30・偽りの勇者を丁重に出迎えてみた
奈落の洞窟には『玉座の間』と呼ばれるものがある。
装飾は禍々しいものではあるが、帝国の王城をイメージにした部屋である。
帝王とは違って人を招くわけではないので、こんなものは必要ない。
そう断ったのだが、クロエを筆頭にして《ディアボリック・コア》のメンバーたちがこう進言してきた。
『ハワードはわたしたちの王! 王として、ふさわしい場所が必要だわ。それに……玉座に座っているハワードも凛々しくて、カッコよさそうだし……あっ、決してわたしたちがハワードのカッコいい姿を見たかっただけじゃないから』
……と。
やっぱり必要ない気はしたが、彼女たちがこうしてなにかを提案してくれるのは珍しい。
だから俺も否定せずに、彼女たちの好きなようにさせていた。
そしてクロエたちは最後にこうも言った。
『もしかしたら、誰か来るかもしれないじゃない? 《ディアボリック・コア》の敵がね』
まさかそれが彼になるとは思っていなかったが……人生というのは、どこでどう繋がっているか分からないものだ。
「ギデオンよ、よくぞ我が根城に来たな。歓迎するぞ」
玉座の間に足を踏み入れた第五皇子ギデオンに、俺はそう告げた。
「ふんっ。勇者を迎え入れるとしては及第点だな。お前だけで十分だったが……周りのお仲間さんも殺気立っていて、非常に良い気分だ」
とギデオンは周りを見渡しながら、余裕げに笑う。
今、この場にいるのは俺とクロエ。
そして暗黒竜アザゼル、幻影の獣姫リリス、知恵の征服者ベルフェゴール、死霊の王モルタス。
さらにはナイトシェード。
《ディアボリック・コア》の選りすぐりの精鋭たちだ。
彼女らはギデオンをいつでも殺せるように気を張り詰めている。しかし俺が「良いと言うまで動くな」と命令に従って、ぐっと我慢しているようだった。
「それで……だ。なんの用だ? まさか今更、パーティーに戻ってきてくれと言うつもりはないよな?」
とはいえ、ギデオンを中心として魔物の討伐パーティーは、自然消滅してしまったことは既に報告を受けている。
だから俺がこうして質問したのは、彼の出どころを探るためだ。
ギデオンは「はんっ!」と笑い、こう口を動かす。
「お前はバカか? どうして、勇者である僕が魔王を仲間に引き入れなければならない?」
「なら、どうして来たんだ?」
「魔王ハワード──お前を討伐するためだ」
その瞬間。
殺気が爆発する。
すぐにでもクロエたちがギデオンの命を狩ろうとしていたが、俺はそれを手で制した。
「ほほお? 貴様ごときが俺を討伐か。そもそも自分のことを勇者と言っているのも、気に食わん。なんちゃって勇者の貴様が、俺に勝てると思ってるのか?」
「なら試してみるか?」
とギデオンは剣を抜くふりをする。
それを見てもなお、俺は動かない。
「……戦うつもりはないのか?」
「貴様こそ、それは戦うポーズだろ? ここで刃を構えるほど、愚かではなさそうだ」
そう言うと、ギデオンは殺気を抑え、やれやれと言わんばかりに肩をすくめた。
「その通りだ。ここは邪魔が多い。勇者と魔王の対決は一対一がふさわしい。ここは変な魔力が充満しているせいで、さっきから臭くてしょうがないしね」
「まどろっこしい。結論から言え」
「あの丘の上で待っている」
それを聞き、無意識で肩がびくんっと上下に跳ねてしまった。
やはりこいつには……。
考えていると、ギデオンの背後に転移門が現れた。
「一応言っておくが、お前一人で来い。そこが僕たちの最終決戦の場だ」
最後にそう言い残し、ギデオンが転移門の中に入っていこうとする。
なるほど……今日はそのことを伝えにきただけか。
こいつは昔から、シチュエーションにこだわる男だった。英雄譚の勇者に憧れているからだろう。
パーティーにいる頃は、俺はこいつの都合に振り回され、大層苦労したものだ。
しかし。
「俺が貴様を逃すと思うか?」
そう言って、俺はクロエに指示を出す。
「俺が手を下すまでもない。クロエ」
「はい──天雷裂破」
いつでも発動出来るように構えていたためだろうか。
クロエが雷を体内に溜め、それをギデオンに放つ。
咄嗟のことで反応出来なかったからなのか、雷の衝撃波が彼を貫いた。
「やはり……か」
天雷裂破の直撃を受けたギデオンの体は、煙のように消滅してしまった。
死体も残さず……だ。
「魔力で作った幻影だったのかしら?」
「そんなところだな。ヤツめ、最初から俺たちの前に姿を現すつもりはなかったようだ」
つまりギデオンの本体は別のところにいる。
さすがにヤツも単身でアジトに乗り込んでくるほど、バカじゃなかった。
目の前のギデオンが幻影だということには、ここにいる他のメンバーも気が付いていた。
それなのにギデオンがあまりにも不快なことを言うものだから、皆も殺気を隠せられなかったようだが。
「でも幻影にしては、まあまあ強かったような……?」
「ガハハ! 偽りの勇者にしてはなかなかのもんだった! 本体を見つけたら、ぜひアンデッドにしたい!」
アザゼルとモルタスもそう口にした。
確かに……普通、幻影といったら見せかけのハリボテだ。戦闘力などないにも等しい。
それなのにギデオンの幻影はレベルに換算すると100くらいはあった。いかに彼の本体が強大な力を得ているのか、これだけで分かるようであった。
「もしくはギデオンの背後にいるヤツが……か」
「ハワード様、さっきから様子が変だよ? なにか思い当たることでもあるの? あの丘……って言葉も気になったし。まるでそれだけで、ハワード様が分かるかのような口振りだった」
とリリスが俺の顔を覗き込む。
「まあ俺にあの丘といったら、一つしかないんだろう。ここで逃げるわけにもいかない」
そう言って、俺は玉座から立ち上がる。
ここでギデオンを放置するという選択肢はなかった。忘れた頃に再び現れるかよりは、今の方が対処しやすかったからだ。
それに……彼女がそこにいるかもしれないと分かっていて、行かないという選択肢はない。
「彼の言うことを聞くつもりですか?」
ベルフェゴールが俺に問いかける。
「言うこと?」
「さっき、あやつは一人で来いとか巫山戯たことを言っておったじゃろ? ベルフェゴールはそれを言っているのじゃ」
ベルフェゴールの代わりに、ナイトシェードが答えた。
「おっと、すまんすまん。俺にしては自明の理だったから、質問されるとは思っていなかった。そんなの答えは決まってるだろう?」
俺は口元に笑みを浮かべ、こう続けた。
「一人で行くわけないさ。なにせ、俺は『臆病者』と呼ばれた男なんだからな。最後まで臆病者らしくいこうじゃないか」




