3・始まりの復讐(テオ視点)
《テオ視点》
帝国北部、国境線沿い。
北部には凶悪な魔物が蔓延っており、帝国としてはその侵攻を食い止める必要がある。
さらには帝国の北には連合王国が控えている。北部国境線沿いの守りを固めなければ、瞬く間に連合王国によって蹂躙されてしまうだろう。
ゆえにここを防衛するのは、帝国にとって重要なこと。
北部国境線沿いの基地に、第二騎士団長テオを配置するのは無理もない話であった。
そんなテオは今……。
「これだから、騎士団長ってのはやめられねえなあ」
基地局の自室にて、優雅にワイングラスを傾けていた。
部屋の中には高価な絵画や壺が飾られ、まるでそこは貴族の部屋のようだ。
「帝都から離れているということもあって、ろくに経費のチェックも入らねえ。そのおかげで予算を好き放題使い込めるぜ」
それこそ、テオが贅沢を出来ている理由。
最近では魔物も隣の連合王国もおとなしく、帝国北部は平和そのものだった。
しかし守りを緩めるわけにもいかない。ゆえにテオはここを動くことが出来ないのだが……そのおかげで好き勝手に振る舞うことが出来ていた。
帝王陛下からの信頼も厚いため、たとえテオが贅沢三昧な生活を送っていても、特に口を挟まれてこなかった。
テオがこんなに美味しいポジションにおさまったのには、理由がある。
それは昔、ハワードの故郷の村を焼いたことに起因する。
ハワードの噂は聞いていた。
邪悪な魔法に手を染め、魔物の研究にも手を出している異端者。
そんなハワードを帝王は冷遇していたようだし、テオも見下していた。
(そもそも魔法なんてのは、軟弱者が使うようなもんだ。あんな魔力が切れたらただのお荷物になるし、そもそも魔法を使うために場を整えなくちゃいかん。戦場では役に立たねえよ)
テオが率いる第二騎士団でも、魔法を使う『魔導士』の数は最小限におさめていた。
そういうこともあって、テオは元々ハワードのことが嫌いだった。
そんな中、帝王から受けた命令には嬉しさで身が震えたものだ。
『ハワードの故郷を焼け。あいつが帰る場所を奪うのだ。さすればあいつは、ますます宮廷魔導士としての仕事に打ち込むしかなくなるだろう』
早速、テオが率いる第二騎士団はハワードの故郷に向かった。
そしてこの村は邪教に手を染めているとでっちあげ、殺戮と略奪を始めた。
男は殺す。
弱い老人と子どもも見逃さない。
美しい女は楽しんでから、やっぱり殺す。
相手はろくな戦闘手段も持たない村人だ。
第二騎士団の手によって、すぐに全滅させられた。
「あっ、そうそう。あのハワードの両親だとかいう二人の顔には、興奮したなあ。最後まで息子……ハワードのことを信じていた。きっと息子が助けにきてくれるって。バカな話だ。そんなこと、あるわけないのに」
仮にあったとしても、ハワードがテオに勝てるわけがない。
首尾よく仕事を済ませたテオは、帝王陛下にそのことを高く評価された。そしてほどなくして、ここ北部国境線沿いの守りを任されたわけだ。
「今頃、ハワードはなにしてんだろうなあ? 噂によれば、第五皇子の魔物討伐パーティーに入れられたようだが……」
「テ、テオ騎士団長!」
テオが良い気持ちになっていると、部下の一人が血相変えて部屋に入ってきた。
「なにごとだ! 今、俺は休憩中だ。そんなひと時を邪魔するとは……分かってんだよな?」
「す、すみません! しかし非常事態でして……」
「非常事態だと……?」
テオは眉根を寄せる。
一気に酒の酔いが覚める。部下からの報告を聞かなくても、ようやく異常に気付いた。
基地局の外がなにやら騒がしい。
「なにが起こっている?」
低い声でテオが問いを投げかけると、部下は慌てた口調でこう答えた。
「ま、魔物です! 魔物の大群が侵攻してきました! しかも数は千体以上! その中にはミノタウロスといった強力な魔物もいて、我々だけでは手が付けられません!」
「な、なにい!?」
テオは席を立つ。
「バ、バカな。最近は周辺の魔物もおとなしかったはずだろ? 一体や二体ならともかく、どうして千体以上の魔物なんか攻めてきやがる! しかも、どうしてここまで近づくのに気が付かなかった!?」
「わ、分かりません! 私どもには、急に魔物が現れたように見えました。しかし全て事実です」
「ちっ……!」
テオは舌打ちしてから、部屋から飛び出す。
いきなり千体もの魔物が、北部国境線沿いに集結したのかは不明だが……今はそのことを吟味している場合じゃないと思ったからだ。
テオが基地局の外に出ると、地獄のような光景が広がっていた。
大量の魔物が騎士たちに襲いかかっている。
無論、ここにいる騎士たちは歴戦の猛者たちだ。だが、あまりにも多い数の魔物によって、手が追いついていないようであった。
「くそがっ! 面倒臭ぇ!」
テオはそう悪態を吐きながら、部下たちに指示を飛ばしていく。
そして彼自身も戦いながら魔物の数を減らしていっていると、大型の魔物に遭遇した。
「ほお、ミノタウロスか」
テオはミノタウロスの巨体を見上げながら、そう呟く。
ミノタウロスはA級の魔物だ。騎士たちが集団でミノタウロスにかかっていくが、次々とやられていく。
「久しぶりにちょっとは楽しい戦いが出来そうだぜ」
ニヤリと口角を吊り上げ、テオはミノタウロスに剣を振り上げた。
苦しい戦いだった。
ミノタウロスの固い装甲を、なかなか貫くことが出来なかった。ミノタウロスが軽く手を払っただけで、部下の何人かが遠くまで吹っ飛ばされた。
テオ自身も傷を負った。体中から血を流し、体力をごっそり持っていかれた。
しかしそのおかげでもあって、ようやくミノタウロスを……倒せた!
「ガハハ! 俺の手にかかれば、ミノタウロスなんて大したことねえ! 俺は勝ったんだ!」
ミノタウロスの死体に足を乗せ、テオは剣を高々と掲げる。
騎士団長の大金星に、周囲の士気も上がった。
「こいつが一番の強敵だったんだろう! なにも恐れることはねえ。俺がいる限り、ここは落ちない! みんな、俺に付いて──」
と言葉を続けようとした時であった。
「ぐはっ!?」
横っ腹に激痛。
(なんだ!? なにが起こった!?)
激痛に耐えられず、テオは地面に倒れる。腹を右手で押さえると、そこには赤い血が付いていた。
(何者かに攻撃された!? し、しかしミノタウロスはやったはずだ。俺が攻撃されるまで気が付かなかっただなんて、一体……)
テオが混乱していると。
「外してるじゃない。あなた、本当にハワードに力を認められたのかしら?」
「わざとですよ。これからすることを考えたら、彼を殺すわけにはいかなかったでしょう?」
頭上から声が聞こえ、テオが倒れたまま視線を上げる。
するとそこには絶望が浮いていた。
「きゅ、吸血鬼だと!?」
特徴的な黒い翼。そして口を動かすたびにちらちらと見える八重歯。戦場には似つかわしくない紳士服。
そしてなにより、内包している魔力から、テオは急に現れた存在を吸血鬼だと判断したのだ。
(しかし……吸血鬼の隣にいるメイドはなんだ?)
こんな場所に顔を出すのだから只者ではないと思うが、今のテオは吸血鬼に気を取られていて、メイドの正体を深く考えなかった。
だから気が付かなかったのだろう。
メイドの正体は魔族で、本当の絶望はそいつなのだ……と。
「まずは魔物たちを癒しましょうか。よく、わたしたちが到着するまで戦ってくれたわね。主に対する忠義、褒めてつかわすわ。ワイドヒール」
メイドがそう唱えると、戦場は神々しい光で満たされる。
そして瞬く間に、皆が倒した魔物たちの傷が癒えていく。
その中には先ほど、テオが苦戦したミノタウロスの姿も。
「あ、あ、あ……」
あまりの光景に、テオは言葉を失ってしまった。
「さて……絶望しているところ申し訳ないですが、あなたには私たちに付いてきてもらいましょう」
「拒否権はないわよ。それがわたしたちの主の願いなのだから」
先ほどから主様と言っているが、そいつは何者なのだろうか。
まさか……この魔物襲撃には黒幕がいて、そいつが裏で糸を引いている?
ならば、吸血鬼や一瞬で魔物たちの傷を癒したメイドを従えているのは、どんなに邪悪な存在なのだろうか。
なんにせよ、このまま付いていけば破滅。ここも自分がいなくなれば、すぐに陥落するだろう。
そう考えたテオは必死に抵抗する。
「つ、付いていくはずねえだろうが! さっきから好き勝手言ってるが……」
「言ったでしょ? 拒否権はないって」
そう言って、メイドは手のひら大の黒い玉を掲げる。
(あれは一体……?)
テオが警戒を高めるが、メイドはそれを意に介さず魔力を放出する。
その瞬間、テオの視界は真っ黒になり、同時に意識が途切れたのであった。