22・ハワードの悪癖
《クロエ視点》
「心配ね」
アルカナスの街中。
街の奥には、ここ──入り口付近からでも、高く聳え立っている館が目にすることが出来る。
それはさながら、貴族の邸宅というよりも煌びやかなお城だった。
そちらの方を眺めながら、わたしはぼそっと呟いた。
「なにがですか?」
吸血鬼のエトヴァルトがそう問いを紡ぐ。
「これからのことよ」
「これからのこと? 恐れ多いながら、ハワード様のご活躍によって、戦いは滞りなく進んでいます。これから悪くなるとは思えませんが……」
エトヴァルトはわたしの言っていることがよく分からないのか、不思議そうな顔をしている。
確かに、エトヴァルトの言っている通り、現在は《ディアボリック・コア》圧倒的優位で戦況が進んでいる。
ハワードが街中に侵入したのを見計らって、一気に《ディアボリック・コア》の魔物たちが雪崩れ込んだ。
当初は平和ボケしていた街の住民たちも、ここまでくればさすがに焦ってくる。
逃げ惑っているが、平和に慣れていた住民たちでは動きも鈍い。街の騎士団も後手後手に回っている。
そして極め付けは。
『ガハハ! 見よ! 街に死が充満しておる! 最近、アンデッドの素材もたくさん手に入ったことだし……無敵の不死の軍団にて、魔法都市アルカナスを蹂躙するのだ!!』
通信用の魔石から、死霊の王モルタスの高笑いが聞こえてくる。
彼女は死者をアンデッドにして、不死の軍団を率いる死霊の王である。
グレフォード公爵の館で、わたしは実験動物となった魔物をたくさん殺した。野望のために仕方なしとはいえ、心を痛めたものだった。
だが、わたしたちはそれらの魔物の無念まで消さなかった。
奈落の洞窟に持ち帰り、魔物の死体はモルタスに預けた。
大量の……しかも生前は強かった魔物の死体を見て、モルタスは嬉しそうに笑っていたのを、つい先ほどのことのように思い出せる。
モルタスはこうしてアンデッドの軍団を補充し、今回の戦いで活用しているのだ。
アンデッドの群れを前に、街の人々はなすすべがない。
この調子でいけば、程なくして街を占領出来るはずだ。
しかしわたしが気にしているのは、そういうことではない。
「ハワードのことよ」
わたしが尊敬し敬愛する《ディアボリック・コア》のリーダーの名を告げる。
「なっ……ハワード様ですか? ま、まさかクロエはハワード様がラヴィーナとかいう三流魔導士に負けるとでも? それともハワード様は元恋人への未練を残しているとでも……」
「どれも違うわ」
わたしは視線を前に向けつつ、こう答える。
「ハワードが三流魔導士に遅れをとるはずがない。元恋人に対する憎しみはあっても、未練なんてこれっぽっちも残っていない。わたしが心配しているのは、ハワードの悪癖よ」
「ほお……? ハワード様にそんなものが?」
「ええ。彼は《ディアボリック・コア》のリーダーとなったけど、本質的には魔法オタクなのよ」
それは宮廷魔導士としてブラックな労働を強いられてなお、魔法を研究する手を止めなかったことからも伺える。
そのせいで研究の成果のほとんどを、三流魔導士に横取りされてしまった。
「ハワードは魔法のことになると、周りが見えなくなる」
だけど《ディアボリック・コア》を立ち上げてから、それもなりを潜めた。
きっとリーダーとしての自覚が芽生えたためだろう。
「でもそれは、ハワードが変わってしまったことを意味しているわけじゃない。彼は今でも、復讐なんてそっちのけで魔法を研究したいという想いを抱えているはずよ」
「信じられませんね。ハワード様の帝国への憎悪は、そう簡単に覆らないと思います」
「もちろんよ。だけど……もし復讐の最中、魔法の真髄を深められるチャンスがあったら、無意識のうちにそういう選択肢を取ってしまうわ」
「なるほど。ですが、それがなにか問題が? なんにせよ目的を果たせればいいのでは?」
「それも一理ある。だけどあなたはハワードのことを分かっていないわ」
わたしがそう言うと、エトヴァルトは一瞬むっとした表情になる。
彼もハワードに忠誠を誓った吸血鬼だ。そう言われると、反論したくなるんだろう。
「ハワードの悪癖──それは魔法を使う者が相手なら、その力を全て引き出してから倒そうとすることよ。いわゆる、舐めプね」
魔法を誰よりも愛しているから。
相手が使う魔法を全てこの目にして、自分のものにしたいと思っている。
人によっては『舐めプ』と称する。
それがハワードの悪癖だった。
「心配しすぎな気がしますね。ハワード様がたとえ舐めプをしたとしても、三流魔導士には負けない」
「だから、勝敗を気にしてるじゃないってば。わたしが気にしているのは、ハワードの感情……」
「い、いたぞ! 吸血鬼だ! 隣にいるのは……女の子? どっちにしろ、敵に間違いない! 殺せ!」
わたしがエトヴァルトと話をしていると、騎士たちが剣や槍を携えて襲いかかってくる。
「ほんと、人間は空気が読めないわね」
わたしは右手を魔力で覆い、さっと上から下に動かす。
すると襲いかかってきた騎士たちが血を流し、地面に倒れていった。こんな雑魚ども、何人束になろうが負ける気はしない。
「ハワードの心配はそこそこにして……わたしたちはわたしたちの仕事をしましょ」
「ですね。そうすることがハワード様のためにもなる」
「それにハワードにはナイトシェードが付いている。彼女と一緒なら、ハワードも大丈夫なはずだわ……多分」
「おや? 珍しいですね。ハワード様の隣をナイトシェード様に譲るような発言。いつものあなただったら、『あの小娘より、わたしの方がふさわしい』と言うところでしたが」
「うるさいわね」
ナイトシェードの話は、ハワードからたくさん聞かせてもらった。
だからわたしは彼女の強さを、ハワードの次に知っている。




