26・一+一が二を超える世界へ
《クロエ視点》
アルカナスでの市街戦も佳境に入ってきた。
戦況は変わらず、《ディアボリック・コア》優勢である。
この調子なら、程なくしてアルカナスを占領出来るだろう。
「だけど、このままなにも起こらないってのは考えにくいわ。そんな簡単に占領出来るなら、ハワードがさっさとやってただろうし……」
とわたしは一抹の不安を抱えつつ、戦いに身を投じていると……。
「上だ!」
誰かがそう声を発した。
わたしもそれに釣られて空を見上げると、街の中でも一番豪華で大きな館から人影が舞い上がった。
「あれは……ラヴィーナ?」
ハワードから聞いていた特徴と合致する。
公爵令嬢と聞いていたけど、今のラヴィーナにはその面影はない。白い翼で空を飛翔する彼女は、まるで魔物のようであった。
そして彼女を追いかけて飛ぶ二人の姿。
ハワードとナイトシェードだ。
「あれが究極魔法ってことなの……?」
ハワードとラヴィーナが交錯する。速すぎて見えない。
わたしの目では追いきれない。
それはさながら、神々の決戦のようにも見えた。
「ハワード……!」
わたしは両手をぎゅっと組む。
ハワードたちの勝利を信じながら──。
◆ ◆
ラヴィーナ(魔人化):レベル336
「大した力だ」
俺が途中で放棄してしまった究極魔法とはいえ……ここまで彼女のレベルを押し上げられるなら、意外と使い道があったのかもしれない。
とはいえ、今のラヴィーナの目は血走っており、魔力も垂れ流しになっている。魔人力破壊衝を使ってしまったら、怒りが増幅するのか?
『ハワードおおおおおおお! 凡人がああああああ! 凡人は天才の前にひれ伏すがいいですわああああ!』
ラヴィーナが出鱈目に魔法を放つ。それだけでも十分脅威だから、俺は決して気を緩めないようにする。
彼女の放った魔法は、全て俺に掠りもしない。流れ弾が周囲に被弾する。さっきまでいた館が魔法の直撃によって崩壊していく。
空の上からでも、市街が阿鼻叫喚の図になっていることが容易に分かった。
「凡人……か。そうだな。俺は自分で天才だと思ったことはないよ。本当の天才はお前みたいな人間だ」
ラヴィーナに語りかける。
皮肉じゃない。
俺は今まで何度も、自分の才能のなさに打ちひしがれていた。
それでもここまでやってこれたのは、ナイトシェードや師匠といった仲間がいたから。
そしてなにより──誰よりも魔法を愛していたからだ。
「ハワード、どうする? このままじゃ埒があかん。あの化け物を戦闘不能にするのは、ちいぃっと骨が折れるぞ」
ラヴィーナの魔法攻撃を躱わしながら、ナイトシェードがそう問いかけてくる。
「いいもんも見せてもらったからな。意趣返し……という意味も込めて、こっちも究極魔法を使う」
「おお! ハワードの究極魔法か! 久しぶりじゃなあ。昔見せてもらった時は、山一つが吹き飛んだ」
「そんなこともあったな。師匠に鍛えられる前だったから、山一つしか吹き飛ばせなかったんだよな」
「あの時の究極魔法を使うのか?」
「あんな未熟な魔法は使わん。今から使うのは、新しい究極魔法だ。そのためにはナイトシェードの力も借りることになる」
「儂の……?」
ナイトシェードが首をかしげる。
『なにをお喋りしているのですかあああああ! わたくしを無視するなああああ!』
ラヴィーナが魔法を炸裂させる。
九属性の魔法は、九つに枝分かれして俺たちに殺到する。
結界魔法で防ぐが、直撃した瞬間に弾け飛んでしまった。
あまり時間はかけてられんな。さっさと勝負をつけるか。
「ナイトシェード、手を貸してくれ」
「うむ」
俺はナイトシェードの右手を掴み、詠唱を始める。
「闇より湧き上がる力よ、我が身に宿りし力と共に」
ラヴィーナの究極魔法は一+一が二になるものだ。
確かに、それでも絶大なる力を得ることが出来るだろう。今のラヴィーナが証拠だ。
しかし俺はその先を見たい。
一+一が十にも百にもなる世界を。
「結束の証となる力を解き放ち、無尽蔵の魔力へと昇華せよ」
昔の記憶が甦ってくる。
俺が一ヶ月かけて習得した魔法も、ラヴィーナはすぐに使えるようになってしまった。
そんな恋人に俺は尊敬と嫉妬の感情を抱いたのだ。
しかしそのせいでラヴィーナは努力しなくなった。なにもしなくても、なんでも手に入ったからだ。
「我らの力を結集し、敵を討ち滅ぼすために力を授けたまえ!」
そういう意味では、彼女は孤独だったのだろう。
だからこの未来を見ることが出来なかった。
唱え終わり、俺は究極魔法の名を告げる。
「魔人力天壊衝」
──ナイトシェードの魔力が、体の中に流れ込んできた。
俺だけでは到底至らない領域に足を踏み入れる。
「いくぞ! ナイトシェード!」
「分かったのじゃ!」
そう言うだけで、ナイトシェードは俺のやりたいことを察してくれたようだ。
二人合わせてラヴィーナに手をかざし、今でも地上で戦っている仲間たちの姿を思い浮かべる。
「天雷神破!」
俺とナイトシェードが放つ雷は混ざり合い、螺旋を描いてラヴィーナに向かっていった。
『なにをおおおおおおお!』
彼女は自分の前に八つの結界魔法を張る。
しかし弩級の稲妻は八つの防壁を突破して、彼女に直撃した。
『どうしてわたくしが、こんな者どもにやられなければいけないいいいいいい!』
断末魔を上げるラヴィーナ。
衝撃によって、魔人化が解かれる。
翼がもがれたラヴィーナは、堕天使のように地上へと墜落していくのであった。




