32・ギデオンとの対峙
「予想通り、一人で来なかったな。僕と一対一で決着を着けるのが怖かったのか? やはりお前は臆病者だ」
と仲間を引き連れてやってきた俺に対して、ギデオンが嘲笑する。
しかしそこには焦りはない。
彼にとって、この状況は予想通りなんだろう。
「この……っ! クズ皇子が」
「この期に及んで、お主はまだハワードを罵るのか。どうしようもないほど愚かじゃな」
クロエとナイトシェードが、今にもギデオンに襲いかかろうとするくらい、表情に怒りを滲ませる。
俺は二人を手で制しながら、ギデオンを観察する。
第五皇子ギデオン:レベル300
俺と一緒にいた時のギデオンは、せいぜいレベル20といったところだった。
だが、今は300。しかもまだまだレベルが上昇していく。果たして、どこまでいくんだろうな。
普通、どれだけ強化魔法を施したとしても、ここまでのレベル上昇は有り得ない。
俺の使う忠誠魔法だって一緒だ。レベルの上昇には限界があるのだ。
今までの戦いの歴史をぶっ壊すような所業。そんなことが出来る人間は、俺が知る限り一人しかいない。
俺の中で確信が深まっていく。
「どうした? 僕を前に、恐れ慄いているのか? 臆病者らしい反応だ」
「うむ……確かに、俺は臆病者かもしれぬ。俺一人じゃ、ここまで至ることが出来なかったからな」
「よく分かってるじゃないか」
ニヤリとギデオンが口角を吊り上げる。
「だが──代わりに俺には素晴らしい仲間がたくさんいる。彼ら・彼女らのためなら、俺は命をかけてもいい。だから俺は一人で決着を着けようとせず、こうして仲間と一緒に来たわけだ。対して、お前は一人だ」
それが俺とギデオンの差。
俺は信頼が出来る仲間がいた。
一方、ギデオンにはそんな仲間がいなかった。王位継承権はあるものの、序列は下の方。王宮では疎まれ、時には暗殺されそうになった時もあった。
そんな彼にとって、信頼というのは縁がない言葉だった。
今まで考えたこともなかったのだろう。
「これは悲劇でもあり、同時に喜劇だ。仲間を作れなかったお前が、俺のことを罵っているのだからな。側から見たら、果たしてどちらの方が可哀想なんだろうか」
俺が挑発すると、今度はギデオンが怒りを膨らませた。
彼はゆっくりと腰の剣に手をやる。
「ふんっ、ここまで愚かだと笑いたくなるね。やはり、言葉でお前を説き伏せることは出来ないようだ。何故なら、臆病者であるお前は辛い言葉から逃げてしまうからだ。実力の差で分からせてやろう」
刹那──。
ギデオンが目の前から消失する。
「今までの僕と同じだと思うなよ?」
そんな言葉が聞こえたかと思うと、ギデオンは俺の懐に入り込んでいた。
俺はすぐさま魔剣を錬成し、彼の攻撃を受け止める。
ドゴォォオオオオオン!
ただそれだけだというのに、俺たちを中心に衝撃波が発する。
弩級の力の衝突は、鍔迫り合いさえ許してくれないということか。
「同じだとは思っていなかったさ。少しは楽しませてくれよ」
と俺は彼から距離を取り、魔剣魔法黒の刃を発動。
ギデオンとの戦いが本格的に始まった。
「ハワード! 加勢するわ!」
「我らで魔王を倒すのじゃ!」
すぐさまクロエとナイトシェードが、俺の動きに合わせてくれる。
「僕は勇者になったんだ! だから、こういうことも出来る!」
ギデオンが魔力を溜める。
放ち、業炎が希望の丘を焼いた。
「焔神の煌炎 か」
究極魔法の一つだ。
灼熱の炎は大地を焼き、焔神が通過した後は草一つ残らないと言われる。
俺は結界魔法を張り、ギデオンの攻撃を無効化する。
「まだまだ僕はこんなもんじゃないぞおおおおお! 僕は強いんだあああああ!」
ギデオンは手を休まず、次から次へと極大の魔法を発動する。
極氷創世 。
雷電破斬 。
地獄崩落 。
全て究極魔法だ。
さながら、究極魔法のサーカスである。
辺りは七色の魔力が吹き荒れ、並の人間なら立っていることすら不可能。
そして一発放てば街一つを壊滅させるまでに至る究極魔法を、ここまで連発してもギデオンの魔力は枯れる気配すらない。
ギデオンのレベルがさらに上昇していく。既に350は超えている。人の身で、ナイトシェードと同格まで昇り詰めた。
「ほほお、なかなかやるじゃないか!」
「なにを笑っている!?」
予想以上にギデオンが強く、俺はつい笑ってしまっていたようだ。
「だが……気付かないのか? 貴様の体は悲鳴を上げているぞ」
実際、どれだけ外部から魔力を流し込んで体を強化しようとも、『ギデオン』という器は変わらない。
今はそれを無理やり広げて、魔力を詰め込んでいるような状態だ。
右手を上げるだけで、ギデオンの右腕の骨が折れる。
だが、即座に治癒魔法で回復していった。おそらく、無意識にやっていることだろう。痛覚も遮断しているのか、彼の動きは少したりとも鈍らない。
こんなに無茶苦茶な体の使い方をしていれば、いつか壊れる。
この戦いが終わるまで、ギデオンの体が保てばいい──彼に魔法を施した人物の思惑が、透けて見えるようだった。
「ははは! 僕の強さに嫉妬しているのかい? 辛いことから逃げ続けた君では、到底辿り着けない境地だ!」
「はあ……言っても、分からないか」
説得など無意味なことは分かっている。
たとえギデオンが改心したとしても、俺は戦うのをやめない。
何故なら帝国に復讐を果たすまで、俺は止まらないと決めていたからだ。
だが、ここまで愚かなギデオンを見ていると……思わず溜め息を吐いてしまった。
「ハワード!」
「後ろなのじゃ!」
俺が辟易としていると、クロエとナイトシェードの声。
彼女たちは俺の背中目掛けて放たれた魔法の一撃を、当たる寸前のところで相殺する。
「助かったぞ、二人とも」
クロエとナイトシェードがここにいてくれるから、俺は安心して戦える。
「ちっ……鬱陶しいな」
そんな俺たちの様子を見て、ギデオンが舌打ちをする。
「ちょっとは恥ずかしいとは思わないのか? その雑魚の魔族とダークフェアリーがいなかったら、既にお前は五回は死んでるぞ?」
「恥ずかしい? どうして、そう思わないといけない。俺は誇らしいよ」
こんなに素晴らしい仲間を持つことが出来て──。
やっぱり、彼女の言ったことに間違いはなかった。
こうして人外の戦いに身を置けるのは、仲間の存在があったからだ。
「僕はお前のその表情が気に入らないんだああああああ! なに余裕ぶっているううううう! その仮面を剥がしてやるよおおお!」
ギデオンが絶叫する。
「まずはその仲間から、殺してやろう。そうした方がお前により濃い絶望を味合わせることが出来るからね」
良いことを思い付いたと言わんばかりに。
ギデオンが醜悪に顔を歪ませ、手をかざす。
「空裂疾風!!!」
無数の風の刃が、クロエとナイトシェードの二人に殺到する。
音速を超えた攻撃に、二人は反応すら出来ていなかった。
だが。
「お前は判断を誤った」
ここには俺がいる。
結界魔法でクロエとナイトシェードを守り──同時、俺はある一つ魔法を紡いでいた。
「俺一人を狙うなら、もう少し遊んでやってもよかった。気になることもあったからな。だが……俺の仲間を狙うなら別だ」
俺の後ろには守るべきものがいる。
そいつらに手をかけられようとするならば、俺は手を伸ばして、勇者の奇跡でも魔王の惨劇でも防いでみせよう。
俺はそっと口づけをするように、魔法の名を告げ地獄の扉を開く。
「魔界雷神砲」




