25・究極魔法は俺の黒歴史だった
「驚いたでしょう?」
背後から声が聞こえ、俺は反射的に振り返る。
ボロボロになった女騎士──ナイトシェードを引きずって、ラヴィーナがこちらに歩いてくるところであった。
「ふんっ。大したことなかったですわね」
ナイトシェードを軽々と掴み上げ、俺に向かって放り投げるラヴィーナ。ナイトシェードの体を、俺は優しく受け止める。
ラヴィーナの細腕じゃ、女騎士の体をしたナイトシェードを放り投げることは出来ない。
彼女の体に複数の魔力が内包されている。体になにか魔法を施しているのだろう。
「ああ、驚いた。まさかお前があの研究に手を染めていたとは」
「その様子だと、全て分かってしまったようですね。今のわたくしに体に起こっていることも!」
ラヴィーナは気持ちよさそうに続ける。
「あなたの想像通り! わたくしは今まで、いくつもの魔力を取り込んできました!」
「その魔力……魔物を取り込んだな?」
「ご名答。そしてそれを究極魔法として繋ぎ合わせ、、自らを『魔人』と化した! 究極魔法の名は──魔人力破壊衝! あなたは素晴らしい魔法を生み出してくれました!」
「…………」
「もっとも、あなた一人では魔人力破壊衝を完成させるまでには至らなかった! だからわたくしがあなたの研究を引き継いで、この究極魔法を完成させたのです!」
女騎士の姿をしたナイトシェードは、床に転がったまま一言も言葉を発さない。
あの部屋にいた騎士がこの場にいないことを考えると、全員殺されてしまったか……?
それがナイトシェードによるもなのか。
もしくは魔人と化してしまったラヴィーナなのか。
……なんとなく、後者のような気がした。
「この状態になったわたくしは、もう誰にも負けません! 王宮にいると噂されている、化け物にもね! さあ、殺し合い──っ!?」
そこでようやく、ラヴィーナが俺のおかしな様子に気付いた。
彼女のしたことは驚いたさ。
でも……。
「どうしてあなたは、ガッカリした顔をしているのですか!?」
ラヴィーナが声に怒気を含ませ、問いを発する。
「いや……だって、新しい究極魔法と聞いたからワクワクしてたのに……まさか俺の研究の中で、最もいらなかった研究に手を付けるとは思っていなかったから……」
よりにもよって、どうして魔人力破壊衝なのか……頭が痛い。
確かに、俺は昔から人と魔物の融合──魔人化については考えていた。
人の知恵と、魔物の魔力が合わされば、さらなる力が発揮出来ると考えていたからだ。
しかしその研究は途中でやめてしまった。
何故なら……そんなことをしても、なんの意味もないからだ。
一時的には強くなれるかもしれない。
しかしそれがなんになる?
魔人力破壊衝は、一+一を二にするような魔法だ。
俺はその先を求めた。
一+一が十にも百にもなる魔法を。
「ああ……恥ずかしい。深夜ハイになっちまって、書き殴った論文だ。でも朝になって、冷静になってしまった。どうして俺はこんなものに時間を費やしてしまったんだ……って」
巷では『黒歴史ノート』と呼ばれるものがある。十四歳前後の子どもが、『ぼくのかんがえたさいきょうまほう』を考えたノートだ。
それを大人になってから、他の人に見られるって、こういう気分だったんだな……。
こんなことならラヴィーナに見られる前に、さっさと研究成果を破棄すべきだった。
「ま、負け惜しみはやめなさい! 絶望しているから、そんなことを言っているのですね!? わたくしには勝てない……と。現にあなたのお仲間さんは、わたくしに手も足も出なかったですわよ?」
「まあ絶望していることには間違いない。こんな究極魔法紛いを知るために、ナイトシェードに時間稼ぎしてもらっただなんてな」
「はい……?」
「ナイトシェード、もう起きていいぞ。悪かったな」
そう言うと、女騎士の上半身がむくりと起き上がる。
そしてビクンッビクンッと痙攣した後、女騎士の体からナイトシェードが現れた。憑依をやめたのだ。
「ふう……やっぱり、人や動物の体の中に入るのは窮屈じゃ。外気が毒とはいえ、儂はこっちの方がいい」
「あ、あ、あなた……死んだんじゃ……」
「死んだ? 死んだのは、お主が殺した仲間の騎士だけじゃ」
そう言って、ナイトシェードは床に転がっている女騎士を一瞥する。
「儂はこの通り、ピンピンしておるぞ?」
ナイトシェードが手足を伸ばし、健在なことを伝える。
彼女に頼んだのは、ラヴィーナをあの部屋に足止めすること。
そう簡単にラヴィーナが究極魔法を使ってくれるものと思っていなかったからだ。
だから時間稼ぎをしてもらい、俺はその間に究極魔法の手がかりを探した。そしてナイトシェードは、ラヴィーナから究極魔法も引き出したし、計画は全て成功したわけだ。
「わ、わ、わたくしはあなたたちの掌の上……だったということですか!?」
「まあ、そういうところだ。さあ決着をつけようか。究極魔法紛いの正体も、分かったところだしな」
「紛いものと言うなあああああああ!」
ラヴィーナが獣のような咆哮を上げる。
彼女の体が黄金に輝き始めた。
その光がなくなった頃には、ラヴィーナの姿は変貌していた。
背中からは純白の翼を生やし、神々しい雰囲気を身に纏っている。
これが魔人力破壊衝を、百%使った姿だろうか。
「殺す殺す殺す!」
ラヴィーナが軽く手を払うと、暴風が巻き起こる。
すさまじい暴風に建物が耐えられるわけもなく、みしみしと音を立てて、今にも崩壊してしまいそうだった。
「人の姿を捨てたか」
そう言って、俺はナイトシェードに視線を向ける。
「ナイトシェード。悪いが、もう少しだけ付き合ってくれるか?」
「もちろんじゃ。ハワードと一緒なら、いくらでも戦ってみせよう」
とナイトシェードは笑う。
こうしていると、昔に戻ったようだ。
「おい、ラヴィーナ。ここじゃあ、狭い。空に行くぞ」
『逃げるなああああ! 臆病者おおおおおお!』
臆病者……か。
第五皇子ギデオンのパーティーにいる時、散々言われた言葉だ。
俺は浮遊魔法を使い、天井を突き破って空へと向かう。ナイトシェードとラヴィーナも飛翔して、その後を追いかけてきた。
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