ここは私の作った世界
私は作家をしている。
今、私がいるここは異世界……というか、どこぞのよくわからない漂白された世界であり、この世界は何を隠そう私の読者達が争う世界らしい。
……え? よくわからないって?
大丈夫。私もよくわかっていないから。
というのも起きたら私はこの世界にいて、謎の生物に「ここはお前によって生み出された世界。ここにはお前の作品を読んだ読者達が集められ、それぞれ称賛軍とアンチ軍として戦っている。お前は作者として称賛軍に参加し、アンチ軍を倒し、見事この世界を救ってみせよ」と言われたのだ。
聞いても意味がわからないって?
同感だ。説明しててもなお私も意味がわかっていない。
だが、周りにいる人々に声をかけて聞いて見る限り、老若男女問わずたくさんの人々がいるが、みんなの共通点が私の作品を読んでいることであり、少しだけど信じかけている自分もいる。
実際に私が作者だと明かすと、今まで聞いたことのない称賛の嵐で、サインくださいだの握手してくださいだの、あの作品読みました、買いました、新刊楽しみにしてますなどなど、ちょっとこちらが引いてしまうくらいに褒めちぎられてちょっと面映い。
とりあえず話を聞く限り、やはりここに集められたメンバーはみんな私の作品の読者であることは間違いないようだ。
「え、っと……それでどうやってアンチ軍を倒せば……?」
「それが、言葉が武器になるらしくて相手の戦意を削ぐことができれば勝ち判定らしいです」
「うーん。簡単に言えば論破すればいいってこと?」
「さすが先生! 飲み込みが早いですね!! いやぁ、でもまさか先生と一緒に戦えるだなんて……!!」
(アンチ相手に論破するとか、めちゃくちゃ難易度高くね?)
正直、私はさほどメンタルは強くない。
レビューや売上を見て一喜一憂し、称賛レビューよりもぼろくそに書かれたアンチコメばかり気にしてしまう性分だ。
やらなきゃいいのにエゴサーチとかしては、毎回メンタルを病むくらいにはへっぽこメンタル作者である。
そんな私がアンチ相手に論破とかすごいハードル高いし、そもそも直接クレームつけられるとか死ぬくらいにつらいんじゃね? と今からガクブルしてる。
この戦い、戦闘途中で私の命尽きるかも……と思いながら、戦闘へと向かうのであった。
◇
「今日こそ決着をつけてやる!」
「のぞむところだ!!」
いよいよ戦場に来てしまった。
そして絶句する。
(アンチ、多くない……?)
売上そこそこで正直続刊も出させていただいている身分なので言うてそこまでアンチはいないんじゃないかなー? と思っていたが甘かった。目の前にはずらっと並ぶアンチ軍。想像していた以上にたくさんいて、一気に気持ちが萎える。凹む。
こちらの仲間である称賛軍に比べて1.5倍くらいは多いのではなかろうか。……え、マジでつらいんだけど。
「今日はな! こっちには先生ご本人がいらっしゃるんだぞ!! これで俺たちは勝ったも同然だな!」
(やめて、そういうこと言わないで!! てか、私が作者だなんて今ここでバラす!? ちょ、みんなの視線が痛い……!!)
称賛読者さんの言葉に視線が一気にこちらに集まり、私は萎縮してしまう。
つらい。胃がキリキリする。
(みんなこっちを見ないでーー!!)
心の中で叫ぶも、そんな訴えが通用するはずもなく「あのちんちくりんが?」「思ってたよりも年いってる」「うわー、結構ジジイじゃん」などとグサグサと刺さる言葉を投げられ、早くも私の心はオーバーキルされている。
「行きますよ、先生! やつらをギャフンと言わせましょう!!」
「いや、もう既に私は死にかけてるんだけど」
心が折れそうになりながらも、自分の仲間である読者軍たちの瞳を見るとやる気に満ちてキラキラと輝いている。
それを見ると自分の作品を好きな読者軍を裏切れず、なんだか負けてはいけないような気がして、私はもうヤケクソになって身構えた。
こうなれば例えアンチにぼっこぼこにされたとしてもベストを尽くすしかない! と私も覚悟を決める。
「い、いくぞーーーー!!」
「おぉおおおー!!」
◇
まさに熾烈な争いだった。
各々の読者さんたちの想いは強く、一進一退の攻防であった。
アンチ軍は「日下部さんがウザい! 何であの天然ぶってるしたたかな女がヒロインなんだ!」「夏河さんを何で殺したんだ! 夏河さんいなくなったあと誰を推せばいいんだ!!」などと言ったキャラクターについてや、「あの見せ場のシーン、読者の反応をうかがうようにエロを入れるなんてナンセンスだ!」「表現がくどすぎる! もっとわかりやすく書いてくれ!」などの構成や表現方法など次々と痛いダメ出しをしてくる。
一方称賛軍も「日下部さんがいるからこそ、夏河さんの良さが強調されていた!」「夏河さんが殺されたから、主人公は今までのやり方を改めるきっかけになった!」「話のテンポは良くて読みやすい! 笑いや感動の強弱がちょうどいい!!」などと自分の意図を汲んで攻めてくれている。
……エロシーンについて言及がなかったということは、やっぱりあのシーンに関してはよく思ってないのかもしれないが。
「うぉおおおお!」
「はぁあああああ!!」
両者互角の戦いだった。
だが、お互いあと一手足りない、といった状態だ。
(私だって、私だって、こんなやられっぱなしで筆を折るわけには……!!)
読者さんたちのストレートな言葉を浴びて満身創痍でありながらも、アンチとはいえみんなしっかり読み込んでくれていることが嬉しかった。
こんなにもキャラクターを愛し、物語を愛してくれているだなんて、作者冥利に尽きるというものである。
「先生! お願いします!!」
「は、はい!」
「作者だからって俺は意思を曲げねーぞ! この作品は駄作だ!!」
「うるせぇ!! 私は、私は……私が書きたくて書いているんだ! 自分の物語を好きなように書いて何が悪い! 私は私の書いているこの物語が好きだ! そもそも、そんなに私の作品が気に食わないならいっそ自分で書いてみやがれーーーー!!!」
私の思いの丈を叫ぶ。
すると先程まで荒ぶっていたアンチが一気に吹っ飛んだ。
そして先程までいたアンチ軍と称賛軍の読者たちはみんな消え去り、再び謎の生物が現れると「おぉ、ついに世界を救ったか、おめでとう!」と言われて、私の意識はそこで途切れたのだった。
◇
「……と言った夢を見たんですが、どう思います?」
「うーん、先生……疲れてるのでは? エゴサーチは程々になさってくださいね」