21・魔法都市に潜入を果たす
ヤツらが慌てふためている中。
俺は魔法都市アルカナスの街中へと潜入を果たしていた。
「今頃、ヤツらは混乱しているだろうな」
魔法都市をぐるりと囲っていた八つの結界だが、俺からしたら紙切れ同然だ。
あんな結界を当時の俺は「すごいものが出来た!」と喜んでいたんだからな……今思えば恥ずかしい。
しかし結界を破壊したとはいえ、俺みたいな素性も知れない人間が街の中に入ることは困難だろう。
そのために俺は第二騎士団長テオを囮に使った。
とはいえ、彼はもう死んでいる。死霊の王モルタスに頼んで、アンデッド化してもらった。
アンデッドは生前のレベルからは大きく下がるが、命令は絶対守ってくれるし飯代もかからない。
とはいえ、モルタスに作ってもらったアンデッドは仲間であることには変わりない。
囮として使うには抵抗はあるが……元が第二騎士団長テオなら、ちっとも心が傷まない。
「行方不明になったテオがこんなところで見つかったんだ。しばらく、ラヴィーナと騎士団の動きが乱れる」
時間を要すれば、自ずと俺の狙いにも気が付くだろうが……騎士の目が突如現れた男──テオに集中している中、その間に街中に俺が潜入出来るわけだ。
全てが上手くいき、俺は思わず笑みを零してしまった。
『さすがはハワード。策士じゃな。じゃが、元々この街の結界を破壊出来なければ、計画は頓挫していた。ハワードがいなければ成立していなかった作戦じゃ』
と、胸ポケットからハムスターがひょこっと顔を出し、そう口にする。
無論、ただのハムスターが喋れるはずもないし俺が戦場に連れてくるわけもない。
ハムスターの体を借りたナイトシェードだ。
魔力の消費をおさえるため。そしてなにより目立たないためにも、ナイトシェードは一旦ハムスターに憑依してもらっている。
「さっきからひまわりの種をボリボリ食ってるな。そんなもん、旨いのか?」
『味覚も憑依した体に引っ張られるからな。普段なら食べないが……これもなかなかどうして、癖になる』
胸ポケットにおさまって、一心不乱にひまわりの種を食すナイトシェード。
彼女は元々、よく食べる方だった。
こんな状況じゃなかったら、彼女と二人で食べ歩きをしながら街の観光を……と洒落込むのだが、そういうわけにもいかない。
そのことを少し残念に思っていると、ナイトシェードがこう不満そうに声を漏らす。
『じゃが……気に入らんな。このような状況なのに、いまいち街中の盛り上がりが欠けているじゃ』
「だな」
ナイトシェードの言葉に頷き、俺は周囲を眺める。
今まで街の結界が破壊されたことなどなかったのだろう。
明らかな緊急事態なのに、人々は慌てふためいて逃げたりしない。戸惑っている表情こそ見せるものの、「まあ、どうせなんとかなるだろう」と楽観視しているようだった。
「平和ボケしているんだろう。バカな連中だ。程なくして、ここは戦場になるというのに」
第二騎士団長テオを使った陽動作戦にも成功したし、《ディアボリック・コア》の他の連中がそろそろ総攻撃を仕掛けるはずだ。
あいつらは今まで、小規模な戦いしか経験させていなかったからな。今までの鬱憤を晴らすがごとく、好き放題に暴れることになるだろう。
そして……俺はその隙にラヴィーナの元へと行く。
正しくはラヴィーナが主目的ではなく、新しい究極魔法とやらが目的なのだが……彼女はこの街の領主だ。
新しい究極魔法に関係していることは事前の調べで分かっているし、彼女に会いにいくのが一番の近道であると考えた。
「ここまでは計算通り。あとはどうやってラヴィーナのところまで行くかだが……」
転移魔法は使えない。
恋人だっていう立場だったのに、俺はラヴィーナの館に一度も入らせてもらえなかった。
転移魔法は座標が分からなければ使えない。だからグレフォード公爵の時は、クロエにメイドとして潜入捜査してもらったのだ。
ならば強行突破はどうだろうか。
それも一つの方法だ。
俺とナイトシェードがいれば、たとえ館の警備が厚くても、強引に突破出来る。
しかしラヴィーナの性格から考えるに、ピンチに陥ったらささっと逃げてしまうかもしれない。こんなところで彼女と追いかけっこなんてしたくない。
その間に、究極魔法が結局なんなのか分からず戦いが終わってしまっては本末転倒だ。
手段はたくさんある。しかし一つに絞れない。
ゆえに俺は思考を巡らせていたが、
「そこの男! こんなところでなにをしているんだ!」
後ろから声が聞こえた。
急に声をかけてきたのは一人の女騎士であった。
彼女は真剣な眼差しで、俺たちに瞳の焦点を合わせている。
「街の者ではないな? こんな時に怪しいな。名乗れ──」
「ちょうどよかった」
女騎士がやあやあ言っているが、俺はそれを意に介さずニヤリと笑みを浮かべた。
「ナイトシェード」
『うむ』
俺が名前を呼ぶだけで、ナイトシェードは全てを察してくれた。
「おい! ちょうどよかった、とはどういうことだ? やはりお前は《ディアボリック・コア》の──んっっっ!」
喋っている途中で、女騎士の体がビクンッと小さく跳ねた。
顔は下を向き、肩の力が抜ける。そして次に顔を上げた時には……。
『うむ、成功したようじゃ。人間の体に乗り移るのは久しぶりだったから、じゃっかん不安じゃったが……これなら問題ない』
とナイトシェードの口調で、女騎士の声が発せられた。
「よくやった、ナイトシェード。これでラヴィーナの館まで、安全に行けそうだな」
俺はそう褒めてやる。
そう、ナイトシェードが乗り移れるのはなにも小動物だけではない。こうして人間の体を借りることも出来るのだ。
ナイトシェードは体の感触を確かめるかのように、手のひらを開いては閉じている。
その場でジャンプして、着地した時には「よし!」と満足したような表情を浮かべた。
「いいか? 今から俺は帝都から派遣された伝言者だ。《ディアボリック・コア》の件で、どうしてもラヴィーナに伝えなければならないことがあり、女騎士の護衛を伴って館に足を踏み入れた」
「なるほどのお。そういう設定でいくのか。じゃが、そんなに上手くいくか? こんなことも見破れないほど、ラヴィーナとかいう女はバカなのか?」
「さすがにラヴィーナも気付くだろう。いくらなんでも怪しすぎる。だが……」
俺は彼女の性格を知っている。
あいつは自分が一番賢いと思っている。そして自分以外はバカだと。
人は上手くいっている時ほど隙が多くなる。
だからここで重要なのは、ラヴィーナに俺──《ディアボリック・コア》の作戦を看破したと錯覚させてやることだ。
「短時間だけでも、ラヴィーナに悦に浸ってもらおう。そうすれば丁重に出迎えてくれるはずだ」
「うむ……色々と突っ込みたいところはあるが、ハワードの考えることじゃ。お主がラヴィーナの性格を熟知しているように、儂もハワードのことが分かっておる。きっと大丈夫じゃろう」
と女騎士の姿をしたナイトシェードが、力強く頷く。
「では、行くのじゃ──おっ、こやつ通信用の魔石も持っておる。好都合じゃな」
「それでラヴィーナに繋いでもらえ。一応言っておくが……喋り方は変えろよ? いつも通りの喋り方だと、さすがにバレバレすぎる」
「分かっておる。あと一つ気になることは……」
「なんだ?」
「この女騎士、なかなか胸がでかいのお。動きにくいのじゃ」
「……我慢してくれ」
「ハワード、触ってみるか?」
ナイトシェードが悪戯少女のような笑みを浮かべているのを見て、俺は首を左右に振るのであった。
◆ ◆
「ラヴィーナ様! ご報告が!」
「またですか!」
館。
ラヴィーナは怒鳴り声を上げる。
無理もない。
結界が破られたかと思ったら、魔法大砲をぶっ放した男が第二騎士団長テオだったのだ。
(わたくしが……まんまと《ディアボリック・コア》に裏をかかれるなんて……!)
既にラヴィーナは怒りと混乱の局地に至り、どうにかなってしまいそうになっていた。
「実は……帝都から伝言者が派遣されてまして……」
「はあ? そんなの、聞いていないですわよ。誰が言っているのです」
「街に配置していた騎士エレナです。もしかしたら、なにか聞いているかもしれません。なにせ、このような混乱した状況ですから……」
部下の騎士から報告を聞き、ラヴィーナは口元に人差し指を当てる。
沸騰していた頭が、急速に冷めていくのが分かった。
(この状況で伝言者? 騎士を伴っているとはいえ、いくらなんでも怪しい)
ならば一つ考えられることは、この混乱に乗じた《ディアボリック・コア》の誰かだ。
どうして女騎士がそいつの言うことを全面的に信じているか分からないが、洗脳されているのかもしれない。
「伝言者の特徴は聞いていますか?」
「は、はっ! 中肉中背の黒髪で……」
続けられる彼からの言葉を聞いて、ラヴィーナは確信に至る。
「間違いありません。ハワードですわ。彼が伝言者のふりをして、わたくしに接近しようとしているのでしょう」
やはりバカな男だ。
そのことに自分が気付けないとでも思っているのだろうか?
「館にその二人を招きなさい。丁重に出迎えてあげますわ」
「なっ……! お言葉ですが、危険すぎます。一度帝都に確認の連絡を取ってからでも遅く……」
「ええい! わたくしの言うことが聞けないのですか? わたくしが招けと言っているのです! さっさと招きなさい!」
それに今のところ、魔法都市アルカナスは《ディアボリック・コア》の好きなようにやられている。
この状況を帝王陛下に報告出来るか?
出来るわけがない。今の自分の地位が危うくなってしまうからだ。
「心配いりません。わたくしは神に選ばれた存在。ハワードがなにか小癪なことを考えていても、真正面から打ち砕いてみせます。格の違いを分からせてあげましょう。おーほっほっほっほ!」
ラヴィーナの高笑いが館内に響き渡った。
──それがハワードの思惑通りだったことも知らずに。




