8・かつての相棒
二章開始です!
「ハワード。あ〜〜〜〜ん」
クロエが苺のショートケーキが載ったスプーンを、口元に近付けてくる。
俺はじゃっかん照れを感じながらも、それを口に入れた。
「旨い」
「ありがとう。良い苺が手に入ったのよ。ハワードにそう言ってもらえて、わたしも嬉しいわ」
とクロエが顔を綻ばせた。
北部国境線沿いの基地を落としてから。
俺たち《ディアボリック・コア》はしばらく、『待ち』の体制を敷いていた。
本当なら今すぐにでも帝王の首を取りにいきたい。
しかし仲間が揃ったからといって、帝都が陥せるのかと言われると、残念ながら答えはNOだ。
そう簡単に復讐が果たされるなら、仲間が揃わないうちに俺は総攻撃を仕掛けていただろう。
帝国にも強者がいる。
そしてなにより、数においては帝国の方が上。兵の数なら《ディアボリック・コア》の数百倍はいるだろう。
ゆえに俺は慎重になり、軽い小競り合いのようなものを除いては、北部国境線沿いの時のような派手な真似は慎んでいた。
だから今はこうして、クロエと落ち着いた時間を過ごせている。
さらに《ディアボリック・コア》がおとなしくしているのは、もう一つの理由があった。
「失礼します」
そうしていると、執務室に女性が入ってきた。
クロエは彼女を見て顔を顰めるが、文句を言うわけにもいかず、口を閉じていた。
「ベルフェゴールか。調査の方はどうだ?」
「はい……やはり、グレフォード公爵家が怪しいと考えられますね。先日の一件から、周辺の警備を固くしているようです。まるで何者かの襲撃を怖がっているかのように……です」
と彼女──ベルフェゴールは淡々と口にした。
知恵の征服者ベルフェゴール。
《ディアボリック・コア》において四人いる精鋭のうちの一人だ(本来は『人』と数えるのは変かもしれないが、便宜上そう数えさせてもらう)。
彼女の種族はアルカナマンサー。
知恵に長け、魔法の真髄を探究する魔物である。
しかしその見た目はまるで人間のようで、内に秘める膨大な魔力がなければ、清楚なご令嬢にしか見えないだろう。
そのような特徴があるものだから、ベルフェゴールには主に暗躍や調査を任せている。
俺はしばらく前から、彼女にずっとある調査を頼んでいた。
「ようやく尻尾を出したわね。ハワードの相棒、ナイトシェードがそこに……」
「まだいるとは確定していません。しかし非常に可能性は高いかと」
ベルフェゴールは表情一つに答える。
ナイトシェード。
俺が帝国に奪われた、大切なものの一つ。
それを説明するためには、二年前に遡る──。
あれは俺が魔物の研究に手をつけ始めた頃だ。
ひょんなことから、俺は一人の魔物を拾った。
一見、小柄な女児のような容姿。
浮世離れした美しさを秘め、背中から黒色の翼を生やしている。
ダークフェアリーだ。
魔物の中でも屈指の実力を誇る。
妖精は比較的人間に友好的だが、ダークフェアリーは違う。
人に害をなす存在だ。
ゆえに人間に殺されそうになっていたダークフェアリーを不憫に思い、俺は王宮に連れ帰った。
彼女はナイトシェードと名乗った。
初めのうちは彼女と何度か衝突したが……時間が過ぎるにつれ、仲を縮めていった。
『ハワードは他の人間と違うのじゃな。ダークフェアリーである我とも、分け隔てなく接してくれる』
彼女が心を開き、俺にそう言ってくれたことはつい昨日のことのように思い出せる。
いつしか、俺はナイトシェードに自分の背中を任せるようになっていた。
友人とも恋人とも違う。
相棒。
魔物でありながら、俺はナイトシェードとそんな関係を築けるようになっていた。
しかしある日、悲劇が訪れる。
俺の不在を見計らって、帝国の連中がナイトシェードを捕らえたのだ。
彼女を返すように要求した俺に向かって、帝王はこう告げた。
『ダークフェアリーと仲良くするというのは、なんとも穢らわしい。あのダークフェアリーは実験動物として使ってやる。安心しろ、殺しはせん。殺すよりも耐え難い苦痛を経験することになるだろうがな』
憎悪と怒りに囚われ、俺はそのまま帝王を殺そうとした。
だが、あの時の俺は今より弱かった。
周りの近衛騎士や六聖刃に阻まれ、結局俺とナイトシェードは離れ離れにさせられてしまったのだ。
「本格的に侵攻を始める前に、まずはナイトシェードを救い出さなければならない」
何故なら、俺たち《ディアボリック・コア》がもっと台頭してしまったら、帝王は焦ってナイトシェードを殺してしまう可能性があったからだ。
「本当にナイトシェードは、まだ生きているのかしら?」
「ダークフェアリーは貴重な魔物だ。ヤツらは実験動物として使うと言っていた。そう簡単に殺すとは考えにくい」
しかし俺の考えは薄氷の上を歩くようなものだ。
ちょっとでも情勢が変われば、ナイトシェードに死の危険が迫るだろう。
「北部国境線沿いの基地を派手に陥したのも、帝国の動きを見るためだったわね」
「そうだ」
もちろん、今までもずっとナイトシェードの行方は探っていた。しかしなかなか見つけ出すまでには至っていなかった。
しかしヤツらは北部国境線沿いを陥されたことによって、焦って動いてしまったのだ。
それがいずれ致命傷になることも知らずに。
「グレフォード公爵家か……帝都から少し離れた街にいる有力貴族だったよな?」
「はい」
俺の質問に、ベルフェゴールがそう返事をする。
「そこまで掴めれば十分だ。ここからは俺が動く」
と席を立つ。
ヤツらになるべく勘付かれないように、グレフォード公爵家を探る。
仮にナイトシェードがそこで囚われているとするなら、俺の手で救い出すのだ。
「ハワード様。あなた一人にはさせていられません。護衛として僕が付いていきます」
「いえ、あなたよりこのわたし……クロエの方が適任だわ。ハワード、わたしを連れてって」
競うように、ベルフェゴールとクロエが身を寄せてくる。
二人とも、見た目は美少女だ。
そんな二人から言い寄られるのは、男として悪い気にはならない。
「そうだな……俺一人でも十分だが、クロエに付いてきてもらおうか」
「なっ……!」
ベルフェゴールが愕然として口を開く。
「ど、どうして僕ではダメなのですか!? クロエなんかより、僕の方が数倍も強いのに!」
「それがダメなんだ。お前は強すぎる。大丈夫だと思うが、グレフォード公爵が警戒して引っ込んでしまうかもしれないだろうが」
今回は以前とは違い、慎重に動かなければならない。なにせ、かつての相棒の命がかかっているのだ。
「ふふん♪ やはり、ハワードから寵愛を一身に受けるのはこのわたし。あなたは、このアジトでおとなしくしてなさい」
「くっ……!」
勝ち誇った表情のクロエ。
一方、ベルフェゴールは悔しさで顔を歪ませた。
「ハワード様! せめて、この僕にお土産を買ってきてください! ハワード様が直々に選んだお土産を!」
「分かった分かった」
適当に返事をする。
遊びにいくわけじゃないんだけどな……。
まあ、ベルフェゴールもそれを分かったうえで、半分冗談で言ってるだけだと思うが。
「じゃあ行くぞ。俺の相棒を取り戻しにいくぞ」
なくしたものはもう二度と元には戻らない。
しかし奪われたものは、取り戻すことが出来る。
俺が歩き出すと、クロエも黙って後から付いてきた。