表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/36

3・始まりの復讐(テオ視点)

《テオ視点》



 帝国北部、国境線沿い。


 北部には凶悪な魔物が蔓延っており、帝国としてはその侵攻を食い止める必要がある。

 さらには帝国の北には連合王国が控えている。北部国境線沿いの守りを固めなければ、瞬く間に連合王国によって蹂躙されてしまうだろう。


 ゆえにここを防衛するのは、帝国にとって重要なこと。

 北部国境線沿いの基地に、第二騎士団長テオを配置するのは無理もない話であった。


 そんなテオは今……。



「これだから、騎士団長ってのはやめられねえなあ」



 基地局の自室にて、優雅にワイングラスを傾けていた。


 部屋の中には高価な絵画や壺が飾られ、まるでそこは貴族の部屋のようだ。


「帝都から離れているということもあって、ろくに経費のチェックも入らねえ。そのおかげで予算を好き放題使い込めるぜ」


 それこそ、テオが贅沢を出来ている理由。


 最近では魔物も隣の連合王国もおとなしく、帝国北部は平和そのものだった。

 しかし守りを緩めるわけにもいかない。ゆえにテオはここを動くことが出来ないのだが……そのおかげで好き勝手に振る舞うことが出来ていた。


 帝王陛下からの信頼も厚いため、たとえテオが贅沢三昧な生活を送っていても、特に口を挟まれてこなかった。


 テオがこんなに美味しいポジションにおさまったのには、理由がある。


 それは昔、ハワードの故郷の村を焼いたことに起因する。


 ハワードの噂は聞いていた。

 邪悪な魔法に手を染め、魔物の研究にも手を出している異端者。

 そんなハワードを帝王は冷遇していたようだし、テオも見下していた。


(そもそも魔法なんてのは、軟弱者が使うようなもんだ。あんな魔力が切れたらただのお荷物になるし、そもそも魔法を使うために場を整えなくちゃいかん。戦場では役に立たねえよ)


 テオが率いる第二騎士団でも、魔法を使う『魔導士』の数は最小限におさめていた。


 そういうこともあって、テオは元々ハワードのことが嫌いだった。

 そんな中、帝王から受けた命令には嬉しさで身が震えたものだ。



『ハワードの故郷を焼け。あいつが帰る場所を奪うのだ。さすればあいつは、ますます宮廷魔導士としての仕事に打ち込むしかなくなるだろう』



 早速、テオが率いる第二騎士団はハワードの故郷に向かった。

 そしてこの村は邪教に手を染めているとでっちあげ、殺戮と略奪を始めた。


 男は殺す。

 弱い老人と子どもも見逃さない。

 美しい女は楽しんでから、やっぱり殺す。


 相手はろくな戦闘手段も持たない村人だ。

 第二騎士団の手によって、すぐに全滅させられた。


「あっ、そうそう。あのハワードの両親だとかいう二人の顔には、興奮したなあ。最後まで息子……ハワードのことを信じていた。きっと息子が助けにきてくれるって。バカな話だ。そんなこと、あるわけないのに」


 仮にあったとしても、ハワードがテオに勝てるわけがない。


 首尾よく仕事を済ませたテオは、帝王陛下にそのことを高く評価された。そしてほどなくして、ここ北部国境線沿いの守りを任されたわけだ。


「今頃、ハワードはなにしてんだろうなあ? 噂によれば、第五皇子の魔物討伐パーティーに入れられたようだが……」

「テ、テオ騎士団長!」


 テオが良い気持ちになっていると、部下の一人が血相変えて部屋に入ってきた。


「なにごとだ! 今、俺は休憩中だ。そんなひと時を邪魔するとは……分かってんだよな?」

「す、すみません! しかし非常事態でして……」

「非常事態だと……?」


 テオは眉根を寄せる。


 一気に酒の酔いが覚める。部下からの報告を聞かなくても、ようやく異常に気付いた。

 基地局の外がなにやら騒がしい。


「なにが起こっている?」


 低い声でテオが問いを投げかけると、部下は慌てた口調でこう答えた。


「ま、魔物です! 魔物の大群が侵攻してきました! しかも数は千体以上! その中にはミノタウロスといった強力な魔物もいて、我々だけでは手が付けられません!」

「な、なにい!?」


 テオは席を立つ。


「バ、バカな。最近は周辺の魔物もおとなしかったはずだろ? 一体や二体ならともかく、どうして千体以上の魔物なんか攻めてきやがる! しかも、どうしてここまで近づくのに気が付かなかった!?」

「わ、分かりません! 私どもには、()()魔物が現れたように見えました。しかし全て事実です」

「ちっ……!」


 テオは舌打ちしてから、部屋から飛び出す。


 いきなり千体もの魔物が、北部国境線沿いに集結したのかは不明だが……今はそのことを吟味している場合じゃないと思ったからだ。


 テオが基地局の外に出ると、地獄のような光景が広がっていた。

 大量の魔物が騎士たちに襲いかかっている。

 無論、ここにいる騎士たちは歴戦の猛者たちだ。だが、あまりにも多い数の魔物によって、手が追いついていないようであった。


「くそがっ! 面倒臭ぇ!」


 テオはそう悪態を吐きながら、部下たちに指示を飛ばしていく。


 そして彼自身も戦いながら魔物の数を減らしていっていると、大型の魔物に遭遇した。


「ほお、ミノタウロスか」


 テオはミノタウロスの巨体を見上げながら、そう呟く。

 ミノタウロスはA級の魔物だ。騎士たちが集団でミノタウロスにかかっていくが、次々とやられていく。


「久しぶりにちょっとは楽しい戦いが出来そうだぜ」


 ニヤリと口角を吊り上げ、テオはミノタウロスに剣を振り上げた。


 苦しい戦いだった。

 ミノタウロスの固い装甲を、なかなか貫くことが出来なかった。ミノタウロスが軽く手を払っただけで、部下の何人かが遠くまで吹っ飛ばされた。

 テオ自身も傷を負った。体中から血を流し、体力をごっそり持っていかれた。


 しかしそのおかげでもあって、ようやくミノタウロスを……倒せた!


「ガハハ! 俺の手にかかれば、ミノタウロスなんて大したことねえ! 俺は勝ったんだ!」


 ミノタウロスの死体に足を乗せ、テオは剣を高々と掲げる。


 騎士団長の大金星に、周囲の士気も上がった。


「こいつが一番の強敵だったんだろう! なにも恐れることはねえ。俺がいる限り、ここは落ちない! みんな、俺に付いて──」


 と言葉を続けようとした時であった。


「ぐはっ!?」


 横っ腹に激痛。


(なんだ!? なにが起こった!?)


 激痛に耐えられず、テオは地面に倒れる。腹を右手で押さえると、そこには赤い血が付いていた。


(何者かに攻撃された!? し、しかしミノタウロスはやったはずだ。俺が攻撃されるまで気が付かなかっただなんて、一体……)


 テオが混乱していると。



「外してるじゃない。あなた、本当にハワードに力を認められたのかしら?」

「わざとですよ。これからすることを考えたら、彼を殺すわけにはいかなかったでしょう?」



 頭上から声が聞こえ、テオが倒れたまま視線を上げる。

 するとそこには絶望が浮いていた。


「きゅ、吸血鬼だと!?」


 特徴的な黒い翼。そして口を動かすたびにちらちらと見える八重歯。戦場には似つかわしくない紳士服。

 そしてなにより、内包している魔力から、テオは急に現れた存在を吸血鬼だと判断したのだ。


(しかし……吸血鬼の隣にいるメイドはなんだ?)


 こんな場所に顔を出すのだから只者ではないと思うが、今のテオは吸血鬼に気を取られていて、メイドの正体を深く考えなかった。


 だから気が付かなかったのだろう。

 メイドの正体は魔族で、本当の絶望はそいつなのだ……と。


「まずは魔物たちを癒しましょうか。よく、わたしたちが到着するまで戦ってくれたわね。あるじに対する忠義、褒めてつかわすわ。ワイドヒール」


 メイドがそう唱えると、戦場は神々しい光で満たされる。

 そして瞬く間に、皆が倒した魔物たちの傷が癒えていく。

 その中には先ほど、テオが苦戦したミノタウロスの姿も。


「あ、あ、あ……」


 あまりの光景に、テオは言葉を失ってしまった。


「さて……絶望しているところ申し訳ないですが、あなたには私たちに付いてきてもらいましょう」

「拒否権はないわよ。それがわたしたちのあるじの願いなのだから」


 先ほどから主様と言っているが、そいつは何者なのだろうか。


 まさか……この魔物襲撃には黒幕がいて、そいつが裏で糸を引いている?

 ならば、吸血鬼や一瞬で魔物たちの傷を癒したメイドを従えているのは、どんなに邪悪な存在なのだろうか。


 なんにせよ、このまま付いていけば破滅。ここも自分がいなくなれば、すぐに陥落するだろう。

 そう考えたテオは必死に抵抗する。


「つ、付いていくはずねえだろうが! さっきから好き勝手言ってるが……」

「言ったでしょ? 拒否権はないって」


 そう言って、メイドは手のひら大の黒い玉を掲げる。


(あれは一体……?)


 テオが警戒を高めるが、メイドはそれを意に介さず魔力を放出する。

 その瞬間、テオの視界は真っ黒になり、同時に意識が途切れたのであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ