34・俺たちは一人じゃない
「来おったな」
死霊の王モルタスがそう声を発する。
「ハワード様の言う通りになったねー」
「ハワード様はいつも正しいことを言う」
「随分、賑やかになりましたね」
リリス、アザゼル、ベルフェゴールの三人も揃って口にした。
彼女らが見上げる先には、四体の黒い塊。
黒い塊は悪意を撒き散らし、国中に散り散りとなって別れていった。
手に余る脅威を、人は時に『災厄』と呼ぶ。
あの黒い塊はまさしくそうだ。今、あの災厄に対応出来る者は世界にいないだろう。
たった一つの組織を除いては。
「さあ、やりましょうか」
ベルフェゴールが視線を鋭くする。
「どうして、貴様に命令されなければならぬ!」
「ベルフェゴールが仕切るのは、ちょっと気になるかな」
アザゼルとモルタスは不満そうだ。
「まあまあ。ハワード様も言ってたじゃん! 『きっと、ギデオンは奥の手を残している。その時、お前らで力を合わせて戦ってくれ』……って。ベルフェゴールが仕切ってるみたいになってるけど、元はと言えばこれもハワード様の命令なんだから!」
そんな彼女たちを、リリスが宥める。
それに対して、まだアザゼルとモルタスはじゃっかん不服に思っているような表情。
だが、『ハワード様』という自らが敬愛し忠誠を誓う主の名を出されたら、黙らざるを得ない。
「みんなで目にもの言わせよう! あの黒い塊はちょっと強いみたいだけど、所詮は私たちの敵じゃないよ!」
リリスの明るい声が響く。
「分かった。じゃあ行ってくる」
まずその場からいなくなったのは、アザゼルだ。
暗黒竜である彼女は人の姿を解いて、漆黒の翼をはためかせて上空に羽ばたいていった。
「我がアンデッド軍団に敵はない! 我が一番の戦果を上げて、ハワード様からお褒めの言葉を預かろう!」
モルタスは自らが率いるアンデッド集団と共に、ハワードが開発した転移玉を発動する。
「あっ、みんな行っちゃった。私も行くね! ベルちゃんも負けちゃ、ダメだよ!」
「負ける? 誰に言っているんですか。ハワード様以外に、私は誰にも負けませんよ。それから……ずっと前から言っていますが、その『ベルちゃん』という呼び方はやめなさい。ハワード様ならともかく、あなたに言われるのは不快で……」
ベルフェゴールが全てを言い終わらないうちに、疾風のごとくリリスは走り去ってしまった。
溜め息を吐くベルフェゴール。
「全く……リリスは相変わらず話を聞きませんね」
そう言って、ベルフェゴールは再度空を見上げる。
ハワードが事前に予想した通りなら、あれはギデオンの分裂した魂だという。
強敵だ。リリスたちの前では虚勢を張ったものの、今の自分では勝てないだろう。
しかしなにも問題はない。
「私は一人ではありません」
ベルフェゴールは内なる魔力を高める。
──私たちは一人ではない。
一人で知識の海に引きこもっていた頃。
ハワードはそんな彼女の手を取ってくれた。
仲間を引き連れて、ベルフェゴールはいざ災厄に立ち向かう。
彼女たちの名は──《ディアボリック・コア》といった。
◆ ◆
希望の丘に来る前。
ギデオンの裏にレイナの存在がいることに、俺は気付いていた。
ならば思うのだ。
レイナがあんな失敗作ごときを、俺に差し向けてくるわけがない。
いくら究極魔法で強化しようとも、ギデオンでは俺に勝てないことはレイナだって分かっていただろう。
ゆえに奥の手を用意している。そう考えた。
《ディアボリック・コア》の精鋭たちを全員引き連れて、決戦の地に赴くことも出来た。
だが、あえてアザゼル、リリス、ベルフェゴール、モルタス──《ディアボリック・コア》最強の彼女たちを奈落の洞窟で待機させたのは、こういう可能性があることを考えていたからだ。
「他の四体はあいつらに任せておけば十分だ」
俺はクロエとナイトシェードにそう告げる。
「だから俺たちは残った一体を片付けよう。手伝ってくれるか?」
「うん、もちろんよ。私の命はハワードと共にあるんだから」
「仲間というものはいいものじゃのお。こんな経験は初めてかもしれぬ」
対して、クロエとナイトシェードは嬉しそうに笑った。
希望の丘に一体の黒い塊が落ちてくる。
ギデオンの魂の破片だ。
空へと飛び上がり、大気中の魔力を取り込むことによって、力がさらに膨らんでいた。
「久しぶりに本気を出せる。お礼に最大級の魔法をお見舞いしてやろう」
そう言って、俺は丁寧に魔法を紡いでいく。
──俺は一人だった。
それをギデオンの破片が許してくれるわけもなく、魔法を放ってくる。
「させないわよ」
「観客はおとなしくしておくのじゃ」
だが、クロエとナイトシェードが結界魔法を張り、攻撃から身を守ってくれる。
そのおかげで、俺は魔法を展開することに集中出来ていた。
──しかし仲間が出来た。守るべき仲間だ。
帝国に色々なものを奪われた。
取り返したものもいれば、もう二度と戻らないものもある。
ならば俺は『今』を大切にしよう。
それが弱かった頃の俺に対する贖罪だ。
「終焉の聖裁」
終焉の扉が開く。
夜よりも濃く、常闇より深い黒。
それはギデオンの破片を飲み込み、虚空へと連れ去ろうとした。
『オオオオオオオオオオ──!』
心臓を直接震わせてくる冥府の悲鳴が、希望の丘に響き渡る。
しかし悲しいかな。
魔王では真の闇には届かない。
一人ぼっちの絶叫を上げて、その寂しい欠片は消滅したのであった。
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