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28・勇者になりたかった男(ギデオン視点)

《ギデオン視点》



「くそっ! なんで僕がこんな目に!」



 帝国の王城。

 ギデオンは自室の壁に拳を叩きつけた。


「ハワードが天才だって!? なにを言ってんだ。現にあいつは戦わずに逃げてばっかだったんだ。陛下の目もおかしくなっている!」


 このままでは怒りでどうにかなってしまいそうだ。


 ギデオンは一息吐いて、椅子に座る。冷静になろうと努めたが、頭に上った熱はなかなか下がることはなかった。



 あれから──。



 帝王の怒りをかい、ギデオンは謹慎処分となった。

 公には『第五皇子は旅の疲れもあり、休養を取っている』と発表されているが、実質は監禁されているようなものだ。

 とはいえ、運ばれてくる食事も豪華なものだったので、特に不自由はしていないが……。


「それでも! 普通、皇子にこんな仕打ちをするか!? しかも僕は魔物の討伐パーティーで、数々の戦果を上げた英雄だぞ? 女の子と飲みにもいけないなんて……間違っている!」


 声を荒らげるギデオン。

 今まで贅沢三昧で、望めばなんでも手に入っていた彼にとって、今の状況は耐え難いものであった。


(なんでこんなことになるのか……魔物の討伐パーティーのリーダーに任命されたことは、まさかこんなことになるとは思っていなかった)


 ギデオンは昔のことを思い出す。



 ──勇者になりたかった。



 幼い男子の誰もが一度はそういう気持ちに駆られるように、ギデオンも特別な人間になりたかった。


 昔、なにげなく手に取った英雄譚の本に心惹かれた。

 強大なドラゴンや魔王を相手に、時には苦戦しながらも決して負けない勇者の姿を、自分と重ね合わせた。


(その頃から僕は勇者という存在に憧れた)


 だからこそ──いや、帝王陛下はギデオンの願望を察していたのだろうか──魔物の討伐パーティーが結成すると決まった時は嬉しかった。


 これで自分も昔、英雄譚で読んだ勇者のようになれる。

 そしてゆくゆくは、帝王の座におさまることが出来るだろう。

 キレイな奥さんをたくさん侍らせて、下民どもを僕の前で跪かせる。

 魔物の討伐パーティーに任命された時には、そんな未来の図が頭に浮かんでいた。


 だが。


「現状はこうだ。僕の未来の設計図は完膚なきまでに破綻した」


 ただでさえ、自分は第五皇子という身分。王位継承権は持っているが、序列的には下の方。

 なにか一つでも失態を犯してしまえば、王位がさらに遠くなってしまう。

 帝王の玉座に座るまで、成功実績を積み上げなければならなかった。


 しかしギデオンは帝王の怒りをかってしまった。


「それもこれも、全部ハワードのせいだ!」


 ギデオンは再び壁を殴る。


 いくらこうしても、怒りがおさまることはない。

 ギデオンは諦めて、ふて寝しようかと思った時。




「おやおや、随分お怒りのようだね」




 不意に。

 ノックもなしに、一人の人間が部屋に入ってきた。


「誰だ! いきなり部屋に入ってくるとは失礼じゃないか! 僕を誰だと思っている? 皇子だぞ。即刻、お前は打首に……」

「おっと、すまない。だけど、どうしても君に伝えたいことがあってね」


 ギデオンが腰を上げて怒気を飛ばしても、入ってきた人物は意に介さず歩を進めた。


 黒いローブを羽織った人物であった。

 声からすると……女か?


 ギデオンは身構え、壁に立てかけてあった剣を手に取る。暗殺者だと警戒したからだ。

 そして迷わず、彼女に剣を振るった。


「遅いね」


 しかし女は振るわれた剣の刀身に、人差し指を付ける。それだけで不思議なことに、剣は止まった。


「でも、元気でなによりだ。せっかく長年かけて育てた実験動物なんだからね。簡単に衰弱してもらっては困る」


 ギデオンは剣を引こうとした時──剣の刀身がポロポロと崩れ落ちた。


「!?!?!?」


 突然の光景に、ギデオンは言葉を失う。


「き、貴様! 何者だ! 今すぐ騎士を呼んで、貴様を殺……」

「まあまあ、そんなに警戒しなくてもいいじゃないか。それに私は君を殺しにきたわけじゃない。君とお話ししにきたんだ」

「話……だと? 貴様と話すことなんてない!」

「黒の魔導士って聞いたことはないかな? それが私だ」


 彼女の言葉に、ギデオンは一瞬驚いた。


(黒の魔導士……聞いたことがある。確か最近、宮廷魔導士になった人物だったな。誰に聞いても、正体はよく分からない……と言っていた胡散臭い人間だが、まさかこんなところで会うなんて……)


 どうでもいい人間なら、即刻追い払っていただろう。


 しかし目の前の女が正体不明の黒の魔導士と聞いて──そしてなにより、ギデオンの剣の一振りを難なく防いだ彼女には勝てないと本能で感じて、彼は話に耳を傾けることにした。


「まあいい。話くらいは聞いてやる。しかし先ほど、実験動物と言っていたが、なんのことだ? まずはそれから喋ってもらう」

「ああ、そっちは大した意味はないよ。君が知らなくていい情報だ。というより、知らない方がいいと言った方が正しいか」

「どういう意味だ?」

「君は勇者になりたくないかね?」


 ギデオンの問いを無視して、彼に問いかける黒の魔導士。


 本来なら憤慨するところであったが……勇者という響きが、彼の胸の鼓動を早くさせた。


「……!」

「その様子だと、まだ勇者になるという夢は諦めていないみたいだね」

「当然だ。僕ほど、勇者にふさわしい人間はいないからな」

「うんうん。私もそう思うよ。だけど君は悩んでいる。何故なら、君は勇者になれるほどの力を持っていないからだ」

「…………」


 失礼な物言いであったが、ギデオンは反論出来ない。黒の魔導士の言葉は、的を射ていたからだ。

 彼女が「ふっ」と小さく笑う。とはいえ、目元は深く被ったフードのせいで見えず、感情が読み取りづらい。


「この現状は間違っている。勇者にふさわしい人間は君なのに、他人がそれを認めない。陛下も誰かにおかしなことを吹き込まれたのか、君を冷遇しようとしている」

「そうだそうだ! 貴様、よく分かってるじゃないか!」

「ならば他人を黙らせてしまえばいい。君が勇者になりえる力を見せつければ、陛下だって自らの過ちを認めてくれるはずだよ」

「その通りだな。しかしどうすれば……」


 黒の魔導士が言っていることは、ギデオンだって幾度も考えてきた。


 しかし実行に移せない。

 自分が強いことは事実ではあるが、だからといって王城にいる連中を全て黙らせることが出来るか……と言われると、答えは否だからだ。


 黒の魔導士の話にギデオンが吸い込まれていると、彼女は彼に歩み寄ってその肩をぽんと叩く。


「力を求めよ。願望を込めて、ただ一言『力が欲しい』と言えばいい。そうすれば、私は君に力を与えることが出来る」

「…………」


 ギデオンは逡巡する。

 彼女の言っていることは本当か……? と。


(だけど僕には後が残されていない。このままじゃ勇者や帝王どころじゃ、ずっとこの狭い部屋に閉じ込められて、一生を過ごすことになるだろう。そんなのは……嫌だ!!)


 怪しさはある。

 だが、今のギデオンはそんなことが頭から消えるほど、現状を打破したい思いが強かった。


「力が……欲しい! 何者にも負けない力が! 他者を蹂躙する力が! そして僕は勇者になるんだ!」

「よくぞ言った」


 その瞬間、黒の魔導士の口元が見えた。

 口元は不気味なほどに笑みを描いていた。



「勇者となりて勇者となりて──眠りについた魂よ、真なる力を解き放ち、その身に覚醒の輝きを宿せ。究極の覚醒を成就し、新たなる伝説を刻む者となれ!」



 ギデオンは嫌な予感が感じて咄嗟に離れようとしたが、もう遅い。

 床に魔法陣が浮かび、神々しい光が彼を包んだ。


「うおおおおおおおおお!」


 体が灼けるように熱い!

 頭が割れてしまったと思うくらいに痛い!


 ギデオンはその場で倒れる。気を失う瞬間、黒の魔導士が聞こえてきた。


「くくく……よくぞここまで順調に育ってくれたよ。実験は成功だね」


 こんな怪しい女の言葉を信じてしまったことに後悔したが……ギデオンの意識はそのまま闇に落ちた。



 そして次に目を開けた時。

 彼は勇者になっていた。

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