7・化けの皮がはがれた皇子(ギデオン視点)
《ギデオン視点》
一方の第五皇子ギデオンは、帝都に戻ってきていた。
「陛下! このギデオン、ただいま戻ってまいりました!」
玉座の間にて、帝王の前に立つギデオン。
華々しく迎え入れられると思ったが……当の帝王は、どうやら機嫌が悪い。
「よくぞ無事に帰った。褒めてつかわすぞ、ギデオン」
「恐縮です。そんなことより……なにやら、帝都が慌ただしいようですが? なにかあったのですか?」
「なにかあった……だと?」
眉間に皺を寄せる帝王。
帝王の不機嫌そうな姿に、ギデオンは思わず肩を震わせた。
「お前は知らないのか? 先日、北部国境線沿いが魔物に襲撃された」
「な、なんですと!?」
ギデオンは驚きに目を見開く。
この国は、まだ情報の流通性という面では拙い。帝都にずっといるならともかく、旅をしながら帰ってきたギデオンにとっては初耳なことであった。
「し、しかし、北部国境線沿いには第二騎士団長がいたはずです。確か名前は……」
「テオだ」
「そうです、テオです。私にも劣らない猛者だと聞いています。彼がいたなら、魔物の襲撃も返り討ちに出来たのでは?」
「こちらもそう思っていた。しかしとんだ計算違いだ。襲撃した魔物の数は多く、第二騎士団では対処出来なかった。ほとんどの騎士は死に、命からがら逃げられた者も、全員再起不能の傷を負っている」
「そんな……」
愕然とするギデオン。
しかしそれだけで、帝王が不機嫌を自分にぶつけてくることは違和感だった。なにせ自分の失態ではないのだから。
ギデオンが疑問に思っていると、帝王は鋭い眼光を彼に向けた。
「そして……魔物の中には吸血鬼の姿もあった」
「きゅ、吸血鬼……?」
「今回の遠征で、お前は確か吸血鬼を討伐しにいったのではないか? まさか仕留め損なったと?」
なるほど。これが帝王の不機嫌の理由か。
そう考えたギデオンは慌てて、持参していた袋を掲げる。
「そ、そんなことはありません! 私は吸血鬼を殺しました!」
「なら、どうして北部国境線沿いで吸血鬼が現れる! 目撃情報によると、お前が倒しにいった吸血鬼の特徴と合致している。殺したと思い込んでいただけでは……?」
「違います! 現に証拠が──」
とギデオンは口を動かし、袋の中身を確認して言葉を失う。
そこには吸血鬼の首が入っているはずだった。
だが、あったのはどこからどう見てもゴブリンの首であった。
「あれ、あれ……?」
「どうした。その袋の中に証拠があるのか? 近衛騎士よ、ギデオンが持っている袋の中身を確認しろ」
帝王の傍に控えていた近衛騎士が、ギデオンに近寄る。
彼は抵抗しようとしたが、見せなければ余計に怪しまれるだけだろう。
ゆえに彼は諦め、袋の中身を兵士に見せた。
「ゴ、ゴブリンの首です!」
「ほお……? お前はわざわざ、最弱の魔物と名高いゴブリンの首を玉座の間に持ち込んで、なにを考えている?」
「こ、これはなにかの間違いです! 私は確かに吸血鬼の首を持ってきました! そ、そうです……他のものと間違っただけで……」
嘘だ。
そんなものと間違うはずがない。そもそもゴブリンの首など、わざわざ持ち歩くはずがなかった。
「黙れ!!」
帝王が玉座の肘掛けに拳を落とす。
鈍い音が玉座の間に響き渡った。
「言い訳など聞きたくないわ! 大方、吸血鬼を仕留め損なったんだろう。ゆえに北部国境線沿いで吸血鬼が現れた。お前の評価を改める必要があるようだな」
「へ、陛下! 私の話を聞いてください!」
「黙れと言ったのが聞こえなかったのか? ……まあ今回の件はいい。北部国境線沿いの失態については、お前だけの責任ではないしな。それはともかく、ギデオンよ。ハワードはどうした? ヤツの姿が見えないようだが……」
帝王は辺りに視線を彷徨わせる。
ギデオンは深呼吸をし落ち着いてから、こう答えた。
「はい。ハワードなら追放しました」
「追放……しただと?」
「ハワードは魔物を前にしたら、逃げることしか出来ない臆病者です。明らかに私たちの足を引っ張っていました。追放は当然のことかと?」
「ならば、ハワードはどこに行った?」
「さあ……今頃、野垂れ死んでいるんじゃないでしょうか」
とギデオンは肩をすくめる。
ハワードの追放は当然のことだったし、なんなら無駄飯食らいが一人減って帝王も喜んでくれると思ったのだ。
しかし──今日一番の怒りの雷が落ちる。
「こんのバカものがああああああああああ!」
喉が張り裂けんばかりの帝王の叫び。
「え、え?」
一瞬、ギデオンはなにが起こっているのか分からなかった。
「どうしてハワードを追放する!? お前はバカか!? だから吸血鬼ごときを仕留め損ねるのだ!」
「な、なにをお怒りになられているのですか、陛下。ハワードは宮廷魔導士でありながら、魔物の研究にも手を染めている変人。陛下がハワードを私のパーティーに加えたのかすら、私には分かりません。それがどうして吸血鬼の話に繋がるのですか?」
「はあ……お前は本当にバカだな」
頭を押さえ、溜め息を吐く帝王。
「こうなったから言うが……ヤツは間違いなく、魔導士として天才だ」
「は、はい?」
「ヤツがその気になれば、その経歴を提げて他国に亡命することも可能だっただろう。ゆえに儂はヤツの大切なものを全て奪った。そうすれば、ヤツは生きる気力をなくし、帝国にとって都合の良い人材になってくれると思ったからだ。
実際、ヤツはバカだった。大切な人を殺されてなお、帝国にい続けた。それはきっと『帝国に逆らえば、また大切なものをなくしてしまうかもしれない』と思っていたからだろう。そうして儂はハワードを帝国に縛り付けていたのだ」
本当のところ──ハワードが帝国にい続けたのは、復讐するために牙を研いでいたためだ。
そのことも知らない帝王は、ハワードは帝国に対する恐怖のせいで、この国から動けないと思い込んでいた。
……ということは帝王はもちろん、ギデオンも知らない。
「ヤ、ヤツが天才ですと!? そんなわけありません。現にあいつは魔物と戦わずに逃げ回って……」
「お前ともう話しとうない。このまま実績を重ねれば、お前に王位を継がせることも視野に入れていた。しかしこれだけ失態を重ねれば、もう挽回は不可能。お前から……王位継承権を剥奪する!!」
「ま、待ってください、陛下! 考え直してください! 私は王位を継ぐために、今まで頑張ってきて……」
「連れていけ」
帝国が顎で指示を出すと、近衛騎士たちが一斉にギデオンを取り囲む。
今度こそ彼は必死に抵抗し、帝王に申し開きをしようと思ったが……近衛騎士を振り払うことが出来なかった。
「陛下! 陛下! 陛下! お許しを! 私めに挽回のチャンスを!」
ギデオンの惨めな声は、しばらく玉座の間に響き渡っていた。
ギデオンがいなくなってから。
「あのバカものが……」
帝王は頭を抱えていた。
「まずはハワードの捜索だな。なんとしてでも連れ戻してこい。そしてグレフォード公爵にも連絡を取れ。ヤツの制御が効かなくなった以上、あれを取り戻そうとする算段が高い」
「はっ!」
返事をし、近衛騎士が急足で玉座の間を後にする。
帝王は背もたれに体重を預け、物思いにふけていると。
「楽しいショーを見させてもらいましたぜ、陛下」
そう言って、柱の影から一人の女性が姿を現した。
「リーナか。いつからそこで見ておった?」
「陛下が怒鳴り声を上げたくらいから」
「ふむ……勝手に玉座の間に忍び込んだことは重罪だが、今はそうも言ってられん。今すぐグレフォード公爵の館に向かえ。なにかあっても、いいようにな」
「そう言われると思ってましたよ。久しぶりに楽しそうな仕事だ」
とリーナが煙のように姿を消す。
「六聖刃の六刃、リーナ。ヤツであれば、ハワードとて簡単に手出し出来ないだろう」
帝王の呟き声は誰にも聞かれることはなく、虚空に消えた。
一章終わりです!
ハワードの復讐劇はまだまだ始まったばかりです。
「更新がんばれ!」
「続きも読む!」
「二章も楽しみ!」
と思ってくださったら、
下記にある広告下の【☆☆☆☆☆】で評価していただけますと、執筆の励みになります!
よろしくお願いいたします!