう。考えられるのは、今はもう無いってこと。私は本棚の前に立った。七十年前。そのあたりが適当なんでしょう。


授爵禄じゅしゃくろく』は十年に一度発行される。私が望むものが記載されているとすれば№17あたり。本棚から引っ張り出し、デスクで開いた。ページをめくる。


「あった」


ダンヒル家はパウェル家の分家だった。そこにヒューゴーの名がある。注釈には養子とあり、当然爵位請願時には無爵だった。さらには4代当主の彼以降、ダンヒル家に当主の名前がない。


私は№18も確認した。ダンヒル家のページ自体がなかった。ダンヒル家が途絶えたのはヒューゴーの代。これじゃぁ、分家のダンヒル家が本家のパウェル家を食ったも同然。


パウェル家の養子となったダンヒル家の養子ヒューゴー。彼はどこから来たのか。ダンヒル家の養子の注釈には血筋に当たるものは何も書かれていない。常識の範囲で考えれば、アレクシスのウォルトンが王家のスペアと同じように、ダンヒル家もまたパウェル家のスペア。


ヒューゴーは本家から来た。そして、本家に戻った。それなら辻褄が合う。


「ねぇ、アレクシス。頼みごとを聞いてくれない」

「もちろん」


満面の笑みだ。私の言葉を待っている。まるでしっぽを振る子犬のよう。そんなかわいいアレクシスをずっと見ていたい気もするが、そうも言ってられない。


「私の考えだとこのヒューゴーはもともとパウェル家の人間だった。パウェル家で見るとヒューゴーから上のアダム、ダドリー、ロッドとつながる家系はコンラッドの弟筋。ヒューゴーが本家から出されるとすれば、そして、その出生を明らかにしないとすれば、あなたはどんなことを考える」


「ロッドにとって邪魔な存在だった。おそらくは早世したコンラッドの令息。あ、ああああ!」


「そうよ。もしかしてヒューゴーの母はクレアかもしれない」


「ジュードの高祖母はクレア! キャロルの高祖母もクレア! 二人は同一人物!」

「そうよ。四親等血族の禁に触れる」


四親等血族の禁とは250年前に制定された近親婚を禁ずる法。大貴族が後継ぎを残さずに死去したことで王国が大混乱に陥った事件がきっかけだった。


当時、婚姻は近親で盛んに行われ、血が濃くなるほどに長く生きれる者が少なくなっていった。


これはこれで国家として深刻な問題なのだけれども、それだけではことが済まされない。近親の貴族たちが、主人の無い領地の相続を主張する。言葉で解決できなければ軍を動かす。度々これが行われ、ことが大貴族となれば動く兵の規模も膨大で、国内の被害は甚大となる。


「私の考えだと、おそらくクレアはコンラッドが亡くなって後、一旦は自身の実家に戻り、それから再婚した」


「クレアの素性が分かればいいのだが、この『授爵禄じゅしゃくろく』じゃなぁ」

「そう。ここではこれが限界」


「だけど、良く気付いたな、ソニア」


「婚姻をねじ込むということはこういうリスクがあるの。だから皆、若いうちに許婚いいなずけを決めておくんでしょ。キャロルとニコラスもそうだけど、あなたとわたしの関係もそう。あなたはどう思ってたの」


「運命」


はぁ? 呆れた。ちょうポジティブ。


「君の言うことは分かったよ。つまりだな、僕がクレアとヒューゴーの関係を明らかにすればいいんだね。この『授爵禄じゅしゃくろく』では断片的だし、配偶者の素性もわからない。王室の公文書とか極秘文書をあたるよ。あそこで分からないものは何もない」


「あなたしかできない」


「ありかとう。きっといい結果になる。ニコラスも喜ぶよ」


満面の笑み。私もうれしくて、アレクシスにほほ笑み返した。


チュッ。


あっ、油断した! アレクシスはキスを私の唇に置いてさっさと出て行ってしまった。


チッ。確信犯。初めからこのタイミングを狙ってたな。


でも、まぁ、いいか。お駄賃と考えれば。因みに私は16才でアレクシスが18才。彼は私の二つ年上の先輩です。


「キャロルたちの件はアレクシスに任せたとして、もう一つ、問題が残っている」


こっちの問題の方が深刻かもしれない。急がないと。


私は窓を開け、庭に向かってチャドを呼ぶ。いつもならすぐに現れるのに、庭に姿を見せない。


「姫様」


わおっ! 私の後ろにいた。どいつもこいつも油断ならん。







屋敷のロータリーに馬車を付け、私はアレクシスを待っていた。カレッジでは授業がもう始まっている頃だけど、私を優先してくれるはず。


案の定、馬車が一台、車輪を弾ませ、猛スピードで庭園の道を走って来る。ロータリーに入ると傾きながらカーブを曲がり、車輪を横滑りさせつつ私の馬車の後ろに停車した。


アレクシスは、馬車のドアをほぼ蹴破るように飛び出した。


「なんかあったのか!」


私がこのようにアレクシスを呼び出すことは一度たりともなかった。アレクシスはよっぽど心配したのだと思う。血相を変えている。


「いいえ。わたしはなんでもないわ。ただ」

「ただ? どうした」


「話は馬車の中で」


ここでやっと我に帰ったのかアレクシスは私のかっこに気が付いた。馬車もいつもの豪華なものではない。チャドが用意したブルジョア仕様の馬車だった。


「ズボン? 狩りにでも行くのか」


「いいえ。行き先は15番街」


私たちは馬車に乗った。もちろん、チャドもいる。馬車が走り始めた。


「あなたを呼んだのは他でもない。ゴードン家の使用人のことよ」


「ああ、愛人な。そんなことでなんでわざわざ君が」

「手切れ金でアザレア近郊の土地を買って、小さな農場を経営してたんだけど、昨晩住居が全焼した」


アザレアとは王都トレニアの衛星都市である。


「殺されたか。ゴードンの仕業に違いないが、平民が貴族に罪は問えない。例え何百人殺されてもな。残念ながら君の出る幕ではない」


「そんなことは分かってる。さっき言ったでしょ。私はアザレアに向かってない」


「あ、それもそうだ。じゃぁ、この状況はどういうわけ」

「15番街に、その使用人の子供がいる」


「え? はっ!」


ふふ。想像通りの反応。わたしもまさかとは思ったが、そのまさかが当たった。


「もしかして、ジュードの子か」

「そうよ。チャドの調べではね」


アレクシスは反論しなかった。チャドを毛嫌いしているけど彼の手腕はかっている。


「なるほど。子供がいたとなれば話は別だ。執政カーティス・ゴードンとブラッド・アーサーズ辺境伯の約束はその時点で成立しない。で、子供を消そうとしてたわけか」


「でも、そうはいかなかった。使用人の女は賢い女だったのね。まるでこうなることを見越してたよう。子供を人に預けてた。一番仲良かったメイドだそうよ。もちろん、養育費は払ってね」


「それも時間の問題だろうな。現場検証して、子供の遺体がないとすればゴードンは黙っていない。あるいは、住居に踏み込んで女を殺害した後に火をつけた。それなら最悪、昨日の時点で子供がいないことはバレている」


「だから、急いでるの」


「ということは、君はその子供を助けようとしているんだね。助けてどうする。まさかそれを盾に警察へ訴えるって馬鹿なことはしないよな。平民の一人や二人殺されたとしても警察は動かないよ。ましてや警察のトップは治安官で王都トレニアの代官が兼ねている。トレニア代官は組織上、執政の傘下。つまり、何をしても無駄ってことだ」


「その通り。ごもっともだわ」


「じゃぁ、なんで」


「メイドごと雇おうとしているんですけど、なにか?」


予想外の返答だったようだ。キョトンとしたアレクシスだったが、ニヤリと笑った。


「悪趣味だが、君のそういうところも好きだ」


はぁ、やっぱ悪趣味か。確かに嫌がらせみないな部分はあるけど、全部知っちゃったもの。乗り掛かった船だし仕方ないじゃない。


「ところでそっちはどうだったの。クレアとヒューゴ―」


「君の推理通りだった。クレアはオルグレン侯爵令嬢でパウェル家に嫁いだ。コンラッドと男子を設けている。その後すぐにコンラッドが亡くなり、一旦実家に帰されるのだが、すぐにアーサーズ家のクラークと結ばれた。彼女は80才まで生き、当主を三代に渡って補佐した。今のアーサーズ家の繁栄は彼女のおかげと言っていい」


「有能な人のようね。ヒューゴ―も有能だった」


「そうだ。ヒューゴ―はクレアの子で間違いなかった。パウェル家からでの文書では確認できなかったが、王室公文書の記録に残っていた。彼はコンラッドが死去するとすぐに分家のダンヒル家に出された。後に4代目当主として長きにわたりダンヒル家を盛り上げていくことになる。その時、干拓事業を始めた」


「事業をやりだしたのはそもそもダンヒル家だったのね」


「事業は成功を納め、本家をしのぐ財力を築く。そこにパウェル家9代当主アダムの早世。アダムは後継ぎを残さなかったからその当主は分家筋が継ぐことになる。ヒューゴ―は元パウェルではなく、ダンヒル家の人間としてパウェルに入った。面白いことにヒューゴ―もそのことは一切言わなかったようだ」


「元パウェルと言えば、復讐とか、本家乗っ取りとか、変なイメージが付いちゃうものね。それよりかは既定路線の陞爵しょうしゃくという形と、富をもたらす者というイメージの方が領地経営には断然有利だもの」


「だが、その賢さが今回の件を引き起こした」


アレクシスは懐から紙を出した。そして、私に手渡す。


「ヒューゴ―の出生証明書だ。授爵諮問会議じゅしゃくしもんかいぎ発行の正真正銘のやつ」


「すごいじゃない。これで婚約はなかったことになる」

「今日、カレッジが終わったら君に見せようと思ってたんだ」


私は手にある証明書をアレクシスに返した。


「さっそくキャロルに渡して」


「いや、これは君の手柄だ。君からキャロルに手渡すのが筋だ」

「やだよ。キャロル知らないし、あなたに任せる」


うるうるした目で見つめてみる。


「そうかぁ。分かった。君が言うなら仕方がない」


納得いかないアレクシスだけども私のお願いは断れない。しぶしぶ証明書を懐に入れた。


「さて、もう15番街よ。アレクシス、もう一仕事お願いね」

「分かった」


馬車が止まった。私たちは馬車をおり、3階建ての建物を見上げた。チャドの話によれば愛人の子供とメイドだった者はこの建物の2階にいる。


階段を上り、チャドがドアをノックする。どなた、という返事が返って来た。チャドはオリビア様からのお手紙です、と答える。ドアが開いたかと思うとチャドが押し入った。アレクシス、私と続く。


チャドはドアの脇で待っていた。私たちが入ると素早くドアを閉め、ドアの前に立つ。


突然雪崩れ込んで来た私たちに、メイドだった女性は驚き、身を硬直させていた。子供用ベッドには赤ちゃんがすやすや眠っている。


「御心配なさらずに。我々はあなたを助けに来ました。僕の名はアレクシス・ウォルトン。彼女はソニア・バニスター嬢。ドアの前の男はバニスター家のバトラー、チャドです」


女性は、はっとした。私たちの名は当然知っていよう。雰囲気からも私たちが嘘偽りを言ってないのも職業がら感じ取っている。そしてなにより、彼女はジュード・ゴードンの子を預かっている。貴族が突然訪ねて来ても何ら不思議ではない。


一歩二歩下がり、それから壁まで後ずさるとかしこまった。


「まず、あなたに残念な知らせをしなくてはならない」


え? って顔を女はした。息を飲んでアレクシスの続く言葉を待っている。


「オリビアからの仕送りはもう来ない。彼女は昨夜死んだ」


アレクシスがそう言うと彼女は眼を見開き、口を手で押さえた。状況を察したのだろう。なら、話が早い。


「あなたとその子に危険が迫っている。この御令嬢があなたたちを保護したいとおっしゃっておられる。今すぐ一緒に来てもらいたい」


安心させるために私は笑顔を作った。戸惑いながらも彼女は私を見てうなずく。チャドがドアを開ける。彼女は赤子を抱きかかえると部屋を出た。私たちもそれに続く。


階段を下り、通りに出た。馬車は歩道の向こう。足早に歩き、建物の出口から馬車までちょうど中間あたりだった。建物の影から人が飛び出して来て、私たちの前に躍り出た。


体つきが頑丈そうな、たくましい、筋骨隆々な男だった。手にナイフを持っている。それが襲いかかって来た。


咄嗟に、アレクシスとチャドが私の前に立って壁となった。


しまった、と思った。考えてみれば当然の成り行き。どちらかが、どちらかを、それぞれ守ってくれればいいものを二人とも私のところに来た。


彼女と子供を守らねば。私は彼女に向けて飛び出した。


ナイフが彼女の胸に突き刺さる前に、タイミング良く彼女を跳ねのけることができた。私は彼女とぶつかった衝撃で倒れて転がった。彼女はというと、赤子を守るようにして石畳に丸くなっている。


腕を切られたようだった。服が破れ、出血している。だが、命に別状はない。なんとか屈強な男の一撃目はかわすことが出来た。


二撃目が来る、と思ったその時、アレクシスが男の前に立ちはだかった。チャドは私の前にひざまずき男に向けて壁となっている。


男は一旦下がった。アレクシスが独り言かどうか、低い暗い声でぶつぶつ言っていた。


「御令嬢のお顔を地べたに付けさせるとはなぁ」


男は構えをとった。


「許せん。きさまは今すぐにでも殺してやる」


アレクシスは完全にキレている。すごいオーラだ。男は気圧けおされたよう。目が泳いでいる。実際私はメイドだった彼女にぶつかって転んだんだ。男に直接やられたわけでない。


男はかっと目を見開いた。気を取り戻したよう。ゴードンが依頼した殺し屋だけはあって肝が座っている。怖気じけずにアレクシスへ向けて距離を詰めて来た。そして、ストレートパンチを放つごとくナイフを繰り出す。


アレクシスは半身になってそれをかわすと男の、ナイフを持つ手を掴んだ。そして、くるりと回った。男の体が宙を舞ったかと思うとバンッと地面に叩きつけられる。アレクシスは足を上げた。男の顔を踏みつぶそうとしている。


「待って!」


間一髪、アレクシスの靴底が男の鼻先で止まった。アレクシスは振り向いて私を見た。目が血走っている。


「殺さないで」


アレクシスは足を男の顔からどけるとしゃがみ、男の顔にこぶしを一撃入れた。男は気を失った。


「まさか君はこいつまで雇うというんじゃないだろうな」


やっぱりアレクシスは完全にキレている。私への言葉が荒い。見境を失っている。


「そいつは当局に任せるわ」

「ばかな。こいつの命は枯れ葉より軽いんだ。風が吹けば飛んでくほどにな」


「わかってる。貴族は平民に何をしようが許される。この男は平民の女性を殺そうとしていた。ただそれだけのこと」

「分かってるなら僕がなにをしたっていいじゃないか。何も出来ないのならせめてこの男だけでもこの場でむくいを受けさせる。いいだろ!」


「だめ! あとは全て私に任せなさい」





ゴードン邸で行われていた婚約披露パーティーはジュードの婚約破棄もあり、キャロルも去って、何のパーティーか分からなくなっていた。それでも令息令嬢たちは自分たちが何で集まっているのか忘れるぐらいパーティーを楽しんでいた。


なんとも滑稽だった。パーティー自体を取り止めにする時間は十分あったはず。カーティス・ゴードンはヒューゴー・パウェルの出生証明書を何日も前に手にしていた。


メンツを保つため続行したとなれば、きっとカーティス・ゴードンはこの場に現れる。パーティーをキャンセルしていた方が良かったのに。私も助かるし、彼自身も大勢の前で恥をかかなくて済む。


「君がパーティーに残ってくれるだなんて」


アレクシスが耳元でささやく。私たちもダンスを楽しんでいた。私は彼の望み通り、赤いドレスに青いサファイアのブローチ。彼はタキシードに青いサファイアのカフスボタン。私たちはクルクル回る多くのペアの中にいた。


「楽しいかい?」

「ええ。楽しいわよ」


「ほんと?」

「ええ。ダンスだけじゃないのよ。あなたといるといつも楽しいの」


「え? それはほんとかい」

「しつこいわね」


「いつも邪険にするじゃないか」

「恥ずかしいだけ」


頬を合わせていたアレクシスが、向き直して私を見つめる。満面な笑みだ。


「やめてよ。皆が見ている。恥ずかしいじゃない」


ふふっとアレクシスは笑った。また頬を合わせる。


「ところで、あの殺し屋はどうしたんだい。まさか雇ってないだろうね」

「大丈夫。当局に引き渡したわ」


「警察か? 治安官のタイナー卿はカーティス・ゴードンの言いなりだ。不問にせられる。そんなこと分からない君でもあるまい」

「いいえ。引き渡したのは憲兵隊よ。ハリスン・パッカー公に事情を話してね」


アレクシスは声を出して、けど、静かに笑った。


「憲兵隊は尚更お門違いだ。君らしくもない。ことは平民の殺人なんだぜ。国王リチャード3世直轄の憲兵隊がそんなことで動くことはない」

「あら、国王陛下はカーティス・ゴードンがお嫌いというわ。失脚のチャンスを狙っているってもっぱらの噂よ」


「残念だが平民の殺人事件だ。理由としてはとぼしいよ。この国では日々何千何万という平民が死んでいる。しかも、殺人の管轄は警察だ。無理だね」

「そうかしら」


アレクシスはそれ以上この話について突っ込んでは来なかった。せっかくのダンスだった。険悪なムードになりたくなかったのでしょう。話を変えた。それはそうと、とアレクシスは前置きし、言った。


「あのメイドだった女とジュードの子供はどうした。まだ君んちにいるのかい」


「ええ。私のメイドをしているわ。今日の着付けだって彼女にやってもらったのよ。子供も元気。すくすくと育ってる」


「ドレス姿の君もすばらしい。君は君に見合った有能なメイドを手に入れたようだね」


気が付けば、会場で踊っているのは私たち二人だけ。令息令嬢たちは大きな円を作り、私たちを見守っている。


「ソニア。踊っているのは僕たちだけだよ。やめるかい」

「いいえ。ぶつからなくていいじゃない」


「そうだな。じゃぁ、ちょっと派手におどるか」


私たちは広い空間を大きく使って踊った。人垣に近付いては離れ、近付いては離れる。


令嬢たちはアレクシスが近付く度に黄色い歓声を上げる。卒倒する令嬢もいた。令息たちは食い入るように見ている。アレクシスが彼らの手本なのだろう。


唐突に、スプーンでコップを叩く音がした。鳴らしたのは主催者ジュ―ド。音楽が止み、カーティス・ゴードンが現れる。明らかにアレクシスの顔に嫌悪感の色が現れた。


「どうやら、お開きのようだ」


私は、ふふっと笑った。随分ともったいぶっていらっしゃったこと。


特別ゲストの登場に令息令嬢たちは大きな拍手を送りつつぞろぞろと会場の中央に集まって行った。それと入れ替わるように、私たちは隅へと移動する。


カーティス・ゴードンは令息令嬢たちに礼をした。そして、今回のいきさつを話し始めた。まぁ、平たく言えば、全てがアーサーズの落ち度。やっぱりぼろっかす。


バカげた嘘八百。けど、話し上手もあって、令息令嬢たちには大いに受けている。声を上げて笑ったり、突っ込みを入れたりする者さえいる。その話が最高潮に達しようとした時、会場が凍りついた。


どっと憲兵隊が流れ込んで来る。


多くの令息令嬢の間を縫い、ハリスン・パッカー公を先頭にぞくぞくと憲兵隊がカーティス・ゴードンへと向かう。瞬く間にカーティス・ゴードンは囲まれてしまった。


カーティス・ゴードンは何が何だか分からないようだった。パッカー公を大きな声でののしっている。パッカー公はというと、聞く耳を持たない。粛々とカーティス・ゴードンとその息子ジュードを連行し、会場を去った。


憲兵隊の姿が失せると会場は騒然となった。みな、全く意味が分からない。集まって話し合いを始める者。出口に向かって走る者。会場の中を行ったり来たりする者。私たちは隅でそれを見ていた。


「どういうトリックを使ったんだい、君は」


私はふふふっと笑った。


「だから言ったでしょ。殺し屋はハリスン・パッカー公に事情を話して引き渡したって」

「だから、それがなぜこうなるんだって僕は聞いているんだ」


「私たちは慈善事業で貧しい人たちにほどこしをしてた。そこに殺し屋が現れて私たちを襲った。つまり、私たちが命を狙われた。誰に狙われた?」


ああって顔を、アレクシスがした。


「僕はウォルトンで、君はバニスター。貴族殺しは大罪。しかも、殺し屋の雇い主はカーティス・ゴードン。これはただの犯罪ではない。現体制に対する挑戦にも等しい」


「そういうこと」

「だから、憲兵か」


アレクシスの顔は晴れ晴れしかった。あれだけ私をいさめておいて内心は世のことわりに我慢がならなかったのでしょう。まるでたまっていた鬱憤うっぷんがどこかに吹っ飛んで行ったかのようだった。


「君はすばらしい。僕にはもったいない女性だ。僕はずっと君のために生きるよ。そして、君と釣り合いが取れるよう、もっといい男になる」


はぁ? ってなった。この人は一体どういう目でいつも私を見ているのかしら。私が不安になるぐらいあなたはもう十分いい男なんですけど。


アレクシスがそっと私を抱いた。その顔が私の目の前に。


「今夜も君は綺麗だ」


ぷっ、てふいてしまった。あなたこそ、いっつもすっごくかっこいい。


「ソニア、愛している」


私もよ、アレクシス。


私はアレクシスの頬を包むように手で触れた。そして、アレクシスの唇に私の唇を重ねる。私たちは令息令嬢たちの混乱の中、いつまでも唇を交わしていた。






《 了 》



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