24・十年の月日を十分に短縮してみる
幸い、館に配置されていた騎士がほとんどラヴィーナの部屋に集まっていたため、究極魔法の研究を探し回るのはそう苦労しなかった。
館の中でも目立たない場所。
「ビンゴか」
扉を開いて中に入り、俺はそう声を零した。
広い部屋だった。
殺風景だとも言える。
しかし至るところから魔力の残滓が見えた。他の場所ではなかった現象だ。
それに見たことがないような大型の魔導具が、複数置かれている。
十中八九、ここで究極魔法の研究が行われていたんだろう。
「まあ、ラヴィーナ自身がやったとは思えないがな。あいつは昔から、努力するのが大の苦手だった」
ゆえに俺の研究成果を横取りするしかなかったのだ。
あいつが優秀な魔導士であることには間違いないから、自分の力でもそこそこの実績を上げられたというのに……。
『努力しない天才は、ただの凡人だ。真の天才は努力を怠らない。君のようにね』
ふと。
昔、ある人から言われた言葉を思い出した。
「おっと、感傷に浸っている場合じゃないな」
そう呟き、俺は部屋の物色を始めようとすると……。
「やはり来たか。彼女の予想通りだったな」
どこからともなく、俺に向かって光の刃が放たれた。
俺は即座に結界魔法を張り、突然の攻撃を防ぐ。
すると相手は防がれることを予想したのか……少しも慌てた様子を見せず、姿を現したのだ。
「隠蔽魔法で気配を消していたか」
「どうした? 気付かなかったのか?」
「まさか」
脅威にはならないと判断して、相手から動くのを待っただけだ。
姿を現したのは、全身黒づくめの男だった。顔立ちは整っており、さぞ女性からモテるんだろうと感じる。
男はなにも携えていない。しかしその立ち方から、非常に優れた剣士だということが理解出来た。
「六聖刃か?」
「ご名答。よく分かったな」
「俺も元は宮廷魔導士だったんだ。六聖刃の噂は聞いている。その中に剣を持たない剣士の噂は聞いていた。女から人気が高くてファンクラブも出来ているともな」
全く……俺なんて「あんな地味な男、絶対結婚相手にしたくない」と女から避けられていたというのに。
……はっ。
戦いに関係ない僻みが出てしまった。切り替えよう。
「確か名前をカイルといったか」
「いかにも。貴殿は《ディアボリック・コア》──そしてラヴィーナの元恋人、ハワードだったな。彼女の言ってた通りだ」
男──カイルはあくまで自然体のままだ。
敵を前にしている態度とは思えないな。
まあ俺も人のことは言えないが。
「六聖刃が一刃。それが俺に与えられた役割だ。先日の一件では、仲間の一人が世話になったと聞いている」
「六刃のことか。弱かったから、名前はもう忘れたが」
「弱いというのは否定しない。しかしあれが六聖刃の全てとは思うな。六刃は我らの中でも最弱。六聖刃の恥晒しだ」
どっかで聞いたことのある台詞だな……。
と突っ込むのを我慢して、カイルの話を聞いてやる。
「ここまで話したら分かるな? 帝国にとっても、ラヴィーナが開発している究極魔法は貴重だ。お前に渡すわけにはいかない。俺は《ディアボリック・コア》を滅ぼすため、ここに配置された」
「全戦力を傾けてくるとは思っていたが……そのために六聖刃の一刃が出てくるのは、予想外だったな。一刃といったら、六聖刃の中でも最強なんだろう?」
「さあ、それはどうだろうな。それは戦ってみれば分かることだ」
カイルは肩をすくめる。
そして一瞬の沈黙。それが戦いの合図だったのだろう。
まず初めに攻撃を仕掛けてきたのは、またもやカイルの方からであった。
「聖剣よ、顕現せよ」
カイルがそう唱えると、右手に光の剣が錬成される。
「まずは小手調べだ。光の刃」
彼が光の剣──聖剣を振るうと、斬撃が放たれる。
決して俺に届くことのない間合いだったのに、光の刃は俺の体まで届く。
俺は炎魔法をぶつけ、光の刃を相殺した。
「ほほお! 今の攻撃を防ぐとはやるではないか! 少し本気を出そうか! 聖光斬!」
聖剣の一閃によって、大気に亀裂が入る。避けなかったら、俺の体は両断されていたことだろう。
「聖剣魔法か」
「いかにも!」
俺の言葉に答えながら、カイルは連続で攻撃を放ってくる。
──聞いたことがある。
六聖刃の一刃は、聖剣魔法と呼ばれるものを操るのだと。
仕組みは簡単だ。
手に光の剣──聖剣を錬成し、それを中心として魔法を展開する。
技のレパートリーは多彩で、近距離・中距離・遠距離どれを取っても隙がない。
俺も聖剣魔法には興味があったが、なにせ六聖刃にはなかなか出会えない。
ゆえにこうして現物を見るのは初めてだが……。
「ははは! 俺の攻撃を前に手も足も出ないか! 神聖剣煌」
さっきからカイルが暴れ回っているせいで、部屋はなかなかの惨状になっている。
だが、一発も俺には当たっていない。せいぜい壁や天井、周りの魔導具に当たっているくらいだ。もっとも、全部壊されたら究極魔法の正体が分からなくなるので、大事そうなものには結界を張っているが……。
「しかし……さっきからちょこまかと動き回って、鬱陶しい。少しはそっちから攻撃してみてはどうだ?」
「逃げるのは得意なもんでな」
「では、これならどうだ?」
立ち止まり、カイルは聖剣を高々と振りかざす。
「聖剣魔法、奥義! 神聖鋼の断罪」
光が部屋中に拡散していく。
こいつ……この部屋ごと爆散させるつもりかよ!?
あくまで俺を殺すことが目的なだけで、ここにあるものはそんなに重要じゃないということなのだろうか……?
だが、その威力は絶大。
煌めきは無数の光線となり、俺に殺到する。
俺の体は光によって全身を焼かれ、苦痛を感じる間もなく消滅──。
「光の刃」
当たれば、の話だがな。
俺は手に聖剣を錬成し、一振りで光線を薙ぎ払ってしまった。
「……はい?」
なにが起こったのか理解出来ないのか、カイルの口から間抜けな声が漏れる。
「おお、出来た出来た。意外と簡単だったな、聖剣魔法。使い勝手はよさそうだが……いかんせん、俺が使う魔法と比べたら威力が足りない」
「お、お前……どうして聖剣魔法を使える!? 聖剣を錬成するだけでも、俺は十年の月日を要したのだぞ! それなのに何故……」
「ん? こんなのに十年もかけたのか。悪いな。十分で習得してしまった」
と答えを返す。
実際のところ、その気になれば俺はすぐにカイルを殺すことが出来た。
しかしこれは俺の悪癖ともいえるのだが……未知の魔法を目の前にした時、それを分析し自分のものにしたくなる。
ゆえにしばらく、カイルの聖剣魔法を見ながら分析し、自分でも使えるようにしたわけだ。
「改良の余地ありだな。これはもう少し……」
「な、なにをぶつぶつ呟いている! どうせ一番簡単な光の刃しか使えぬのだろう? だったら……」
「魔剣よ。この手に宿れ」
カイルの話を無視し、俺が聖剣にぐっと魔力を込めると、白い光が禍々しい闇へと変わった。
「奥義……ってわけでもないが、まあいっか。冥府の断罪」
「ぬああああああああ!」
闇の波動がカイルの身に殺到する。カイルは聖剣で防ごうとするが、彼ごときの力では出来るわけがない。
こいつが使う聖剣魔法よりもコンパクトにして、かつ直撃した際の威力を上げさせてもらった。
そうしないと、館ごと吹っ飛ばしてしまいそうだからな。
「正直、時間の無駄だったな。面白い魔法が手に入ったから、よしとしようか」
地面に黒焦げになって転がっている哀れな六聖刃の一刃。
彼を横目で眺めながら、俺は今度こそ部屋の物色を始める。
「さて……と。この辺りの紙にでも書いてあるか?」
そう言って、机の上に置かれている紙の束を手に取った。
パラパラと捲り目を通し、そこに書かれている驚愕的な事実に目を疑った。
「なっ……? まさか! あの魔法が……」
思い出した。
そう──ラヴィーナが作り出した究極魔法は、俺が昔……。
「驚いたでしょう?」




