31・仲間を作りなさい
『君は一人じゃダメだ。仲間を作りなさい』
昔。
帝国に復讐を決めてから──俺はさらなる力を求めた。
このままじゃ、強敵である帝国に敵わないと思っていたからだ。
そんな時、俺は彼女に出会った。
彼女はレイナといった。
素性も知れない女性ではあったが、レイナは魔導士として規格外の力を持っていた。
そんな彼女を俺は師として仰いだ。
レイナからは色々なことを学んだ。
魔法の真髄……戦い方……そして生き方まで。
そして彼女は常々、俺に「仲間を作れ」と言っていた。
『俺一人じゃ、どれだけ頑張っても帝国には勝てないということですか?』
俺はレイナにそう質問する。
『うん、そういうことだね。君が復讐しようとしている帝国は、底知れぬ強さを持っている。騎士団長や六聖刃以外も、帝国には化け物がうじゃうじゃいる』
『そんな……』
『しかし勘違いしないでほしい。君の力は、帝国どころか世界を滅ぼすことすら出来る強大だ。なにも君がまだまだ弱いから、帝国に勝てないと言っているわけではない』
『それならどうして──』
続く言葉を紡ごうとした俺を、レイナは優しく撫でてくれる。
『泣きそうな顔をしないでくれ。君が帝国に対して、並々ならぬ憎悪を抱えていることは知っている。しかし君は優しすぎるんだ』
そう言って、レイナは微笑む。
まるで別れ際のように。
『君一人じゃ、どこかで壁にぶち当たる。だが、そんな時も仲間と一緒なら乗り越えることが出来るだろう。何故なら、君は一人より仲間と共にいた時の方が強い。そういう人種なんだ』
『……言っていることはいまいち理解しかねますが──分かりました。ならば、俺にはやっぱり師匠が必要です。師匠、俺と一緒に帝国を打ち破りましょう』
『ふっ。そう言ってくれることは嬉しい。だが……私はきっと君の敵に──』
レイナはそこまで言って、首を左右に振る。
『いや、まだこれは未来の話だ。そうだね。君の仲間として共に戦うことが出来れば、楽しいだろうね』
『師匠と俺がいれば、向かうところ敵なしですよ。きっと楽しい風景を師匠に見せることが出来ます』
『そうだね。だけど一方でこう考えるんだ。君と本気で戦い合うことが出来れば、それ以上の楽しさを──』
そう語るレイナの表情は、どこか寂しげであった。
◆ ◆
希望の丘。
そこはそう呼ばれている。
最も知れ渡った英雄譚では、希望の丘は勇者が魔王を打ち破った聖地だといわれている。
しかし希望の丘に至るまでの森林は、人が滅多に立ち入らない場所だ。小道すらもなく、進むには草木を掻き分けて進む必要がある。
それはさながら、自然が人間を試しているかのようであった。
生半可な覚悟では、聖地に辿り着くことすら出来ない。
俺たちはギデオンと決着を着けるため、希望の丘に至るまでの道をゆっくり進んでいった。
「本当にわたしたちがいて、よかったのかしら?」
彼女──クロエが俺に疑問を投げる。
「どういうことだ?」
「だって、あのクソ皇子は言ってたじゃない。『一人で来い』って。あいつの言うことを聞く必要はないと思うけど、本当によかったのかしら……って」
「はっ!」
クロエがそんなことを言い出すとは思わず、俺はつい吹き出してしまった。
「そもそもギデオンだって、俺が馬鹿正直に一人で来るとは思っていないさ。あいつは俺を馬鹿にしたいだけだ」
「馬鹿にしたいだけ……?」
「ああ。俺はギデオンに『臆病者』と呼ばれていたからな。仲間と一緒に行動する俺を見て、腹を抱えて笑いたいだけに違いない」
趣味の悪い話だ。
しかし実際、この森に入った時点で、ギデオンは俺以外に魔族の反応があることは分かっているだろう。
それなのに、なにも仕掛けてこないのが良い例だ。
あいつはただ、俺を貶めたいだけ。
「そうじゃ、そうじゃ。ヤツはハワードと違って、器の小さい人間じゃからな。どうせ、ろくでもないことを考えているに決まっている」
そう言うのはナイトシェード。
俺はギデオンと戦うために、クロエとナイトシェードと共に希望の丘に向かうことにした。
彼女たちが《ディアボリック・コア》の中で、最も信頼の置ける二人であったからだ。
なにも他の連中が信頼出来ないという話ではない。この辺りは付き合いの長さであったり、俺のことをよく知ってくれているかという話になってくる。
「そうだな。それに俺は一人じゃ、ダメなんだ。お前たちがいないと、なにも出来ない無能さ」
「ハワードが無能って? 面白いことを言うわね」
「笑わせるな。我々の中で、誰よりも強いというのに」
俺の言ったことが冗談だと思ったのか、クロエとナイトシェードが笑う。
しかし俺は仲間を集め、帝国に復讐を果たそうとした過程で、いかに無力だったかを知った。
ここまでやってこれたのはクロエとナイトシェードを含め、仲間たちのおかげだ。
彼女の言っていたことは、間違いでなかったのだ。
「希望の丘か……」
この森の中を歩いていたら、否応がなしに昔のことを思い出してしまう。
ここは俺が昔、彼女と共に過ごした場所だ。
宮廷魔導士として帝国に尻尾を振りつつ、密かに牙を研ぐためには、人が滅多に立ち入らないこの場所は最適だった。
ギデオンの裏には、彼女の影が見え隠れしている。
俺が無敵の軍団を作り上げた時、奈落の洞窟をアジトにすることをアドバイスしたのも彼女だったし……。
『あの丘』と言ったら、希望の丘で間違いないだろう。
そうでないと、わざわざ俺にしか分からない場所を、ギデオンが告げるはずがない。
「……? どうしたの、ハワード。なにか気になることでも?」
考え込んでいる俺の顔を、クロエが心配そうに覗き込む。
「いや……なんでもない。昔のことを思い出していた」
「昔のこと?」
「なんにせよ、お前たち二人にはいつも助かっている。今回も俺を助けてくれ。これが終われば、いくらでも撫で撫でしてやるから」
彼女のことを問いただされるのが嫌だったので、俺はわざとそうやって話題を逸らす。
すると二人は嬉しそうな顔で、
「ふふふっ、だったら頑張らないといけないわね。助けてもらっているのは、いつもわたしたちの方だけど……ハワードったら、たまに抜けてるところがあるし」
「ハワードに救い出されてから、あまり落ち着いた時間が取れなかったからな。早くあのクソ皇子をぶっ飛ばして、ハワードの撫で撫でにありつくのじゃ」
そう言って、両隣から俺の腕をぎゅっと抱いた。
かわいい。
こうして二人の温かみを感じていたら、また別の未来を夢想してしまう。
それは平和な世の中で、殺し合いなど物騒なことをせずに、二人と楽しく暮らしている未来だ。
後悔はない。
だが、時折彼女たちをこうして戦いの場に身を投じさせてしまったことに、罪悪感を抱く。
元はといえば、全て帝国が悪い……とも考えられるが、彼女たちには幸せな時を過ごしてほしかった。
それをぶち壊した帝国にあらためて怒りを感じ、これからの戦いに必ず勝利しなければならないと決意するのであった。
「着いたぞ」
そうこうしていたら、あっという間に希望の丘に着いた。
不思議なことに、希望の丘の周辺には草木が一つも生えていない。俺が彼女と一緒にいた時から、ここはなにも変わっていなかった。
上は曇り空。
そのせいなのか、場には不気味すら漂っていた。
そしてその場所に……。
「やっと来たか、ハワード。待ちくたびれたぜ」
彼。
第五皇子ギデオンは不遜な態度で立っていた。




