29・第五皇子ギデオンの真実
魔法都市アルカナスでの戦いが終わった後。
俺たち──《ディアボリック・コア》は、アジトである奈落の洞窟に戻ってきていた。
「ハワード、ほんとなの? 第五皇子のギデオンが究極魔法の実験体だったなんて……」
俺の専属メイドでもある魔族のクロエが、そう問いを投げかけた。
「うむ、ラヴィーナの言っていることを信じるならな」
と俺は答えを返す。
ラヴィーナ。
元恋人であり、俺の研究成果を全て自分ものにして成り上がった公爵令嬢である。魔法都市アルカナスの領主もしていた。
先の一件で、俺はラヴィーナが新しく開発している究極魔法を我がものし、アルカナスを占領することを決めた。
アルカナスの占領は《ディアボリック・コア》の力もあって、無事に完了。しかし究極魔法の方はとんだ無駄足であった。
消化不良でむずむずしていたが……まさかラヴィーナから、あんな面白いことが聞けるとは思っていなかった。
「帝国はずっと、魔物をいかにして人間の兵器として──そして魔法に応用するか模索していた。それは魔物を奴隷として扱うような所業だ」
だからこそ、魔物は人間の良き隣人として扱っていた俺は異分子として、差別していたのだろう。
だが、俺自身の研究は有益なものが多かった。
ゆえに帝国は自ら俺を追放しようとしなかったわけだな。
まあそれも今となって分かることで、当時は考えもしなかったが。
しかしその計画も途絶えた。
第五皇子ギデオンが俺を勝手に追放してしまったからだ。
「そう考えれば、今までのことの辻褄が全て合う」
「ダークフェアリーである儂や、他の魔物を実験動物として捕らえていたり……人を魔物に──魔人化にしてしまう究極魔法を作り出したことじゃったな」
とリスの姿をしたナイトシェードが言う。
彼女はダークフェアリーで、俺の相棒だ。ダークフェアリーである彼女にとって、外気は毒なので普段はこうして小動物の体を借りている。
「そういうことだな。そしてそれと並行して……帝国はギデオンの体で、あることをしていた」
どうしてそれがギデオンだったのかは、ラヴィーナにもよく分かっていなかった。
しかし彼女は「王族の血が関係しているのでは?」と仮説を立てていた。
「人を魔王にしてしまう魔法の開発だ」
俺がそう続けると、クロエとナイトシェードが息を呑む音が聞こえた。
そのことについて説明するためには、まず魔王という存在を語らなければならない。
魔王は魔物の中で最も強い個体に与えられる、固有名詞みたいなものだ。
語源は英雄譚によくある、勇者が倒す大敵である。
しかしそう簡単に魔王の名を、一介の魔物に与えるわけにもいかない。
それに幸運にも、平和な世の中が続いていた。どんなに強い魔物が現れても、人類が力を合わせれば対処出来ると考えられていた。
ゆえに魔王の名は長らく、空座になっていた。
つまり──対処出来ないほどの災厄が現れた際。
人はその魔物を魔王と呼ぶのだろう。
「仮に人を魔王にしてしまうほど、強化する魔法としよう。じゃが、そう簡単に魔王は制御出来るのか? 人が制御出来ない魔物を、魔王と呼んだのでは?」
「まあ、なにかしら考えているんだろう。強制的に命令を聞かせる縛りを設けるのかもしれない」
とはいえ、容易に出来るものとも思えないが……。
「でもラヴィーナの魔人化は、大したことなかったのね?」
次にクロエから質問を飛ぶ。
「ああ。とはいえ、あの状態になった彼女を倒せるのは、《ディアボリック・コア》でも十分数が限られてくると思うがな」
単身で勝てるのは俺とナイトシェード。
あとは暗黒竜アザゼル、幻影の獣姫リリス、知恵の征服者ベルフェゴール、死霊の王モルタスくらいだろう。
新しい究極魔法と聞いていたから落胆したものの、ラヴィーナの魔人化はそれなりに脅威だと俺も考えていた。
「魔王化はそれとは比べものにならないくらい、強力だと考えるべきだろうな。ラヴィーナの話によると、帝国が最終兵器として研究を続けていたものでもあるし……」
「ラヴィーナの話は信頼出来るのかしら? 死ぬ寸前に嘘を吐く必要もないと思うけど……本当のことを言っているとも思えないわ」
「もちろん、その可能性についても考慮している」
しかしあの状況でラヴィーナが嘘を言うだろうか?
これでも元恋人だったから、彼女のことはよく分かっている。
あの時の彼女の瞳は、とても嘘を言っているものとは思えなかった。
「じゃが、警戒はすべきじゃろう」
「そうね。人を魔王にしてしまうような魔法を、帝国の人間が使えるものとも思えないけど……ね。ハワードならともかく」
ナイトシェードとクロエはそう話を締めくくる。
確かに悔しいが、ラヴィーナは宮廷魔導士でもかなり強い方だ。
六聖刃の一刃もあれくらいのレベルだったし、そんな魔法を使える人材がいるとは思えないが……。
しかしたった一人。
俺に匹敵──いや、俺以上の人間が帝国にはいた。
それは……。
『報告―!』
謎の究極魔法について考えていると。
通信用の魔石から、幻影の獣姫リリスの慌ただしい声が聞こえてきた。
『奈落の洞窟に何者かが侵入! 種族は……人間!』
「人間……?」
どういうことだ。
そもそも奈落の洞窟の入り口には結界を張っている。
第二騎士団長テオの時みたいに、こちらから招いたりしない限りは、人間が迷い込んでくる可能性はほぼないはずだ。
「うむ」
嫌な予感がして、俺は手をかざし洞窟入り口の映像を映し出した。
そこにはよく見知った顔があった。
「ギデオン……!」
第五皇子で俺と一緒に、魔物の討伐パーティーとして世界中を旅していた男。
俺を「臆病者!」と呼び、追放を言い渡した張本人。
彼が奈落の洞窟に足を踏み入れていた。
『ハワード! ハワードはどこだ! 僕は勇者だ! 魔王ハワードを倒さなければならない!』
「魔王ハワード……?」
映像から聞こえてくるギデオンの声に、クロエが不快さと疑問を含めた表情を浮かべる。
「勇者ってのも気になるな。それに……どうやら、今までのギデオンとは違うようだ」
ここからでも、ギデオンに内包されている魔力が今までと質も量が違っていると分かる。
もしや……もう、魔王化してしまったということか?
「どうして、この場所を突き止められたのかも気になるな」
無論ではあるが、《ディアボリック・コア》のアジトの場所については秘匿している。
第二騎士団長テオからバレたか? いや、アルカナスでのテオは既に死体だ。彼からなにか情報が漏れるとは考えられにくい。
人間の中でこの場所を知っているのは、彼女一人だけだ。
「やっぱり……あんたなのか?」
「誰のことじゃ?」
呟き声をナイトシェードに拾われてしまう。俺は「なんでもない」と首を左右に振った。
『ハワード様、どうするー? こいつ処すー? これくらいなら、私でもちゃっちゃっとやれるけど』
「いや、手を出すな。それから、他の魔物は避難させておけ。お前ならともかく、普通の魔物相手に今のギデオンは荷が重い」
そう言って、俺はリリスにこう告げた。
「せっかく来てくれたんだ。丁重におもてなししてやろうじゃないか」




